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彩―隠し事 299

転生 -4

水曜のこの日も無事終業時刻を迎え、栞は旦那様がまだ飽きていないから相手をしなきゃいけないのと嬉しそうな表情でいそいそと帰路に就き、愛美は友達と約束があるからと後を追うように退社する。
課長と打ち合わせを済ませた優子は課員とプロジェクト以外の通常業務を確認して伸びをする。

今朝の夫は日曜日までの出張準備をして出社した。
退社して駅に向かう途中の優子は何度もスマホを手にしては宙を仰いでバッグに戻すことを繰り返す。
公園で昼食を摂りながら栞の告白を聞いて昂奮し、意識しないまま胸を揉もうとして窘められた時、昨晩、オナニーで満足しとけばよかったと口にしたことを思い出す。
何もしないで後悔するよりも、何かをして失敗すれば反省する方が好い、そうしようと結論付けて改めてスマホを手にする。
「もしもし、何をしているの??……そうなんだ、退屈しているんだ……夕食は今日もタンシチューなの??……違うんだ、フ~ン、何か美味しいモノを食べるなら付き合ってあげてもいいよ……健志んちでもいいし外でもいい……分かった、それじゃあ、30分後くらいにね。急にゴメン」

健志との約束を終えて笑みを浮かべた優子は着信を知らせるスマホを見て顔を強張らせる。
「もしもし、どうしたの??……えっ、忘れ物??……会社の封筒に入って、あなたの部屋の机の上、そこになければ引き出しの中にあるのね……どうすればいいの??……うん、分かった。明日午前中に届くようにすればいいんだね、任せて。
今から電車に乗るところだから一旦帰って送る段取りがつけば連絡する」

工場に向かう電車の中で忘れ物に気付いた夫が通常の宅配便では翌日配達の受付時間を過ぎたので料金にこだわらずに送ってくれと言う。
健志にすぐ連絡をする。
「もしもし、ごめんなさい。出張する夫が忘れ物をしたらしいの。急いで帰って明日午前中に配達してくれる方法を考えなきゃいけなくなった。方法が思いつかないので混乱しているけど、そんなわけで今日はごめんなさい……えっ、ほんとう??
心当たりがあるの??……うん、お願い。どうすればいいの??……」
大まかな住所と送付物の大きさや予算を確かめた健志は心当たりがあるから彩は家に帰って荷物を用意し、駅で待ち合わせをしようと言う。

家に戻った優子は夫の部屋の前で目を閉じ、意を決したようにドアノブを掴む。
閉じた目を開き、フゥッ~と息を吐いてドアを開けて中に入る。
今朝から人気のなかった部屋はひんやりとして一瞬、たじろいだものの一歩を踏み出すとわだかまりの様なものはスッキリ晴れて、机に近寄り目的の封筒を手にする。
すぐに部屋を出ようとしたが立ち止まり、スゥッ~と胸いっぱいに息を吸い込んで、
「あの人の匂いがする……なつかしい」と漏らして無人のベッドに横たわる。
このベッドで抱かれるのはいつの事だろうと思うと楽しみでもあり、今は健志との仲を大切にしたいから付かず離れず夫との関係はヤジロベエのように不安定のように見えて実はバランスがとれているのが好いと苦笑いする。
今は上品な妻と評価される優子と長年心の奥に棲みついていた性的好奇心に長けた彩の間を行ったり来たりしながら、ヤジロベェの両側の夫と健志に対する思いの力のモーメントのバランスがとれていると自覚しているので不安はない。

「あなた、大切な書類が届くのを待っていてね。以前のあなたのように私を愛してくれる人が私のために、ひいてはあなたのために力を貸してくれるんだよ。良かったね……」
夫の部屋のドアを閉めながら無人の部屋に話しかける。
封筒を持って自室に入り、花模様の可愛い便せんに、
苦労したわよ、お土産を期待しているね、、、と書いて大ぶりのクッション封筒に入れて封をする。
愛していると書けなかったのは、夫の浮気が原因なのか健志の存在を意識してなのか自分でも分からない。
別のクッション封筒に引き出しの奥に隠すように入れてある栞のDVDを入れて封をし、バッグに入れる。

急いで待ち合わせの最寄り駅に向かうと健志は見知らぬ男性と二人で待っていてくれた。
いつものように両手を広げて迎えてくれるわけでもなく、額にキスしてくれるわけでもなく、しかし微笑みを浮かべた表情を見ると自然と心が浮き立つ。

「彼は赤帽組合加入の運び屋。どんな荷物でも秘密厳守で約束時刻にきっちり届けてくれるから安心していいよ。腕はフランク・マーティンにも負けない」
「えっ、誰??」
「映画、トランスポーターでジェイソン・ステイサムが演じたトランスポーター、運び屋だよ」
「知っている。急にフランク・マーティンって言うから分からなかった……急なお願いですが、よろしくお願いしています」
「承知しました。委細はタケに聞いているので任せてください。私のことはネット検索で知ったということにしましょう。仕事上の知り合いに夜、教えてもらったというのは誤解を招かないともかぎりませんから」
「お心遣いありがとうございます……夫に連絡します」

受け渡し時刻や料金などは夫と直接話してもらい、封筒を渡すと車は近くの駐車場に置いてあるのでここで失礼しますと去っていった。

「ありがとう。忘れ物をした夫も安心したと喜んでくれた……」
「どういたしまして。お礼を催促したいけど、ここは彩が住む街。オレにも自制心があるから今日はこのまま帰るよ。もし、明日時間があるなら食事でもどうかな??」
「食事だけ??お酒も飲みたいし、腕枕も欲しい。夫が帰ってくるのは日曜の夜になりそうなんだもん……だめ??」
「喜んで腕枕を提供させてもらうよ。以前は平気だったけど、彩と知り合ってからの独り寝は寂しすぎる」

今日ほどキスしてほしいと思ったことはない。
夫が忘れ物さえしなければ健志と食事をしてバーでカクテルを飲んで、その後は二人の気持ち次第……一日延びただけと思えばいいし、今日の出来事が二人の信頼を増したと思えば悪いことじゃないと気持ちが軽くなる。
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ちっち

Author:ちっち
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夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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