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清算 ―1/2

「久しぶり……おめでとう……奥さんのメールで結婚したことを知ったよ。声に緊張を感じるけど幸せそうな様子が滲み出ているよ……今は仕事中だろ??……えっ、社長が電話しろって言ったの??……そうか…………奥さんの記憶は消せないけど、電話番号やアドレスは消去したよ……今は人妻だろ、奥さんって呼ぶしかないよ…………怒っちゃいないし、片付けなきゃいけないこともあるから今の状況が落ち着いたら行くよ。そのときは連絡するから例のエロいガールズバーに行こう……クククッ、分かっているよ。独身だから行ったんだろう。既婚のオレを誘って……冗談だよ、居酒屋にしよう……奥さんによろしく」
フゥッ~、スマホをテーブルに放り出した男は天井を睨んで息を吐く。
「誰からの電話か当てようか??」
「言わなくていいよ。半分正解だよ。アユ…鮎さんじゃなく旦那からだよ」妻の言葉にわざとらしく不貞腐れて応えた男は苦笑いを浮かべる。

「ガールズバーっていやらしい店なの??男はしょうがないね、タケちゃんには私がいて鮎ちゃんもいたのに……クククッ、完全に振られちゃったね。かわいそう……いい子いい子して慰めてあげようか」
「振られてオワが好いんだよ」
「鮎ちゃんのため??……それとも自分のため??」
「お互いのため。鮎さんはオレと別れて結婚で幸せになる。オレは振られちゃったけど姫がいる」
「クククッ、タケちゃんは台風が接近して大しけでも帰る港があるからいいね。違う??」
「違わない。オレには過ぎた奥さんだよ、いつでも、なにがあっても優しく迎えてくれる姫がいる」
「オミズ女子に相手にされなくなったら嫌いになるからね。顔はこのままでいいけど体型がプクになるのは嫌だよ」
「それは大丈夫、しっかり食事を管理されているから体型についての責任はオレじゃなく姫にある」
「いつも言っているけど、付き合ってもいいのはオミズ女子だけだからね。それ以外の女子と付き合えば……どうなっても知らないよ」

アユとの付き合いは5年を過ぎ、妻以外の女性とこれほど長く続いたことはない。
友人に連れられて行ったスナックバーで出会ったアユは美大出身で今でも美術に興味があると言い、客とママとの会話の中でキネティックアート展があるのだけどと、うまく誘導される格好でデートに誘うきっかけを作ってくれた。
20以上の歳の差がある二人の関係は何事もなく続いたわけでもなく、疎遠になることも何度かあった。

週に一度決まったようにアユの店に行く日が雨になると、夫の送迎で店の場所を知った妻は後日、開店直後の店でアユと話して夫との関係を察しても動じることなく、
「妻の私が言うのもなんだけど、付き合う女性がいると張り切る男だから邪魔はしない」と告げ、その後は女子友として付き合い、二人の仲が切れそうになると、
「私という妻のいる夫は引け目があるから二人の仲は鮎ちゃん次第。夫から関係を元に戻してくれとは言わないよ」と話して、修復を望むなら鮎ちゃんから話すしかないよと助言もしたらしい。
同時に妻は、夫が親しく付き合った女性と友人になったのは鮎ちゃんが初めてではないとも話して負担に思わなくてもいいと言った。
そんなこともあったので鮎は結婚の報告を付き合っていた夫よりも先に妻に伝えていた。

入籍を済ませた二人は当分の間、結婚式を見合わせると言うことなので思案の末、お祝いをアユの旧住所に送ることにする。
二人の新居の住所はあえて聞かなかったし、旦那の勤め先の住所は調べることも可能で社長以下、何人かはアユの店で会ったこともあるが気持ちが落ち着かないし、おそらく転居届を出しているだろうから届くだろうと結論付ける。

そして数日後、男のスマホにアユの着信があった。
「もしもし、結婚おめでとう」
「ごめんなさい。怒られてもしょうがないのにお祝いをいただいて……私から電話したのに、どう言えばいいのか分からない」
「幸せなんだろう??アユが幸せならそれでいい。本当だよ」
「あなたが来るって言っていた水曜日、緊急事態宣言で来られなくなった週の土曜日に彼から結婚前提で付き合ってほしいと言われたの。返事を躊躇していると、あなたと付き合っているのは知っている。彼があなたに連絡して承諾を得るようにするって言うから、時が来たら私から伝えるって言ったんだけど、メールで伝えただけで言葉足らずに……ごめんなさい」
用意していた科白のように一気に話し終えたアユは言葉を詰まらせる。
「気にするなって。結婚すると聞いたときはドキッとしたけど、アユが幸せになれるなら、おめでとうと心から言える」
「ありがとう……昨年、通常営業できなくなった時、何度か資金援助してもらったままなのが申し訳なくて……」
「そのことは旦那に話した??……そのまま話さなくていいよ、神様は誰にも隠し事をする権利を与えてくれた。アユが彼にする隠し事はオレがらみだと思うと気持ちいいな、ウフフッ」
「返さなくてもいいの??」
「気にするなよ。少しでも助けになったのならオレも嬉しい。美術に縁のなかったオレに興味を持たせてもらったお礼だよ」
「美大で私の後輩になる姪御さんがいるでしょう??」
「姪とアユが同じ言葉を口にしても、オレの記憶に残るのはアユの方だな。しょうがないだろう……そうだ、アユの電話番号やアドレスは削除したし記憶の中のアユはこれからも想い出の中で生き続けるけど、やばいプレゼントは燃やしちゃったからエロイアユはいなくなったからね」
「そうなの??残念な気がする。温もりを忘れていた私に男を想い出させてくれたのはあなただったから……」

「それはそうと式は当分見送りだって聞いたけど、入籍は??」
「もう済ませちゃった。私の誕生日に入籍しようって言ってくれたんだけど、喜ぶのは解禁日を待っている父だけ。私はたとえ1歳でも若い方がいいからって言ったの」
「お父さんはアユの結婚記念日を忘れないだろうし、毎年一人でお祝いイベントをできただろうに……ゴメン、長々と引っ張っちゃって。おめでとう、アユが幸せになってくれるとオレは嬉しい」
「うん、ありがとう。これからは連絡してくれないの??……そう、そうなんだ。これまで、いろいろとありがとうございました。私は幸せになります」

フゥッ~、宙を睨んで息を吐いた男は束の間、思い出に浸る。


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ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

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さむいのも嫌
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夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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