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お見合い -5

当日夜の出発で翌朝、実家へ着いた男は家族や幼馴染、古い友人たちと過ごす時間はアユの事を忘れて楽しく過ごしていても何かのきっかけでふと思い出すことがある。こんな日を迎えることを覚悟していたとはいえ、一度ならず経験する別れを受け入れる時間に慣れることはない。

夫の様子に違和感を覚えた妻が、
「何か変だよ、鮎ちゃんと別れることにでもなったの??」
「そうだよ」
妻に問われるまま、アユが見合いをするらしいと伝えると、
「そうなんだ、寂しいけど鮎ちゃんが幸せになるといいね」

妻のお腹に息子が宿ったのが大学三年生の時、25歳の妻との学生結婚はすべての人がもろ手を挙げて賛成ということにはならなかったが妹の、
「お姉さんが欲しかった」の一言で場は和み結婚することになった。
父の、「結婚は親の見栄、葬儀は子の見栄。結婚は当人だけではなく家族にとっても重要な行事。仕切りは任せてもらう」という言葉に異論を唱えることなく従った。
その妻は、水商売の経験から男には二種類いる。立小便を他人が見ていなければ平気でする人と、悪い事は何があってもしない人。
浮気を立小便に例えるとオレは前者、その代わり相手は水商売で私よりも年上に限ると条件を付けられた。
妻以外の女性とオレが付き合うことについての嗅覚はたいしたもので隠し通すことはムリだと理解している。

実家での時間は終わり、自宅に戻った男は約束の日の約束の時刻に約束の場所に向かう。
猛暑日が続いた今年の夏も8月中旬を過ぎて30度は超えるものの35度を記録する日は少なくなった。
それでも真夏日の今日は雲が広がっているのに16時近くなっても相変わらず暑い。
アユとの最後のデートはお見合いの結果を聞くためであり、良かったね、おめでとうと笑顔で伝えられるかどうか自信がない。
約束のホテルが近付き、空を見上げると雲の隙間から顔を出した太陽が周囲のビルの窓に反射してキラキラ輝き、暑さだけではなく眩しさで頭がくらくらする。

「おまたせ、遅れてゴメン」
「うぅうん、約束の10分前。私が早すぎたので謝られると申し訳なくて辛い」
「とりあえず謝って誤魔化そうとしたことを、ゴメン」
「クククッ、私も誤魔化すのを止めるね。お見合いは、ダメだった」
「えっ、ダメ……そうか、ダメだったのか」
「うん……喜んでくれる??」
「オレをそんな風に見ていたのか……アユの幸せを願っているんだから微妙だな。何とも言いようがない」
「ふ~ん……」
男の発言に明らかに不満を表すアユの表情は曇る。

「で、どんな人だった??」
「思い出したくもない、嫌な男」
「えっ、アユがそこまで言うのは珍しいな。びっくりした」
「初めて会った私に、結婚式は11月までに済ませたい。すぐにでも店をたたんで、今の仕事をしていたことは黙っていてほしいって言うの……プロポーズはナシ。今の私を全否定されたような気になったから、本人には言わなかったけど、帰宅後すぐに紹介してくれた叔母さんに断りたいと伝えた」
「そうか、残念だったな。アユに相応しい男はいるさ……」
その後、夕食を共にしたものの気まずい時間を過ごし、男が時折見せる苦渋に満ちた顔にアユは本音をちらつかせながらも付き合いを続けたいとはっきり口にできない。
やがてアユが開店の準備をする時刻が近付くと男は、
「後で店に行くよ」と告げてタクシー乗り場に向かいアユを見送る。

叔母さんの紹介で断りづらかったのかもしれないが、お見合いを承諾したということはオレとの別れを決断する意思があったということでそれを思うと付き合いを続けることに逡巡するのもやむを得ないだろう。
一時の寂しさでオレとの別れを受け入れがたいと思うのであれば、少し時間をおいてアユに考える余裕を与えてあげるのがいいのではないかと思う。
今までと同様、二人の関係を決める選択権はアユにあると思い定めるオレは気持ちを整理するために歩いて店に向かう。

「いらっしゃいませ……ママ、待ち人が来ましたよ」
アユの結論がどうなっても、これからもこの店の客でいると伝えるために新しいボトルを入れる。
目を合わせることもなく、言葉を交わすこともなく三杯目の水割りを飲む男の前に立ったアユは他の客に関係を気付かれないように話しかける。
「週末は何か予定があるのですか??」
「金曜夜出発で家族ぐるみの付き合いをしている学生時代の友人を訪ねる予定だよ。毎年のことだからみんな楽しみにしているしね」
「ふ~ん、その次は??」
「八月最終週の週末か……今んところ予定がないな。静かに過ごすよ」
「なんだ、ママ、デートに誘ってくれとでも言わんばかりだな。僕でよければお相手しますよ」
「えっ、そんな積りじゃないですよ。いつもよりも静かだから話しかけて見ただけです」
男性客は安堵と酔いもあってさりげなくデートの可能性を探り、ママであるアユと共に店を切り盛りする女の子はママと男を見比べて怪訝な表情を浮かべる。

男はいつものように三杯目の水割りを飲み干して22時前に帰路につき、2時間余り過ぎて最後の客を見送ったアユは、
「閉めようか、疲れちゃった」
「ママ、また何かあったんですか??」
「うん、そうね、今度は終わりかもしれない」
「どうして??理由を聞いてもいいですか??」
「叔母さんの勧めでお見合いをしたの。人妻や彼氏のいる女性は避けるって言うのが彼だから……お見合い相手が結婚前提で付き合ってくれと言うのを断ったけど彼との付き合いはダメかもしれない」
「ママは付き合いを続けたいんでしょう??」
「そうだけど、二度目だしね。一度目は私の勘違いで、彼の意図を理解せずに顔も見たくないって言っちゃったし……あの時は、あなたの勧めでゴメンナサイって謝って許してもらったけど、二回目じゃね」
「お見合いしたことをダメだなんて言う人じゃないでしょう??」
「そうだけど、何か引っかかる処があるらしい……将来も含めてもう少し考えてみる」

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ちっち

Author:ちっち
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