不倫 ~immorality~
再会―3
食事を終え、後片付けを始めた彩に近付いた夫が背中越しに抱きしめて生暖かい息を首と耳に吹きかけられた感触が残っている。
いつの頃からか、どちらともなく寝室を別にする事を望み、食事の時間以外は言葉を交わす事もなくなっているが、セックスの悦びを思い出した身体は吹きかけられた息に反応しそうになった。
ベッドに入って独りになった今、夫の愛撫とも言えない刺激で悦びそうになった事を思い出しただけで悔しさが募る。
「良いよ、行ってきなよ。場所は??・・・泊まりなの??久しぶりだから楽しみだろう??・・・俺も土曜日に上司からゴルフを誘われて、どうしようか迷っていたんだけど、彩が出かけるなら行ってこようかな」
白々しい事を・・・女と出かけるに違いない。そう思っても、いつもと違ってイライラする事がない。
夫の出かけるという言葉で浮気を想像し、彩も昔の男に抱かれるかもしれないと思うと股間が熱くなる。
健に会いたい・・・怒りをぶつけた後は昔のように胸に包み込まれて髪を撫でて欲しい。身体を這い回る手の平の感触が蘇る。
ミロは同じ場所にあった。20年という時間を上手に過ごし、歴史を感じさせる古ぼけた雰囲気が往時を懐かしく想い出させてくれる。
「ナポリタンとコーヒーを下さい」
用意していた健への恨み事は胸の奥深くに留めた彩は健を見つめる。
「来てくれないと思っていた・・・ありがとう」昔と変わらない健の声。
無言で見つめる彩の視線に堪え切れないのか、テーブルに視線を落として気弱な声で話しかける。
「・・・で、どうするの、健が止めた時計。動かすのも止めたままにするのも健次第・・」
「おまちどうさま」想い出のメニュー、ナポリタンとコーヒーが運ばれてきた。
「食べ終わるまでに決めてよ・・・」
彩は状況を楽しんでいた。
幸せだった生活も今は砂を噛むような味気なさで、以前は愛していたはずの夫を前にして笑顔を見せる事を忘れていた。
人に言えない性癖もブログを通じてそれなりに楽しみ、素敵だ可愛いと褒められる事はあっても所詮は手の届かない相手、満たされない思いも残る。
今は目の前にいる獲物をどう料理しようか、懐かしさと共に蘇る恨み事をどう伝えようかと考えると自然と頬が緩む。
普段は想い出す事もなく暮らしていたけれど、目の前に存在する健を意識すると記憶の奥に眠っていた楽しかった想い出が次々と蘇ってくる。
突然、健が口を開く。
「彩、ホテルを取ってあるんだけど・・・」
「頭おかしいんじゃないの・・・知っているでしょう、彩は人妻だよ・・・」
「そうか、そうだよな。ごめん」
「健はどうなの??結婚しているんでしょう??」
「20年前、彩に最後の電話をした前日の夜・・・スナックのママから子供が出来たって言われた」
「その人が奥さんなの??」
「そう、ごめんね・・・」
「誤ることないよ。健は今幸せ??彩は幸せだよ」
「オレも幸せだよ、もちろん」
「今は何をしているの??」
「5年前に勤めを辞めて、今はディトレーダーとして生活してる」
「ふ~ん、儲かる??」
「将来の不安がない程度には・・・」
「どうして勤めを辞めたの??」
彩の中のもう一人の彩が、怒りを忘れて質問を繰り返す。
20年の時間を埋めようと焦り、矢継ぎ早に質問を繰り返す事に、ぎこちなさを感じた二人は店を出て中央線の線路沿いに水道橋駅の方向に歩き始める。
坂を下りきり白山通りにぶつかる頃には、ぎこちなさが消えて自然と身体を寄せ合い、偶然、前から来る男性とぶつかりそうになった彩を庇った健の手が彩の手を握る。
「ウフフッ・・・昔を思い出す。この辺りをよく歩いたよね。神保町交差点近くの洋菓子屋さんの白水堂でマロングラッセを買って錦華公園のベンチに座って話したり、後楽園遊園地に行ったり・・・クククッ、ジェットコースターに乗ろうか??」
「怒るよ・・・高いところや怖いものは嫌いなのを知ってるだろう」
「彩は絶叫マシーンが好きなのに・・・あの頃は、彩のためならって我慢して付き合ってくれたのに・・・人妻になった彩には興味がないの??」
ゴォォッ~・・・後楽園の脇を歩き始めた二人の頭上を、轟音を残してコースターが走り去る。
突然立ち止まった健は、頭上のコースターを見上げる彩を抱きしめて拒否する暇も与えずに唇を重ねる。
「ウンッ、ウグッ・・・ウッウゥゥ~・・・だめ、もっと・・・ハァハァ・・・ハァハァッ、突然でびっくりした。いやだっ、あの子が彩たちを見ている」
母親に手を引かれた男の子が二人を指差して何やら母親に話しかけている。
何処に行こうと目的地を話すことはなくとも二人の足は、懐かしい小石川植物園に向かう。
20年前、歩き疲れた二人を癒してくれた植物園は、今も変わらず周りの喧騒を知らぬ気に静かに迎えてくれる。
生い茂る木々が作る緑陰を歩き、池の淵に差し掛かると仲の良いカモの夫婦が寄り添うように泳いでいる。
当時と同じ場所にソテツを見る頃には、2人の空白の時間は埋まり、彩は屈託のない笑顔で健を見上げ、健の瞳には昔と変わらず愛おしい彩が映る。
二人を見つめる太陽から隠そうとするかのように、大きな枝を広げたメタセコイアの樹の下でキスを交わすと20年間のわだかまりは霧散し、身体が相手を求めて疼く。
「彩、神田駅のガード下を覚えてる??」
錦華公園のある駿河台下から靖国通り、本郷通りを経て神田駅まで歩いていくと、ガード下に“神田アカデミー劇場”の看板があった。扇情的なピンク映画の看板に吸い込まれるように中に入り、扉ではなく厚いカーテンを捲って中に入る。
薄汚くガラガラの館内の一番後ろに進んで目を慣らし、この場所に似つかわしくない広さも十分にある豪華なリクライニングチェアーに座った。
「どうしたの急に・・・憶えてるよ、健の手がジーンズの中に潜り込んで・・・バカッ、これから先は忘れた・・・あの映画館は、まだあるの??」
「この間、通ったけど、なくなってたよ」
「そうなんだ・・・無くなったんだ・・・」
食事を終え、後片付けを始めた彩に近付いた夫が背中越しに抱きしめて生暖かい息を首と耳に吹きかけられた感触が残っている。
いつの頃からか、どちらともなく寝室を別にする事を望み、食事の時間以外は言葉を交わす事もなくなっているが、セックスの悦びを思い出した身体は吹きかけられた息に反応しそうになった。
ベッドに入って独りになった今、夫の愛撫とも言えない刺激で悦びそうになった事を思い出しただけで悔しさが募る。
「良いよ、行ってきなよ。場所は??・・・泊まりなの??久しぶりだから楽しみだろう??・・・俺も土曜日に上司からゴルフを誘われて、どうしようか迷っていたんだけど、彩が出かけるなら行ってこようかな」
白々しい事を・・・女と出かけるに違いない。そう思っても、いつもと違ってイライラする事がない。
夫の出かけるという言葉で浮気を想像し、彩も昔の男に抱かれるかもしれないと思うと股間が熱くなる。
健に会いたい・・・怒りをぶつけた後は昔のように胸に包み込まれて髪を撫でて欲しい。身体を這い回る手の平の感触が蘇る。
ミロは同じ場所にあった。20年という時間を上手に過ごし、歴史を感じさせる古ぼけた雰囲気が往時を懐かしく想い出させてくれる。
「ナポリタンとコーヒーを下さい」
用意していた健への恨み事は胸の奥深くに留めた彩は健を見つめる。
「来てくれないと思っていた・・・ありがとう」昔と変わらない健の声。
無言で見つめる彩の視線に堪え切れないのか、テーブルに視線を落として気弱な声で話しかける。
「・・・で、どうするの、健が止めた時計。動かすのも止めたままにするのも健次第・・」
「おまちどうさま」想い出のメニュー、ナポリタンとコーヒーが運ばれてきた。
「食べ終わるまでに決めてよ・・・」
彩は状況を楽しんでいた。
幸せだった生活も今は砂を噛むような味気なさで、以前は愛していたはずの夫を前にして笑顔を見せる事を忘れていた。
人に言えない性癖もブログを通じてそれなりに楽しみ、素敵だ可愛いと褒められる事はあっても所詮は手の届かない相手、満たされない思いも残る。
今は目の前にいる獲物をどう料理しようか、懐かしさと共に蘇る恨み事をどう伝えようかと考えると自然と頬が緩む。
普段は想い出す事もなく暮らしていたけれど、目の前に存在する健を意識すると記憶の奥に眠っていた楽しかった想い出が次々と蘇ってくる。
突然、健が口を開く。
「彩、ホテルを取ってあるんだけど・・・」
「頭おかしいんじゃないの・・・知っているでしょう、彩は人妻だよ・・・」
「そうか、そうだよな。ごめん」
「健はどうなの??結婚しているんでしょう??」
「20年前、彩に最後の電話をした前日の夜・・・スナックのママから子供が出来たって言われた」
「その人が奥さんなの??」
「そう、ごめんね・・・」
「誤ることないよ。健は今幸せ??彩は幸せだよ」
「オレも幸せだよ、もちろん」
「今は何をしているの??」
「5年前に勤めを辞めて、今はディトレーダーとして生活してる」
「ふ~ん、儲かる??」
「将来の不安がない程度には・・・」
「どうして勤めを辞めたの??」
彩の中のもう一人の彩が、怒りを忘れて質問を繰り返す。
20年の時間を埋めようと焦り、矢継ぎ早に質問を繰り返す事に、ぎこちなさを感じた二人は店を出て中央線の線路沿いに水道橋駅の方向に歩き始める。
坂を下りきり白山通りにぶつかる頃には、ぎこちなさが消えて自然と身体を寄せ合い、偶然、前から来る男性とぶつかりそうになった彩を庇った健の手が彩の手を握る。
「ウフフッ・・・昔を思い出す。この辺りをよく歩いたよね。神保町交差点近くの洋菓子屋さんの白水堂でマロングラッセを買って錦華公園のベンチに座って話したり、後楽園遊園地に行ったり・・・クククッ、ジェットコースターに乗ろうか??」
「怒るよ・・・高いところや怖いものは嫌いなのを知ってるだろう」
「彩は絶叫マシーンが好きなのに・・・あの頃は、彩のためならって我慢して付き合ってくれたのに・・・人妻になった彩には興味がないの??」
ゴォォッ~・・・後楽園の脇を歩き始めた二人の頭上を、轟音を残してコースターが走り去る。
突然立ち止まった健は、頭上のコースターを見上げる彩を抱きしめて拒否する暇も与えずに唇を重ねる。
「ウンッ、ウグッ・・・ウッウゥゥ~・・・だめ、もっと・・・ハァハァ・・・ハァハァッ、突然でびっくりした。いやだっ、あの子が彩たちを見ている」
母親に手を引かれた男の子が二人を指差して何やら母親に話しかけている。
何処に行こうと目的地を話すことはなくとも二人の足は、懐かしい小石川植物園に向かう。
20年前、歩き疲れた二人を癒してくれた植物園は、今も変わらず周りの喧騒を知らぬ気に静かに迎えてくれる。
生い茂る木々が作る緑陰を歩き、池の淵に差し掛かると仲の良いカモの夫婦が寄り添うように泳いでいる。
当時と同じ場所にソテツを見る頃には、2人の空白の時間は埋まり、彩は屈託のない笑顔で健を見上げ、健の瞳には昔と変わらず愛おしい彩が映る。
二人を見つめる太陽から隠そうとするかのように、大きな枝を広げたメタセコイアの樹の下でキスを交わすと20年間のわだかまりは霧散し、身体が相手を求めて疼く。
「彩、神田駅のガード下を覚えてる??」
錦華公園のある駿河台下から靖国通り、本郷通りを経て神田駅まで歩いていくと、ガード下に“神田アカデミー劇場”の看板があった。扇情的なピンク映画の看板に吸い込まれるように中に入り、扉ではなく厚いカーテンを捲って中に入る。
薄汚くガラガラの館内の一番後ろに進んで目を慣らし、この場所に似つかわしくない広さも十分にある豪華なリクライニングチェアーに座った。
「どうしたの急に・・・憶えてるよ、健の手がジーンズの中に潜り込んで・・・バカッ、これから先は忘れた・・・あの映画館は、まだあるの??」
「この間、通ったけど、なくなってたよ」
「そうなんだ・・・無くなったんだ・・・」