想いを巡らす 17
チャイムの音がルームサービスの届いた事を知らせてくれる。
「いや、早く解いて。このままじゃ見られちゃう・・・お願い、早く」
「このままじゃ、まずいか・・・そうだな」
彩の焦る様子に合わせる気もない健は周りを見渡して、
「これしかないか・・・静かにしていれば大丈夫だからね、シィッ~・・・」
彩が投げ捨てたナイトシャツを拾い上げて肩にかけ、肘掛に乗せた右足も隠して人差し指を唇に押し付け、シィッ~っと静かにするように合図する。
「だめっ、左足が隠れてない。これじゃ丸見えだよ、何とかして、早く」
左足で宙を蹴る哀願を無視して再びシィッ~と、静かにするように諭してドアに向かう。
「お待たせいたしました。ルームサービスでございます」
ウェイトレスの声を聴いた彩は、同性に恥ずかしい恰好を見られるかもしれないと言う羞恥で全身を血が駆け巡った血が頭に上り、一瞬のこととは言え何も考えることが出来なくなる。
「テーブルにお願いします・・・」
ウェイトレスを向かい入れた健がサンドイッチとソーセージ、紅茶を受け取ると、
「筆はご用意できなかったので、この刷毛をお持ちいたしました。調理場で使っていた古い刷毛なのでご返却は結構でございます。きれいに洗ってございますので、ご安心ください」
「ありがとう」
彩は隣室とは言え、ドアもなく一歩でもベッドルームに入れば一糸まとわず大股開きの痴態を覗き見られと言う不安で、自分でも音が聞こえるほどの鼓動に平静ではいられない。
それでも必死に意識を集中して二人の会話と様子を探り、用を終えたウェイトレスが一刻も早く部屋出る様子がないかと耳を凝らす。
二人の会話に一瞬でも間が出来ると、ウェイトレスが彩のエッチな姿に気付いて見られているのではないかと不安で全身が熱を帯びる。
「ルームサービスは24時間お願いできるんだっけ??」
「はい、24時間対応でございます・・・何かございましたら、いつでもご用命ください。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。ご苦労さま」
シュッ、シュッ・・・背後に感じるウェイトレスの気配がドアに向かう途中で止まる。
ドキドキ・・・彩に気付いたに違いない。ヘアスタイルからも紛う事なき女が、剥き出しの足を肘掛に掛けて座っているのだ、変に思われてもしょうがない。もしかして拘束する紐に気付いただろうか??激しい鼓動を止めることが出来ない。
全身から血の気が引くような悪寒に襲われる。
シュッ、シュッ・・・キィッ~、バタンッ・・・ハァ~ハァッ~・・・ドアが閉まる音を聞くと、やっと人心地がついて大きく息を吐き出す。
「ねぇ、いるの??いるんでしょう??答えて・・・返事して、お願いだから」
振り返ってドアに視線を向けても健の姿は無く、見られたかもしれないと言う羞恥と不安で居た堪れない気持ちになってしまう。
「あぁ、いるよ。サンドイッチが届いたから、そっちに運ぶね。待ってて・・・」
彩の焦った気持ちを気遣う風もなく、のんびりした声で答えが返る。
トレーごと運んで海側の窓近くにあるテーブルに置いて振り返る。
「気付かれなかっただろう、大丈夫だよ。素っ裸で両足をおっぴらいてルームサービスを迎えるとは思ってないから」
「うそ、気付いたと思うよ。帰る時、途中で足を止めて彩の事を見ていたもん。絶対に見られた・・・もしかすると、左足を縛られているのを気付いたかもしれない。まだドキドキしてる・・・」
「振り向いて確かめたわけじゃないんだろう??大丈夫だよ。どれ、確かめてみようか??」
彩の前でかがんだ健は、股間に指を伸ばす。
「いや、止めて。そんな処を触らないで・・・触られたくない」
顔を振り、必死の形相で抗議する彩の抵抗も両手両足を縛られていては健を止める術もなく、股間に伸びる指が割れ目に触れる。
「イヤッ、いや、笑わないで・・・笑っちゃ嫌だよ」
指が割れ目を開くまでもなくドロリと蜜が滴り落ちて、ウェイトレスに見られるかもしれないと言うスリルを予想以上に楽しんだ証を残す。
溢れる蜜を気にする風もなく指を引っ込めた健は、彩ごと椅子を抱え上げて海側の窓際に運ぶ。
「どうして位置を替えたの??悪戯を考えてるでしょう??」
「フフフッ、当ててごらん??」
立ち上がった健はコスモワールドに面した窓のカーテンを引き、フットライトを残して灯りを消してしまう。
「イヤンッ、えっ、スケベ・・・よく思い付くね、次から次へ。いやらしい、彩のアソコが僅かな明かりで光ってる」
港に面した窓から見える景色に灯りが少なく、窓は鏡のように彩の裸体を映して驚く表情さえ鮮明に見える。
掛けたままのナイトシャツを引き剥がし、後ろから抱きかかえながら股間に伸ばした指で割れ目を開く。
「きれいだな。窓ガラスの中に真っ赤なバラの花が一輪」
「クククッ・・・真っ赤なバラの花一輪って、彩の象徴なの??一度目のルームサービスで届いたよ・・・それにしても、彩のモノとは言えいやらしい」
「さっきは、どうだった??興奮しただろう??」
「言わないで、思い出すだけで冷や汗が出る・・・恥ずかしかったんだから」
「それだけか??」
「・・・正直に言うと、ドキドキして心臓が飛び出そうだったけど、アソコがグツグツ煮えたぎってるようで興奮した」
「ウェイトレスさんが帰る時に彩の事を見て驚いたようだよ。一瞬だけど、手を口に当てて声を出さないようにしてたみたいだから・・・どうぞ、見てやってくださいって言えば良かったかな??」
「いや、もう言わないで。冗談だと分かっていても恥ずかしい・・・本当にもう言わないで、お願いだから」
フフフッ、分かったよと言った健は、さぁ食べようと、ソーセージを掴む。
想いを巡らす 16
糸くず一本身に着けていない裸身を縛られてホテルの窓際で大股開きの股間を晒す彩は、身体の火照りを抑えることが出来ずに上気した顔を健に向ける。
「似合うよ・・・観覧車の営業時間が終わって、白くてムッチリの彩を楽しむのがオレだけってのは勿体ないな」
「いやっ、からかうような事を言わないで、恥ずかしくて涙が出そうなんだから」
「好い女の涙は男を自由に操る武器。彩が涙と共にお願いしたら断る男はいないだろうな」
「他の男なんか、どうでも良い・・・彩は健がいてくれたらそれだけで嬉しいんだから」
彩の背後に立ち、手櫛を入れて乱れ髪を整える健は窓の向こうに視線をやったままで、
「彩、あからさまにじゃなくて、他人に見られるか見られないかギリギリのスリルを楽しみたくないか??」
「・・・そんな、そんな事を聞かないで。こんな恥ずかしい恰好も健のために我慢してるんだよ・・・そのうえ他人の視線なんて・・・答えられるわけない」
「答えられるわけないか。そうだな、淑女の彩がそんな事を望むわけないか、ところが今は夜、夜の彩は娼婦に変身してるはずだね」
「もう止めて、健の言葉だけでドキドキするの、動悸が治まらない」
どれどれと、軽やかな言葉と共に彩の胸に手を押し付けて、
「うん、ドキドキしてるのが分かるよ。スベスベの白い肌がしっとり汗を滲ませてエロっぽい・・・彩、お腹が空かないか??」
「こんな時にって思うけど、何か食べたい」
ルームサービスでサンドイッチとソーセージ盛り合わせ、ミルクティーをオーダーした健は、電話の相手に、どんなものでも良いからと筆を要求し、それで結構です、お願いいたしますと答えて受話器を置く。
「ねぇ、まさかこのままじゃないでしょう??解いてくれるんでしょう??」
「うん??何のことか分かんないよ」
「ルームサービスが届く前に自由にしてくれるんでしょう・・・ハァハァッ」
「せっかくの大股開きなのに、このままで迎えようよ」
「ハァハァッ・・・この前のホテルでノーパンノーブラのミニ丈ワンピで食事に行ったでしょう。あの時と違ってスッポンポンで丸見えだもん、恥ずかしくて堪えられない」
健が彩の事を辱める事はないと信じていても、もしかすると見られるかもしれないと思うと呼吸をするのも苦しくなるほど息が荒くなる。
「オレが同じような動きをしてみるから振り向いて確かめてごらん」
彩の元を離れた健はドアを開けて外へ出る。
「ヒィッ~、ダメ、だめっ、早く閉めて・・・」
大声を出すわけにもいかず、健にだけ聞こえるように声を潜めて抗議の言葉を背中に掛ける。
完全に閉じることなくドアを支えた健は顔を覗かせて、
「入るよ、振り向いて確かめるんだよ」
振り向いた彩が見ると、ワゴンを押してリビングに入る際は開いたドアが壁になって見える事はないと思うものの、部屋を出る時にベッドルームに視線を向ける健と目が合った。
「やだっ、ダメ、見える。健と目が合ったもん・・・ルームサービスを運んでくれるウェイターさんが帰る時に彩に気付いちゃう。このままは絶対に嫌・・・許して、お願い」
「本当に嫌なのか、彩の身体に聞いてみようか」
彩の正面でかがみ込んで割れ目を見つめる健は上目遣いの瞳に笑みを浮かべる。
「いやんっ、見ちゃ嫌っ・・・縛られたこんな恰好でジロジロ見られたくない」
肘掛に両足を拘束されて大股開きで無毛の股間を晒す彩は、身体を捩って隠そうとしても叶わず、それどころか抗議する声が甘く切なく響く。
健の視線を避けようとして目を閉じた刹那、ワゴンを押すウェイターが彩の裸体を見て驚く景色が浮かんで、イヤッと叫び声を漏らす。
「急にどうした??彩、濡れてるよ。触ってもいないのに蜜が滲み出て、会陰部まで跡が続いてるよ。これはどう言う事だ??」
「うそ、そんな事はない。誰かに見られたいと思ったり、見られるかも分からないスリルを味わいたいなんて思ってない。本当だよ・・・健になら、健だけなら恥ずかしい事をされても我慢する」
「ほう、我慢してくれるのか。たとえばどんな事を??」
「恥ずかしい事を言わせたいの??彩は、何もされたくない、ほんとうだよ。普通のセックスで満足できるんだけど、健が・・・健が、縛りたいとか、お尻を弄りたいとか、一人エッチを見たいとか、そんな変態じみた事をしろって命令するなら我慢するよ。でも自分からするなんて言えない」
思いのたけを一気に話した彩は、一層、息を荒げて紅潮した顔を健に向け、焦点を合わす事も出来ない視線で見つめる。
隠しようのない興奮で汗ばんだ肌は薄っすらと朱に染まり、益々荒くなる動悸で自然と口が開いてしまう。
ハァハァッ・・・ウグッ、ハァハァッ・・・羞恥と姿の見えない好奇心で何も考えることが出来なくなり、荒い息遣いが苦しさを覚えさせて唾液を飲み込んでも興奮が冷める事はない。
羞恥心と快感の狭間にいる彩は、言葉はこのままの格好でウェイターを迎えることを拒否するものの、身体の昂ぶりは性的好奇心を求めて止むことがない。
想いを巡らす 15
「ねぇ、海辺で健と暮らすお話をもっと聞きたいけど、ペロペロ舐めて可愛がるのは本物の彩にしない??」
健の腿を跨いだままの彩はシャンパンを口に含み、口移しで流し込んでそのまま濃厚なキスをする。
「ねっ、いいでしょう??出したばかりだからできない??試してみるね・・・ムリしなくてもいいから」
「使い物にならなくても怒るなよ」
フルートグラスを持ったまま跪いた彩は、健の着るナイトシャツの前をはだけて股間を剥き出しにする。
良い子だから彩のために頑張ってねと言葉をかけ、指を這わせた亀頭にグラスを傾ける。
「アウッ、チンチンがシャワシャワする・・・気持ち良いかも、彩はチン弄りの天才だよ」
ペニスに垂らしては舐め取る事を何度も繰り返してもペニスは反応せず、気持ち良いと言う健の言葉に苦笑いするしかない。
「コノ子を大きくするのは諦めたし、なんか白けちゃった。オシマイにする・・・ベッドに行く。抱っこ」
甘え声には逆らう術もなく、蹲ったままの彩を抱き起してお姫様だっこでベッドに運んでそっと寝かせる。
「クククッ・・・幸せ。寝るのがもったいない。夜景を見ながらビールを飲もうかな」
「持ってきてあげる・・・その前に、夜景を見るのに相応しい恰好をしないとね・・・この椅子に座って」
ベッドルームの窓は二つあり、一つは赤レンガ倉庫やコスモクロックが見える大きな窓で、もう一つは港とベイブリッジを望む位置にある。
コスモクロックを正面に見る位置に椅子を置いて彩を座らせた健は、背後から覆いかぶさるように抱きしめ、ナイトシャツのボタンを一つ、また一つと外していく。
「クククッ、チンチンは役立たずなのにエッチな気持ちだけは忘れないんだね・・・クチュクチュして、彩はいつでも迎え入れる準備が出来るよ」
「スケベ彩を懲らしめてやる。覚悟しろよ」
剥き出しにした乳房を麓から頂上に向かって絞り上げるようにして揉みしだき、唇と舌を首筋に這わせて熱い息を吹きかけ、可愛いよモチモチの肌が手に吸い付くと耳元で囁く。
「アンッ、クゥッ~・・・どうして、どうしてなの??チンチンが萎れて役にたたない男の愛撫で気持ちよくなるなんて、悔しい・・・クッゥ~、アウッ、いぃの」
悔しさを微塵も感じさせない悦びの声を漏らし、乳房を愛撫する健の腕に両手を添えて唇を擦り付ける。
「いっぱい感じるんだよ。彩が感じるとチンチンガ元気になるから」
「ほんとう??嘘じゃないね、もう一度してもらえるの??・・・じゃま、ナイトシャツなんか脱いじゃう」
もどかし気にナイトシャツを脱ぎ棄てた彩は、糸くず一本身に着けることなく椅子に座り、上気した表情を窓に向けて、焦点の合わない視線でコスモクロックを見つめる。
「もっと、彩を見たいな」
彩の身体から手を外すことなく肩に触れたまま背後から前に回り、彩もまた健の手に自分の手を重ねて一時でも離れることを避けようとする。
恥毛を刈り取られて幼児のような股間を見つめると、両足を擦り付けるようにして女の部分を隠す。
「見ても良いけど彩からどうぞ見てくださいなんて言えない、恥ずかしいもん」
「そうか、そうだよな・・・好い事を思いついた。彩は勝手に動いたり抗ったりしたらダメだよ」
両足を椅子の肘掛に掛けてバスローブの紐で縛り付けてしまう。
「エッ、やだっ、丸見えじゃない・・・いやっ、こんな恰好は恥ずかしすぎる」
嫌だ、恥ずかしいと言いながらも自由な両手を使って拘束を解こうともせず、瞳を真っ赤に染めて自らの股間に視線を落とす。
「自由な両手で、割れ目を開いてごらん。もっと見せてくれよ」
「イヤッ、そんな事できない。恥ずかしいから、外しちゃう」
ノロノロした動きで両手を結び目に伸ばし、
「外してもいいの??ねぇ、外しても良いでしょう??恥ずかしいもん」
言葉と違って拘束を解こうとする様子はなく、両手の自由も奪って欲しいと言いたげな様子に健はハンカチを取り出して、
「隠したり足の拘束を解けないようにしてあげるよ。嬉しいだろう??」
「イヤンッ、そんな事はされたくないもん。健がどうしてもしたいって言うなら我慢しても良いけど・・・ハァハァッ・・・」
ハァハァッ、だめっ、縛られちゃう・・・両手を椅子の背もたれの後ろで縛ろうとしても抗うどころか協力的な態度をとり、重ねた両手の親指を縛られて動けなくなるまで息を荒げて待っている。
一糸まとわず肘掛に両足を乗せた大股開きの彩は、朝露に濡れたような花弁を隠すことなく窓に向けて晒す。
「彩、コスモクロックに乗ってる人が見てるかもしれないね・・・好い女がベチョベチョに濡れたマンコを見せつけてるよって、話してる声が聞こえるようだよ。彩にも聞こえるだろう??」
「うそ、嘘だって知ってるもん。平日で営業時間を過ぎた事を知ってるよ」
「そうか、残念だったな。せっかく、彩のエッチな身体を知らない人に見せて自慢しようと思ったのに・・・」
「うそ。健は、そんなひどい事をしないって知ってるし、信じてるからね」
想いを巡らす 14
前夜のセックスを終えたあと、
「あぁ~、満足した。身体の芯に残っていた疲れが無くなって、よく眠れそう。起きられるかな??」
健に聞かせるともなく囁いた彩の声に、
「朝食はオレが用意するから寝ていても良いよ、起こしてあげるから」
その言葉に甘えたわけでもないが、バジルを摘むためにベランダに出た健の隙をついて忍び込んだ陽光に顔をくすぐられるまで目覚める事はなかった。
忍び込む風に紛れた潮の香りが彩の頬にキスをする。
海の好きな彩が海辺に住めば幸せになる。幸せな彩を見るオレも幸せになる。その仮定を確かめる価値があるだろうと引越しを提案したのは健で、10回のキスを返事に代えたのが彩。
カーテンの隙間から見える海は陽光を反射してキラキラ輝き、眩しさに目を細めてベッドの中でグズグズ過ごす幸せを満喫する。
フレッシュバジルをキッチンに運び、ディクサム茶葉で淹れたミルクティーを持って彩の元に戻った健は、
「アーリーモーニングティーを用意したよ。これを飲んで、夜から朝仕様に身体をチェンジすれば・・・クククッ」
「あっ、傷ついた・・・エッチな彩は嫌いなの??健に抱かれると気持ち良いんだもん、彩が乱れるのは健のせいだよ」
「ごめん、腕の中で乱れる彩を見ると、やっぱりオレは彩の事が好きだなぁって思うし、愛されていると思うよ・・・変な言い方して、ごめん」
「フフフッ、騙された・・・怒ってなんかないもん。前に健は言ったよ。昼は淑女で夜は娼婦に変身する彩が好きだって、そうなんでしょう??」
「そうだよ、可愛いな彩は。話す度、エッチする度に愛おしさが募る。彩の分身をポケットに入れて、いつも一緒に居たいくらいだよ」
「分身で好いの??」
「分身でじゃなく、分身が好いんだよ。彩は彩の時間を大切にする、オレはオレの時間を大切にする。二人で過ごす時間や場所が一番大切だけど、本来の彩も大切にしなきゃね。オレが好きになり、愛する事になった彩本来の良さを無くさないようにね」
「うん・・・」
カップを近付けると香りが脳を刺激し、飲むとディクサム茶に牛乳をたっぷり加えたミルクティーが起きたばかりの身体にしみわたり、細胞が活動し始めるのを意識する。
「起きるからシャツを取って」
「うん、どれ??」
「分かってるくせに、そんな事を言うと起きない。彩は寝る。シャツが無いから起きられない彩は、お腹が空いて死んじゃうかもしれない。可哀そうな彩」
健に背中を見せて寝るフルをする彩の肩は震え、笑いたくなるのを懸命に我慢している様子が見て取れる。
「これで良いか??」
小柄な彩が健のシャツを着ると肩が落ち、袖を二度も三度も折り返す。
ベッドから降りて、くるっと一回りした彩は嫣然と微笑み、襟元の髪に手を差し入れて描き上げ頭を振る。
「似合う??」
「あぁ、似合うよ。夜の彩は何処に行ったのかって思っちゃうほどだよ」
「どういう意味なの??褒めてるんでしょうね??」
怒った風を装いながらも表情は緩み、愛する男に愛される幸せが滲み出る。
愛する人がいると他人に対して優しくなり、愛する人に愛される安心感は不安さえもが芽生えにくくなる。
白い肌が青いシャツにくるまれて昼間の清楚な彩の雰囲気を醸し出し、健に抱かれて身悶えた昨晩の色っぽさを微塵も感じさせることがない。
薄化粧を終えてテーブルに着くと、彩が焼いたクロワッサン、チーズの香りが食欲をそそるキノコオムレツとソーセージ、薄切りトマトにモッツァレラチーズと生ハムを添えて摘みたてのフレッシュバジルと彩特製のバジルソースを掛けたカプレーゼが迎えてくれる。
「美味しそう・・・明日の朝食は彩が用意する番だから負けないようにメニューを考えなきゃ」
冷蔵庫の前にいる健の後姿に話しかけ、二人分の牛乳と野菜ジュースをテーブルに置くのを待って目を閉じ尖らせた唇を突き出す。
キスと大好きだよの言葉は彩の心を蕩かし、自然と身体の感度が良くなる。
キスされた後、健の表情を見るだけで身体が火照る。たとえ挨拶代わりのキスでもそれは同じ。愛されていると感じると彩の身体は一日の始まりに必要な活力が生まれる。
今日のパンは良く焼けていると思うしオムレツも美味しい。ソーセージを見ていると視線は無意識のうちに健の股間に移り、邪念を捨て去ろうとソーセージにフォークを突き刺すと同時に、「ウッ、しまった」と言う声が聞こえる。
「どうしたの??」
「彩を見ていたら牛乳を零しちゃった」
「もう、バカなんだから・・・早く脱いで。染みにならない内に洗っちゃうから・・・ズボンだけじゃなく、下着も脱いで。上も洗っちゃう??・・・冗談だよ、あれっ、パンツを脱いじゃったの??」
「彩が脱げって言うからだよ」
クククッ・・・元気なく陰毛に隠れたペニスの先端を指で弾いた彩は、ズボンと下着を洗濯するために立ち去る。
「ちょっと待って、話しは一旦休憩。健は下着を脱いで朝から彩を責めるの??」
「当然だよ。ハダカンボにした彩を寝かせてカプレーゼで飾り、舌が彩の感じるところをペロペロしながら食べるんだよ・・・我慢できないだろ、最後までやっちゃわないと」
想いを巡らす 13
「イチゴがあるという事は、シャンパンは・・・そうなの??」
健はワインクーラーに戻したボトルを手に取って彩に示し、
「そうだよ。映画プリティウーマンでジュリアロバーツがイチゴと共に飲んだモエエシャンドンだよ。モエエシャンドン・ブリュットアンぺリアル。ジュリアロバーツよりも彩の方が似合うシャンパンだよ・・・もう一度、乾杯」
顔の前でグラスを捧げた健は、一瞬眉を吊り上げて口元を緩める。
「ジュリアロバーツと比べられて・・・ウフフッ、信じる。健にとっては彼女よりも彩がタイプなんでしょう??二人の内どちらをベッドルームに誘うかって言うと彩だって知ってるよ」
「うん、間違いない」
「イチゴとシャンパン、バラの花が一輪。もう一度言うね、ありがとう・・・バラの花言葉って、愛に関係あるよね??」
「花屋さんで聞いたんだけど赤いバラの花言葉は、あなたを愛します、だって。受け取ってくれる??」
「待っていたんだもん、喜んで。一輪って言うのが好いね・・・お礼は、これで」
頬にチュッと唇を押しあてて、見る者を幸せな気分にさせる笑みを浮かべる。
健は港が見える位置に座り、彩は港を背にするソファに座ってイチゴを味わいシャンパンの香りを楽しむ。
埠頭に停泊する船の窓から洩れる明かりがきらびやかに輝き、その先には真っ黒な海が広がり、そのまた先にはベイブリッジや高速道路の街路灯がそこを通る人が迷わないように道標となっているように思える。
船の窓から洩れる明かりが不倫の二人を照らすものの、好奇心に誘われて知らない道を歩くと真っ暗な海に迷い堕ちることを暗示しているのかと思う。
闇夜の中の二人は、船から洩れる明かりで足元を照らし、遠くに見える明かりを頼りに歩いて行けば、やがて街路灯が明るく照らすベイブリッジに行きつき、無事、向こう岸に渡る姿を想像して安堵する。
「どうしたの??何か心配事でもあるの??」
「なんでもないよ、彩の目にはそんな風に見えたのか・・・埠頭やそこに停泊する船の灯り、ベイブリッジのイルミネーションや高速道路の街路灯。明かりが周囲を囲っているのに、海は底なしの闇のように真っ暗だろ。何かを象徴しているのかなぁって想像した」
「で、答えが判ったの??」
「分からない・・・」
「そう、それならいい・・・彩の場所からは海が見えないからつまんない」
「気付かなかった、場所を替わろうか」
「健はそこにいて良いよ。彩がそっちに行くから」
健の足を跨いで座った彩は、邪気のない笑顔で覗き込む。
「イチゴが食べたい・・・あぁ~ん・・・ウフフッ、美味しい。今度はシャンパン」
フルートグラスを彩の口に近付けると、
「どうして??口移しでしょ・・・そうか、口移しじゃシャンパンの良さがなくなっちゃうね。ざんねん・・・」
一度満足した身体は気持ちにも余裕を与え、屈託なくじゃれ合うことが出来る。
「彩は海が好きだろ、今まで見た中でどこが一番良かった??」
「沖縄・・・青い海、海には色とりどりの魚。青い空に真っ白な雲。真っ赤なハイビスカス、黄色、オレンジ、原色があんなに似合う場所は他にないよ・・・彩は行動も発言も慎重な方だけど沖縄では、普段の彩ではなく別の彩になったような気がする・・・おかしい??」
「おかしくないよ。沖縄に行った事はないけど分かる気がする。オレが生まれた県は、北に日本海、南に瀬戸内海があるんだけど、海の色が違うんだよな、同じブルーでも。南の海は青くて北の海は蒼いって印象がある。どっちが好いって言うんじゃなく、その時の印象だけどね」
「うん、分かる。彩は泳いだりダイビングしたりが目的だから、青い開放的な沖縄の海が好いんだけど、何か考えたいときは北の海の方が良いかもしれない」
「クククッ、冬の北の海で独り佇む彩を想像しちゃったよ。空には大きな鳥が円を描いて滑空し、コートの襟を立てた彩が蒼い海の彼方を見つめる・・・そそられるね」
「うん??なんか、いやらしい想像してるでしょう??・・・その場にいても、襲わないでよ」
「冬の海辺に一人でいる彩を想像した事はないけど、彩と一つ屋根の下に住んでる生活を想像したことあるよ」
「本当に??聞きたい、ねぇ、聞かせて・・・エッチな妄想を聞きたいな。ウ~ンとね、土曜日から日曜まで、休みの日にどうするか聞かせて」
「彩と一緒に住んだら、こんな生活になるんだろうなって想像の話・・・いいよ、聞かせてあげる」
土曜日の朝。
カーテンが風に揺れ、その隙間から忍び込む陽光が彩の顔をくすぐる。
うんっ??・・・前夜の激しいセックスの余韻を残す身体を横たえたまま彩が窓に視線をやると、
「ごめん、起こしちゃった・・・もうすぐ朝食の準備が出来るよ」
「うん、起きようかな・・・起きようかな。彩も起きようかな」
クククッ・・・面白そうに彩を見つめる健は満面に笑みを浮かべて、額にチュッと唇を合わせる。
「ダメッ、それじゃ目が覚めない・・・彩の好きなモーニングキスは、そんなじゃない。嫌いになっちゃうよ」
口元は緩めたままで、しょうがないと呟き、唇を合わせて、おはようと囁くと、おはようと言葉を返して身体を起こす。