罠-4
狭いバスタブに立った二人は身体を擦り合う。
ボディシャンプーを垂らして泡まみれの身体を擦り合うと、店で見るドレス姿や、待ち合わせ場所に駆けてきた紅いコートに包まれていた姿からは想像できないほどムッチリと魅力的な姿態で、萎えた股間も時間の経過と共に再び力がこもりそうな気がする。
「ウフフッ、色っぽいと思ってるでしょう??・・・スケベオヤジの視線になってるもん」
「そうか、スケベオヤジになってるか??・・・今夜は寝かせないよ。オヤジのウデをバカにするんじゃないぞ・・・クククッ、覚悟しろよ」
「イヤンッ、睡眠の邪魔をされたくない・・・店が引けても帰ってくるのを止めようかな。ウフフッ、うそ。今日は仕事が出来ないかも・・・ベッドに押し倒されて犯されたことを思い出しそう」
眉根を上げて抗議の意思を示し表情は緩めたままの新田を嬉しそうに見つめる紗耶香は、
「怒ったの??犯されたって言ったのは嘘・・・早く抱かれたかっただけ」
「こんなに可愛い紗耶香でも嘘は許さない。寝かさずに啼かせてやるから覚悟して帰って来いよ」
シャワーで汗を流した紗耶香は表情を曇らせ困ったような表情で新田を見る。
「どうした??帰りたくなったか??」
「そうじゃないの、こんな事になると思わなかったから、お泊りセットを持ってないの・・・簡単な化粧道具は持っているけど下着もない」
「食事前に買い物に行こうか。上から下まで、下着からシューズ、化粧品までまとめて買っちゃいなよ。買い物で誰かに会っても同伴だと言えば問題ないだろうし・・・どう??」
「同伴には違いないけど、普通のデートだと思われても私は好いよ」
脱いだ下着は穿きたくないと言う紗耶香は、上下とも下着を着けずにスカート姿で買い物に出たもののビル風がスカートに悪戯を仕掛けないか、デパートのエスカレーターで覗かれないかと気にする様子が微笑ましくて新田は自然と顔を綻ばす。
6時を過ぎていたので大急ぎで買い物を済ませてホテルに戻り、目の前で焼かれる牛肉や魚介類を目で楽しみ、舌で味わう至福の時を過ごした。
部屋に戻って化粧を整え、買ったばかりの衣装を着けて時計を見た紗耶香は、
「店に出る前に、もう一度可愛がってもらいたかったけど我慢する」と、健気な事を言って新田の心を蕩かす。
無言のまま紗耶香を抱き寄せて額にチュッと音を立ててキスをする。
「キャバ嬢の戦闘服を纏ったんだから、ここからはプロの紗耶香だろう。でも頑張り過ぎんなよ」
「うん、ありがとう。ラストまでいなくても好いけど、この部屋で待っていてくれるよね??約束だよ」
「あぁ、待ってるよ。お帰りって迎えるのが楽しみだな」
潤んだ視線を向ける紗耶香は黙って小指だけを立てた左手を突きだし、新田も無言で右手を差し出す。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます・・・ウフフッ、これで大丈夫」
邪念のない笑顔に新田の股間はピクリと反応しそうになる。
同伴出勤に付きあった新田は紗耶香の態度に舌を巻く。
競輪の迫力に興奮し、服を脱ぐ時間も惜しんでセックスを求めた好色さは露も見せずに一人の客として接する。
馴れ馴れしすぎず、かといって空々しい態度ではなく見る者に同伴するだけの親しさを感じさせる。新田にはわざとらしさを感じさせる事なく偶然を装って手や身体に触れ、貴男の事が好きだよ、の合図を送る。
他の客やキャストに知られる事なく、新田にそれとなく合図を送る手管に下心がなければコロリとやられてしまうだろうなと感心する。
店内にいる何人が紗耶香の好色さを知るのだろうと思うと独りでに頬が緩む。
勿論、そうであればこそスカウトする価値があると言える。
新田が席を立つと他の客についていた紗耶香が見送りのために近付いてくる。
店の外に出ると新田の指先を掴み、
「ホテルに帰るんでしょう??お帰りって迎えてくれるんだよね、信じてるよ」
酒のせいとばかりは言えないほど瞳はキラキラと輝き、握った手に力を込めて下半身を押し付けてくる。
「待ってるよ。エロ動画を見ながら責め方を研究しようかな・・・覚悟しろよ。飲み過ぎんなよ」
「イヤンッ、そんな事・・・このまま一緒に帰りたくなっちゃう。ふけちゃおうかな・・・ウフフフッ・・・」
ウィスキーの水割りと別れ際の紗耶香の言葉に酔う新田は、高いビルに隠れたり姿を現したりと、かくれんぼする月の姿を追いながらホテルに向かう。
シャワーで汗と一緒に疲れを洗い流し、タイマーをセットして素っ裸のまま横になる。
うとうとしながら新田は自問する。
<紗耶香を堕としても後悔しないか??>
もう一人の新田が答える。
<紗耶香の好奇心の強さとギャンブル好き。何よりセックス好きだから懸念には及ばない・・・それに、キャバ嬢の何倍もの収入を得る道が開ける>
いつもの通り、もう一人の新田の答えに従う事にする。
罠-3
最終レースを見ることなく競輪場を出た二人は手をつなぎ、街の中心部に向かって歩き始める。
「ねぇ、何を言っても笑わないって約束してくれる??」
「どうした??笑わないよ・・・」
「初めての競輪場で、その迫力と何もしてないのに18万円も財布が膨らんで興奮しているの・・・我慢できない。ホテルに・・・良いでしょう??」
時計を見た新田は、
「食事もホテルでしようか・・・」
ケータイを取り出して何処かに電話する。
「ラブホじゃないの??」
「初めて紗耶香の裸を見るんだよ。ラブホじゃ失礼だろ、それに今日は・・・余裕があるし」
ポンッとポケットを叩いて邪気のない笑みを浮かべる。
「うん、ありがとう。新田さんも泊まるんでしょう??店が終わったらすぐに戻る・・・それとも、ラストまで待っていてくれる??」
「同伴でオープンラストするほど若くはないよ。先に戻って、待っているよ・・・お帰りって言葉を掛けるのを楽しみにね」
チェックインを済ませ、ベルボーイの案内を断りラウンジで座ろうとすると
紗耶香が、早くと顔を上気させる。
腕を絡ませてエレベーターに乗り、レストランフロア、宴会場フロアを過ぎて客室フロアに至り、目的のフロアで降りて部屋に向かう。
部屋に入りドアの閉まる音を背中で聞くと瞳を真っ赤にして息を荒げる紗耶香は、マフラーを外して帽子を脱ぎすて、新田を壁に押し付けるようにして立たせたままベルトを外す。
欲情を隠そうともしない紗耶香は興奮で乾いた唇に舌を這わせて滑りを与え、跪くやいなや下着ごとズボンを引き下ろす。
有無を言わさず萎れたままのペニスを口に含み、髪を掻き上げて上目遣いに真っ赤な瞳を新田に向ける。
シャワーを使う前にペニスを口に含む紗耶香を愛おしく思いつつある新田は、決心を鈍らせないために憎まれ口を叩く。
「競輪選手の太くて逞しい太腿を見て興奮したのか??スリルは快感に火を点けると言うけど紗耶香もそうなのか??」
ウグウグッ、フグフグッ、ジュボジュボッ・・・一心不乱に顔を前後し、萎れたペニスに活力を注入する。
「ハァハァッ・・・大きくなった・・・逞しい競輪選手とスピードに興奮したけど、それよりも車券を持った手が熱くなって震えるような気がしたの。お客さんに誘われて一度だけ競馬に行ったけど、その時は今日みたいな感じは無かったのに・・・」
「そうか・・・おいで」
脇に手を入れて立ち上がらせた紗耶香を抱いてベッドに運ぶ。
ベッドの端に座らせて身に着けたままの赤いコートを脱がせると、自らの手でスカートと下着を剥ぎ取るように脱ぎ散らかして寝ころび足を開く。
「来て、一度満足させて・・・我慢できないの。エッチすぎる女は嫌い??」
問いには答えずに紗耶香の両足首を掴んで股間を近付け、亀頭を割れ目に擦り付けて十分に馴染んだのを確かめて、そのまま腰を突き出していく。
「アウッ、ウッ、クゥッ~・・・あぁ~ン、新田さんのブットイものが入ってきた。ヒィッ~・・・いいの、もっと突いて、無茶苦茶にして・・・」
新田は両足を抱えたままピストン運動を激しくさせ、何も考えずに欲望を吐き出す事にする。
グチャグチャ、ヌチャヌチャ・・・ウグウグッ、クゥッ~・・・好いよ、あったかくて紗耶香の中は気持ちいぃ・・・ウッウッ、ヒィッ~、すごい・・・
激しいセックスに満足し、技巧を凝らす事は望んでいないように見えるので突き入れる深さを変化させ、リズムを変える程度にとどめてピストン運動を繰り返す。
「アウッ、アワワッ・・・いぃの、逝っちゃう。逝っても好い??」
「あぁ、気持ち良くなりなさい・・・オレも逝きそうだよ」
「ウッ、すごい・・・逝っちゃうよ、逝くよ・・・奥に頂戴、そのまま奥に吐き出して・・・」
「逝くよ。このまま出していいんだね??・・・ウッ、出るよ・・・」
「うぐぐっ、クゥッ~、熱い・・・ウッ・・・」
「ハァハァッ、気持ち良かったよ・・・紗耶香がこんなに激しいとは思わなかったよ」
「ハァハァッ・・・だめッ、息をするのも辛い・・・ハァハァッ、今日は特別。いつも、こんなにエッチだって思わないで・・・恥ずかしい」
そうか、今日は特別なのか・・・と言いながら紗耶香の額にチュッと音を立てて唇を合わせた新田は、繋がったままで腰を抱くようにして場所を移動してナイトテーブルに手を伸ばす。
「アンッ、いやっ・・・抜けちゃう、漏れちゃう」
頬を赤らめて股間に手を伸ばそうとする紗耶香を制し、手に持ったティッシュペーパーを押し当てて、抜くよと声を掛けてペニスを抜き取る。
「あっ・・・すごい、ドロッって新田さんのが出てきた・・・見せてあげようか??」
「クククッ・・・そんな趣味は無いよ。紗耶香にあげるから好きにしていいよ」
「ウフフッ、ティッシュ越しでも温かい。ポリ袋に入れて取っとこうかな・・・新田さんに初めて犯された記念日って書いて・・・待って、きれいにしてあげる」
シャツを着たまま萎れかかったペニスが垂れ下がる無様な恰好で立つ新田の足元に跪き、口に含んで汚れをきれいに舐め取り、二度三度と顔を前後する。
「プファッ・・・あんなに大きかったのが小っちゃくなっちゃった・・・可愛い」
罠-2
「ほんとうに誘ってくれてありがとう。新田さんのメールが届いてないかなって毎日、毎日、何度もスマホを見ていたんだよ」
ようやく仕事も一段落したから約束の競輪に行こうか。そのあとは美味いものでも食べて同伴はどう??
瑞樹と話した夜、紗耶香の勤めるキャバクラで翌々日のデートに誘った新田の言葉に、嬉しい。約束を忘れないでいてくれて、その上、同伴までしてくれるなんて・・・新田さんには迷惑だろうけど好きになっちゃいそう。
女性は愛すべきもので嘘などあろうはずがないと思っていた頃が懐かしいと思いながら、新田は心の内で舌を出す。
待ち合わせ時刻を過ぎて何度目か時計に視線を移した時、紅いコート姿で紗耶香が駆けてくるのが見える。
白いロングマフラーがモコモコと首に巻きつき、白いニット帽を被って手を振りながら息を切らせて走る姿に一瞬、オレの心が痛む。
ニット帽の後ろで跳ねているポニーテールを見ていると、約束の時刻に遅れなければ、この先の計画を取りやめにしたかも分からないと思えるほどキュートで可愛い。
「そんなに急がなくてもいいのに。転んだらどうするんだよ・・・」
「そんな優しい事を・・・部屋を出ようと思ったら、お父さんの身体の調子が悪いって実家から電話があったの。ごめんね」
「競輪も同伴もいつでも出来る事だから無理しなくて良かったのに・・・」
「うぅうん、母の話をよく聞いたら大したことがないんだって。ちょっと疲れが溜まったみたい・・・この話はこれでオシマイ。心配してくれてありがとう」
先日、営業メールにつられて店へ行った時の事。
「紗耶香さんは、お父さんが急に入院されたとかで今日は休んでいます。せっかくのご指名ですが申し訳ありません・・・・・」
よくよく身体が弱い、ご尊父なんだろうと心の中で独り言ち、皮肉っぽい笑みを浮かべる。勿論心の中だけの事、紗耶香に見せる表情には、これ以上は無いほど心配しているよオーラをまき散らす。
「優しすぎる。待ち合わせ時刻に遅れて寒い中で待たせちゃったのに一言も怒らないで私の事を心配してくれる・・・新田さんは優しすぎる。新田さんに愛される人は幸せだろうな・・・」
白々しいと思う気持ちと、これ以上猿芝居を続けるのには寒すぎると言う思いでオレは紗耶香の腰に手を回して歩き始める。
「あと約3分で車券の発売を中止します・・・・・」
「お客さんに競馬場に連れて行ってもらった事があるんだけど、もっと混んでた印象があるけど・・・」
「そうだな、昔は競輪場も混んでいたけど、今は2000~3000人、時には数百人って事もあるよ。人気落ちもあるけど、ネットで購入するからね・・・俺は時速70km位のスピードで目の前を走りすぎていく、シャァ~っていう音の魅力に誘われて時々見に来るけどね・・・このレースは買わずに見るだけにしようか、自信のある次のレースを待つことにしよう」
1コーナーの入り口、ゴールラインを正面に見る位置でレースを見る事にする。
「こんな所を走れるの??・・・すごい傾斜、歩くのも難しそう」
「ここは他の競輪場と比べても傾斜がきつい方だよ。レムニスケート曲線っていう数学的に計算した角度や直線の長さが特徴の競輪場だよ。そんな事はどうでも良いけどね・・・まぁ、歩くのはムリだろうね。あっ、レースが始まるよ」
発走いたしますと言う案内があり、号砲が鳴ると同時に9人の選手がスタートする。
残り1週半までレースのペースを作り風除けにもなってくれる先頭誘導員の後
ろで、有利なポシションを狙う動きが有り並びは直ぐに決まらない。
残り2周になると後方にいた選手が前に踏み込み、それに合わせて中団の選手も動き、レースはゆっくりと周回していたのが嘘のように激しくなる。
残り1周半になるとジャンと言われる鐘がなり、先頭誘導員はコースを外れてレースは一層激しくなる。スピードが上がり、後方を走る選手を警戒して、その動きを確認したり、追い抜いて行こうとする選手を妨害するために車体を寄せて行ったりと目まぐるしく動く。
レースは残り1周半で先頭になって逃げていた選手の力が上だったのか、中団や後方を走っていた選手たちは為す術もなく逃げ切りを許してしまった。
「どうだった??感想は??」
「すごい迫力、想像以上にすごい・・・新田さんの言ったシャァッ~っていうタイヤとバンクの摩擦音や風を切る音もはっきり聞こえたよ」
「競馬場でゴール前のドドドッって蹄が地を蹴る音もすごいけど、競輪も迫力あるだろう??」
「うん、あるある。車券を買えばもっと興奮しそうな気がする」
自信があると言った次のレースは、後方にいた選手と先頭で逃げ態勢の選手の逃げ争いとなって人気選手は足を消耗し、人気薄で中団に位置した選手が捲って穴車券となった。
新田は3連単で39000円近い払戻金を1000円分当てて39万円ほどの払戻金を受け取った。
「すごい、6000円が39万円近くになったの??・・・すごい、新田さんは名人。自信があるって言って当てるんだからすごいよ」
紗耶香が新田から視線を外したすきに、あちこちのポケットに入れてあった外れ車券を捨てた事に気付かない。
穴になると予想はしていたが6点で仕留める自信はなかったので6点ずつの車券を6枚買って、彼方此方のポケットに入れてあった。勿論どの車券がどこにあるかという事を覚えていた事は言うまでもない。
次のレースは買わずに見るだけにして、その次のレースを2点に絞って買う事にした。隠し車券は買わずに正直に2点買いする。
予想通りに捲った選手の力が違い、捲った選手とマーク選手の1・2着。3着は逃げた選手の後位にいた選手が位置有利に3着に流れ込んで払戻金は本命サイドの1800円。
紗耶香は新田が出してくれた20000円を言う通りの組み合わせで買って、18万円の払戻金を受け取った。
新田は5万円買って厚めに買った3万円が当たりで払戻金は54万円、最初のレースで買った事を隠していた車券を含めても80万余りのプラスとなり予定通りとニンマリする。
罠-1
遅い昼食を摂り、ミルクティーを飲みながら受信メールを確認しているオレの足元に同居人の瑞樹が跪く。
「クククッ、一つでも欲求を満たされると全てを満足するオレの癖を知っているだろう??」
「私がこんな女になったのは誰のせい??友人が羨むような仕事をして将来の希望も色々あったのに・・・責任を取ってもらわなきゃ」
「うん??悪いのはオレか・・・良いよ、交渉してみるよ。瑞樹は十分に貢献してくれました、もう自由にしても良いでしょう、クラブの事を他言しないのは私が保証します。万一の際は私の責任で対処しますからって・・・」
「もう手遅れ・・・それに、こんな事が大切だと思うような女になっちゃったのを知っているくせに」
ファスナーを下ろして侵入した細くて冷たい指が下着の上からペニスを擦り始める。
「憎らしい・・・この子のせいで私は・・・」
「ウッ、痛い・・・クゥッ~、いってぇ~・・・許してください。瑞樹さま」
ゴツンッ・・・ペニスを摘まんで思い切り指を捻ると男は突然の痛さから逃げようとして膝を机にぶつけ、ズボンの上から膝を撫でて、さも痛そうに顔を顰める。
ウフフッ・・・精一杯、意地の悪い表情で男を見上げる瑞樹は快心の笑みを浮かべて笑い声を漏らす。怒ったような表情はいつまでも続かず、立ち上がって男の膝に座り唇を重ねる。
「ウンッ、フンッ・・・あんっ、もっと・・・こんな男に惚れるなんて・・・」
言葉の内容とは裏腹に頬を緩めた表情に後悔の色を感じさせる事はなく、言葉で男に絡む事を楽しんでいる。
「フフフッ、貴男のキスが好き・・・これでアソコをクチュクチュされるのはもっと好き・・・紗耶香って言ったっけ、何とかなりそうなの??」
膝に乗ったまま、男の股間に手を伸ばした瑞樹は平静を装いながらも嫉妬交じりで話しかける。
「まさかと思うけど、妬いちゃいないよな??・・・これは仕事だからね」
「分かってる。まるっきり平気かって聞かれると、返事に窮するけど貴男の邪魔はしない。嫌われたくないから・・・フフフッ、大きくなってきた。でもここまで、舐めてあげない」
「瑞樹もオレを焦らすのが上手になったな・・・それはそうと、これを見てごらん。紗耶香からのメールだよ」
<こんにちは、紗耶香です。最近、新田さんはお店に来てくれないし、先日のメールも無視されちゃったし、嫌われちゃったのかなぁって心配になっちゃう・・・寂しいの。お仕事が忙しくなるって聞いているから、わがままを言わないようにしようって思うんだけど・・・こんなメールしてごめんなさい。お仕事頑張ってね・・・新田さんとの約束、楽しみに待っています。紗耶香>
「悪い人ね、女にこんな事を言わせて。騙して悪の道に引きずりこむんでしょう??・・・なんか、可哀そう」
「まさか営業メールを信じているわけじゃないよな・・・」
「えっ、そうなの??これは嘘なの??本気じゃないの??」
問いかける瑞樹の表情は崩れ、こぼれる笑みは隠しようがない。PCを覗き込み、言葉を一つ一つ噛み締めるように確かめて、フゥッ~と感嘆の声を漏らす。
「初心な男なら信じちゃうよね。これだけ手練手管を使える女性を手玉に取る貴男は悪い人・・・で、どうするの??教えて・・・」
「今月は大変なんだ。ナンバーを維持できるかどうかの瀬戸際・・・あっ、ごめん、独り言だから気にしないで」
「そうか、協力するよ。今日は余裕があるからね・・・高価な酒を飲んだ事がないから銘柄は分からないし任せるよ」
「えっ、そんな積りじゃ・・・独り言だから気にしないで・・・でも、今日だけ甘えても良いかな??」
「あぁ、あぶく銭が紗耶香の役に立つなら嬉しいよ」
「えっ、あぶく銭って、どういう事??」
「俺の仕事は営業だって言ったよね・・・先週の事だけど、アポの時刻に余裕があったんで、たまたま開催中の競輪場に入ったんだよ。そしたら大穴が大当たり・・・ほとんど使ってないんだけど、紗耶香のために待機していたのかも知れないね」
「本当??そんなお金だったら甘えちゃっても良いかな??・・・新田さん、大好き」
「クククッ、そんな事があったんだ・・・それでどうするの、教えて」
「ここに約束って書いてあるだろ・・・今度、競輪に一緒に行こうって約束しているんだよ・・・丁度、今日が開催初日だから明後日の最終日にでも誘ってみるよ」
「競輪で儲かったからって・・・その後は・・・悪い人。でも当たらなきゃ、しょうがないんでしょう??当たるの??」
「絶対に当たる・・・当たる車券を買えばいいだけの話だから、簡単だよ」
「うそ、そんな事は貴男でも無理でしょう??」
「絶対とは言えないけど、簡単だよ。競輪は9車立て、3連単は504通りで2車単なら72通り、その中に必ず正解がある・・・要は儲かったと思わせればいいだけの話だから」
「良く分からないけど、貴男が言うんだから間違いないよね・・・信じる」
クリスマス
「あっ・・・すみません、降ります」
文庫本から目を上げて窓外を見るとオレの降りる駅の風景があった。
網棚のバッグを掴み大急ぎで出口に向かう。
反対側からも急ぎ足の女性が出口に向かっており、ぶつかりそうになる。
「お先にどうぞ・・・」
「ありがとう・・・」
ホームの階段を上がり橋上駅舎の改札口を出る。
駅舎を出てペデストリアンデッキに立つと、クリスマスを間近に控えた夜の風景がそこにある。通りの街路樹や幾つかのビルはイルミネーションがきらびやかに飾り、コートの襟を立てて帰りを急ぐ人、待ち合わせの時刻を確かめるために時計に見入る人や夜の歓楽街へ向かう人たちに交じって、周りの風景に溶け込むことなく所在無げに佇む人もいる。
時刻を確かめたオレは読みかけの文庫本を読み終えてから帰ることにしてコーヒーショップに向かう。
ショップに入ろうとすると、反対側から歩いてきた女性とぶつかりそうになる。
「どうぞ・・・」
「えっ、また、ありがとう・・・」
「えっ、ああ~、電車の・・・」
女性は店内に入るとオーダーする様子もなくオレに視線を向けて、
「私にはカフェモカをお願い・・・」
そう告げると席を求め、さっさと奥へ歩いて行く。
オレの前を横切る時、仄かな香りが鼻腔をくすぐり抗議することも忘れたオレは黙って見送りオーダーカウンターへ向かう。
ホイップクリームをトッピングしたカフェモカとホットチョコのトールサイズをトレイに載せて女性が座る席に向かう。
女性の脇で立ち止まると、隣の椅子を引き、さも当然のように、どうぞ・・・と、隣席を指さして笑みを浮かべる。
カフェモカを女性の前に置き、ホットチョコを手に持ったオレは、
「ありがとう」と、間の抜けた言葉を返してしまう。
「好い香りですね・・」
「ブルガリのクリスタリンよ、お気に入りの香水なの」
「ふ~ん・・・」
女性に興味を惹かれ乍らも馴れ馴れしくするのは失礼だと思ったオレは、バッグから取り出した文庫本の続きを読もうとする。
「どんな本読んでるの??」
「なで肩の狐」
「花村萬月ね、萬月の暴力派それともセックス派??」
「どちらでもなく、ロマンチック派」
「不良派ではなく萬月のロマンチック派かぁ~」
「そう、夢追い人・・・」
「家で待っている人はいる??」
「いれば、さっさと帰るよ」
「そう・・・私を食事に誘う気ある??」
「このあと食事に行きませんか??」
「ほんとっ・・・でも嫌な女でしょう・・・」
「いや、好い女だもん。我がままや少々の強引さは許される・・・」
「ウフフッ、ありがとう・・・あなたの思う好い女の条件は??」
「この季節、ポインセチアやシクラメンの鉢植えを贈られる人かな・・」
「ねぇ、突っ張って生きている私を壊してくれる・・・」
見つめるオレの視線にたじろぎもせず、粘っこく視線を絡ませる女性から視線を外し、
「もしもし、今晩、部屋ありますか??ダブルで・・・はい、それでお願いします・・・30分後くらいです・・・」
ケータイを2人の間に置いたオレは、女性に声を掛ける。
「取り消すならリダイヤル・・・食事はホテルで」
「うぅうん、取り消す必要はないわ・・私をどう変えてくれる??」
「好い女から可愛い女へ・・・」
「そう、お願ぃ・・・あなたのクリスマスの予定は??」
「予定か・・・予定は当然ある」
「それは残念、仕方ないわね・・・」
「好い女から可愛い女に変身した女性とクリスマス・イルミネーションの下を歩く・・・」
「それって・・・もしかして??」
「クリスマスはオレと過ごしてもらえますか??」
「喜んで、こちらこそよろしくお願いします」
「よかった、ところで名前を教えてくれる・・・シクラメンの鉢植えを贈りたいから」
「私は彩、季節はずれの砂浜で貴男を待っていた彩」
<<おしまい>>