勝負パンツ
「いらっしゃい・・・水曜日7時40分から50分までの10分間。今日で4回目だけど正確ですね」
「正確じゃなく性格、決めた事を決めた通りにすると安心できるから」
「ふ~ん、分かる気がします・・・トニックウォーターとライムを用意したからジントニックが出来ますが、どうしますか??」
「わざわざ用意してくれたんだ、余計な事を言ってゴメンネ」
「お客様の入りが悪いから、可能性のあるお客様の要望には応えないと・・・本業の不振を昼間の株式取引で補ってるようじゃしょうがないですね」
「住宅街って立地があまり良くないのかなぁ、美人ママの店に出入りすると何かと噂になりそうだし」
「あらっ、褒めてくれるの??何かサービスしなきゃ・・・エイのヒレ、焼きましょうか??」
「エイか、もらおうか。マヨネーズなしの醤油だけで」
「マヨネーズが嫌いなの??」
「今はね、昔は嫌いじゃなかったよ。それなりに理由はあるけど言わない、秘密」
友人に教えてもらったこの店に来るのは、この日で4度目。株式取引と言う共通の話題もあり、最初から旧知の仲のように話が弾み、週に一度、今日と同じ時刻に来るよと約束した。
途中で入ってきた二人組もビールを1本飲んだだけで帰り、再び二人だけになると一瞬とはいえ気まずい空気が漂う。
好意を感じてもそれはセックスを意識してではなく、酒を飲みながらの話し相手としてのモノである。
「何か飲みなよ、一人で飲むのはつまんないから」
「じゃぁ、私もジントニックを頂こうかな」
タンブラーに氷を入れてジンを注ぎ、冷やしたトニックウォーターで満たして軽くステアする。一連の手の動きは流れるように無駄がなく、女性らしい指が氷の発する音に似て涼やかに感じ、見ているだけで心地好い。
「珍しい??手元ばかり見てる」
「誤解されると困るけど、女性の指や膝小僧、後ろ姿は気になるよ」
「そうなの??・・・どう??私の後ろ姿は」
カウンターの中で反転して背中を見せ、肩越しに振り返る。
「うん、思った通り素晴らしいよ・・・背筋が伸びて生命力を感じる」
「生命力・・・褒めてもらったと思っても良いの??逞しくて野蛮って事じゃないよね??」
「謙遜が過ぎると他の女性が怒るよ」
「その褒め方って好き・・・ゴロウチャンに聞いたんだけど、気に入った女子はとりあえず誘うって。それは嘘なの??それとも私はタイプじゃないって事??」
「本当に好いなって思う人は誘えないもんだよ。身の程を知ってるから・・・断られると平気な顔をしても、心は傷つくからね」
「ふ~ん・・・奥さんは怖くないの??」
「私の幸せは貴男が幸せでいる事だって聞かされてる。それと、男には2種類いて、浮気を立小便に例えると我慢出来なきゃ迷惑を掛けない場所ならしても良いと考える男。何であれ、悪い事はしてはいけないと考える男。オレは前者だって・・・あちこち立小便して歩くわけじゃないし浮気って言葉は嫌い。自信家でもないけどね」
「浮気はしないんだ??」
「ママに言うのは変だけど、浮ついた気持ちで付き合うのは相手にも自分にも失礼、付き合う時は誰が相手でも本気だよ。誰が相手でも今を大切にって事」
「奥さんを愛してるんだ。そうでしょう??」
「くどい事を言ってもいい??」
「いいわよ、聞きたい」
「妻に何度か言った事があるんだけど、両親は尊敬しているし大切だと思ってる。両親の子供として生まれたのは幸せだと思ってるけど、両親はオレを何人かの候補の中から選んだわけじゃないし、オレもこの親の元に生まれたいと思ったわけじゃない。それはオレたちと息子との関係でも同じ、でも貴女を妻にしたいと思ったのは、オレの意思で神様が決めたわけじゃない。だから息子や両親よりも貴女が大切だってね」
「奥さんを愛してるのは本当なんだ。聞いた奥さんは喜んだでしょう・・・女性と付き合う時間は誰であれ、いつも本気なら私を幸せにする気がある??」
「うん、どうすれば良いの??」
「簡単だよ。埼玉県立近代美術館でキネティックアート展をやってるんだけど、行ってみたいなと思ってるんだ・・・」
「埼玉県立近代美術館に行かない??キネ何とか展をやってるから。外は暑いけど中は涼しいよ、きっと。芸術の夏、どう??」
「誘ってくれてありがとう・・・行きたい。いつ??」
「善は急げで明日はどう??」
「私は好いけど、いいの??」
「今日は楽しかったよ、ありがとう。キネティックアートって初めて知ったけど面白かった・・・もうすぐ着くけど、待ち合わせ場所まででいい??」
「私ンちに寄ってく??ジントニックや水割りは出さないけど、美味しいコーヒーを淹れるよ。泊まってくならジントニックを出すけど・・・ウフフッ」
「今日は遠慮しとく・・・待ち合わせ場所で良いね」
「いいよ・・・好い事、教えてあげようか??」
「なに、教えて欲しい」
「あのね、今日の私は何とかパンツを穿いてたんだよ。着替えも用意してるし、ほらっ・・・」
「うっ・・・その真っ赤なのが着替え用なの??今、穿いてるのは・・・いや、知りたくない、見せなくても良いよ」
「誤解しちゃ嫌だよ、いつもはこんな肉食女子じゃないからね・・・来週も、お店に来てくれる??嫌になった??」
「必ず行くよ・・・また店外デートしてくれる??」
「お客様とはデートしないのがマイルールなんだけど、いいよ。例外もありって事にする・・・でもね、その気になってる女を押し倒さないってのは失礼な事だよ、分かってる??」
「口ほどじゃないんだよ、オレは。ごめんね」
「私こそ、ごめんなさい。普段はこんなじゃないのにね、どうしちゃったんだろう、今日の私は・・・ウフフッ」
「今日の事は忘れる。デートした事は忘れないよ。もう一つの方はね・・・」
「えっ、もう一つの方??・・・ウフフッ、忘れて良いよ。変な女だって思われたら恥ずかしいから・・・」
「着いたよ、ここで良いね??」
「今日は本当に楽しかった、ありがとう。週一で好いから、本当に来てくれなきゃ嫌だよ。約束してくれる??」
「指切りしようか??」
「クククッ・・・指きりか、そう言う事が女の子は嬉しいんだよ。私は30を過ぎてるから女の子と言うには遅いけど・・・指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った」
振り返って手を振りながら路地に入るのを見送ったオレは、
「約束するよ。押し倒す時は催促されなくてもオレが・・・」
思わず口にしそうになった言葉を飲み込んだ事を思い出して苦笑いが浮かぶ。
「正確じゃなく性格、決めた事を決めた通りにすると安心できるから」
「ふ~ん、分かる気がします・・・トニックウォーターとライムを用意したからジントニックが出来ますが、どうしますか??」
「わざわざ用意してくれたんだ、余計な事を言ってゴメンネ」
「お客様の入りが悪いから、可能性のあるお客様の要望には応えないと・・・本業の不振を昼間の株式取引で補ってるようじゃしょうがないですね」
「住宅街って立地があまり良くないのかなぁ、美人ママの店に出入りすると何かと噂になりそうだし」
「あらっ、褒めてくれるの??何かサービスしなきゃ・・・エイのヒレ、焼きましょうか??」
「エイか、もらおうか。マヨネーズなしの醤油だけで」
「マヨネーズが嫌いなの??」
「今はね、昔は嫌いじゃなかったよ。それなりに理由はあるけど言わない、秘密」
友人に教えてもらったこの店に来るのは、この日で4度目。株式取引と言う共通の話題もあり、最初から旧知の仲のように話が弾み、週に一度、今日と同じ時刻に来るよと約束した。
途中で入ってきた二人組もビールを1本飲んだだけで帰り、再び二人だけになると一瞬とはいえ気まずい空気が漂う。
好意を感じてもそれはセックスを意識してではなく、酒を飲みながらの話し相手としてのモノである。
「何か飲みなよ、一人で飲むのはつまんないから」
「じゃぁ、私もジントニックを頂こうかな」
タンブラーに氷を入れてジンを注ぎ、冷やしたトニックウォーターで満たして軽くステアする。一連の手の動きは流れるように無駄がなく、女性らしい指が氷の発する音に似て涼やかに感じ、見ているだけで心地好い。
「珍しい??手元ばかり見てる」
「誤解されると困るけど、女性の指や膝小僧、後ろ姿は気になるよ」
「そうなの??・・・どう??私の後ろ姿は」
カウンターの中で反転して背中を見せ、肩越しに振り返る。
「うん、思った通り素晴らしいよ・・・背筋が伸びて生命力を感じる」
「生命力・・・褒めてもらったと思っても良いの??逞しくて野蛮って事じゃないよね??」
「謙遜が過ぎると他の女性が怒るよ」
「その褒め方って好き・・・ゴロウチャンに聞いたんだけど、気に入った女子はとりあえず誘うって。それは嘘なの??それとも私はタイプじゃないって事??」
「本当に好いなって思う人は誘えないもんだよ。身の程を知ってるから・・・断られると平気な顔をしても、心は傷つくからね」
「ふ~ん・・・奥さんは怖くないの??」
「私の幸せは貴男が幸せでいる事だって聞かされてる。それと、男には2種類いて、浮気を立小便に例えると我慢出来なきゃ迷惑を掛けない場所ならしても良いと考える男。何であれ、悪い事はしてはいけないと考える男。オレは前者だって・・・あちこち立小便して歩くわけじゃないし浮気って言葉は嫌い。自信家でもないけどね」
「浮気はしないんだ??」
「ママに言うのは変だけど、浮ついた気持ちで付き合うのは相手にも自分にも失礼、付き合う時は誰が相手でも本気だよ。誰が相手でも今を大切にって事」
「奥さんを愛してるんだ。そうでしょう??」
「くどい事を言ってもいい??」
「いいわよ、聞きたい」
「妻に何度か言った事があるんだけど、両親は尊敬しているし大切だと思ってる。両親の子供として生まれたのは幸せだと思ってるけど、両親はオレを何人かの候補の中から選んだわけじゃないし、オレもこの親の元に生まれたいと思ったわけじゃない。それはオレたちと息子との関係でも同じ、でも貴女を妻にしたいと思ったのは、オレの意思で神様が決めたわけじゃない。だから息子や両親よりも貴女が大切だってね」
「奥さんを愛してるのは本当なんだ。聞いた奥さんは喜んだでしょう・・・女性と付き合う時間は誰であれ、いつも本気なら私を幸せにする気がある??」
「うん、どうすれば良いの??」
「簡単だよ。埼玉県立近代美術館でキネティックアート展をやってるんだけど、行ってみたいなと思ってるんだ・・・」
「埼玉県立近代美術館に行かない??キネ何とか展をやってるから。外は暑いけど中は涼しいよ、きっと。芸術の夏、どう??」
「誘ってくれてありがとう・・・行きたい。いつ??」
「善は急げで明日はどう??」
「私は好いけど、いいの??」
「今日は楽しかったよ、ありがとう。キネティックアートって初めて知ったけど面白かった・・・もうすぐ着くけど、待ち合わせ場所まででいい??」
「私ンちに寄ってく??ジントニックや水割りは出さないけど、美味しいコーヒーを淹れるよ。泊まってくならジントニックを出すけど・・・ウフフッ」
「今日は遠慮しとく・・・待ち合わせ場所で良いね」
「いいよ・・・好い事、教えてあげようか??」
「なに、教えて欲しい」
「あのね、今日の私は何とかパンツを穿いてたんだよ。着替えも用意してるし、ほらっ・・・」
「うっ・・・その真っ赤なのが着替え用なの??今、穿いてるのは・・・いや、知りたくない、見せなくても良いよ」
「誤解しちゃ嫌だよ、いつもはこんな肉食女子じゃないからね・・・来週も、お店に来てくれる??嫌になった??」
「必ず行くよ・・・また店外デートしてくれる??」
「お客様とはデートしないのがマイルールなんだけど、いいよ。例外もありって事にする・・・でもね、その気になってる女を押し倒さないってのは失礼な事だよ、分かってる??」
「口ほどじゃないんだよ、オレは。ごめんね」
「私こそ、ごめんなさい。普段はこんなじゃないのにね、どうしちゃったんだろう、今日の私は・・・ウフフッ」
「今日の事は忘れる。デートした事は忘れないよ。もう一つの方はね・・・」
「えっ、もう一つの方??・・・ウフフッ、忘れて良いよ。変な女だって思われたら恥ずかしいから・・・」
「着いたよ、ここで良いね??」
「今日は本当に楽しかった、ありがとう。週一で好いから、本当に来てくれなきゃ嫌だよ。約束してくれる??」
「指切りしようか??」
「クククッ・・・指きりか、そう言う事が女の子は嬉しいんだよ。私は30を過ぎてるから女の子と言うには遅いけど・・・指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った」
振り返って手を振りながら路地に入るのを見送ったオレは、
「約束するよ。押し倒す時は催促されなくてもオレが・・・」
思わず口にしそうになった言葉を飲み込んだ事を思い出して苦笑いが浮かぶ。