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行きずりの男と女

3の1

横断歩道で信号待ちをする男は向こう側で待つ一人の女性から視線を外すことができなくなる。
スキニーデニムがスタイルの良さを強調し、ざっくりと羽織ったニットカーディガンと首元を飾るスカーフがエレガントさを醸して女性の魅力を際立たせる。
歩行者用信号が青になりカーディガンのポケットに手を入れて颯爽と歩き始める女性は周りの人たちを傅かせているように見えて格好よく、ショートボブのキュートさも男の琴線をくすぐり、自然と綻びそうになる表情を意識して硬くする。

女性は真っすぐ男に向かって歩いてくるように見えたので右にかわそうとすると女性も方向を変え、男が向きを変えると女性もまた方向を変える。
ついに横断歩道の真ん中で向かい合って立ち止まる。
「失礼……」男が女性をやり過ごそうとすると、またしても男の前に立つ。
「ごめんなさい」軽く会釈した男がすり抜けようとすると、
「ほんっとに失礼な男。忘れたの??」と言葉ほど怒りを表さずに笑みさえ浮かべる。
「えっ、何処かでお会いしましたか??」
すれ違う人たちが興味深げに二人を見るので男は女性に合わせてここまで歩いてきた方向に踵を返す。

横断歩道を戻り切ると男は改めて女性を見つめ、
「ごめん、どこで会ったのか教えてくれる??」
「髪を短くしたからかなぁ……」
男を見つめる女性の瞳は妖しい光を帯びて股間が反応しそうになる。
「まだ思い出せないの??ホテルの部屋に連れ込まないと思い出せない??」
「えっ、あの時の??……たしか、髪は……そうだ、間違いない。あの時の、えぇ~っと、名前は聞いてなかったよな」
「抱いた女の名前を聞かないのがあなたの主義でしょう」


「お代わり……お代わりをちょうだい」
「やめた方がいいですよ、身体にも悪いし酒にも失礼です。閉店時間じゃないけど今日はお客様も少ないし、表の看板を入れて灯りを落としますから酔いが醒めるまで休んでいってください」
どれほどの不満を抱えているのか仕事帰りらしい女性は黒のスカートスーツ姿でカウンターに突っ伏し、空になったグラスを持つ手を伸ばして宙で振る。

看板を片付けたマスターに客の男が声をかける。
「ごちそうさま。帰るよ」
「タケ、話し相手になってくれよ。明日はすることがないって言ってたろう、それに酔っているとはいえ、こんな好い女と二人じゃな。俺も男だし、頼むよ」
「分かったよ、付き合う。この人はよく来るのか??」
「うん、時々来てくれる。いつも一人でカクテルを二杯、きれいに飲むし好いお客様だよ。こんなことは初めてだよ」

「マスター、お代わりをちょうだい。お願い、一杯だけでいいから」
「オレが奢るよ。約束だよ、一杯だけだよ……マスター、トニックウォーターのトニックウォーター割をこの人に」
タンブラーに注がれたトニックウォーターを一気に飲み干した女は、
「冷たくて美味しい……ごちそうさまでした。帰ります、おいくらですか??」
「いいよ、オレが奢るよ。足元に気を付けなよ」
「ほんとう??嬉しい、ごちそうになります。ありがとうございました」
立ち上がった女は顔にかかるロングヘア―を掻き揚げ、我を忘れるほど酔っ払っていたとは思えない笑みを浮かべる。
「おう、気をつけて帰るんだよ。今度は正気の時に会いたいな」
「口説いてくれますか??……楽しみにしています。ごちそうさまでした」
立ち上がった女はドアに向かって歩こうとした瞬間によろけて倒れそうになる身体をカウンターについた手で支える。
「大丈夫ですか??俺は片付けがあるから、タケ、タクシーに乗っけてあげてくれよ」
「えっ、うん、そうだな。タクシーを拾えるところまで送るよ……マスター、ごちそうさま」
「たのんだよ、おやすみ」

タケと呼ばれた男は女の腰に手を回して身体を支え、狭い路地からタクシーの走る通りに向かって歩きだす。
「ごめんなさい。酔っ払い女の世話をしてもらって……仕事で失敗して落ち込んでいたけど、こんなに飲んだのは初めて……」
男は口元に笑みを浮かべたものの言葉を発することはなく、タクシーが通るのを待つ。
「ひとつ、お願いしてもいいかしら??」
「いいよ、オレに出来る事なら……」
「家は遠くないけど誰もいない暗い部屋に帰りたくない……どうすればいい??」
「そうだなぁ……直ぐ近くにホテルがあるけど、どうかな??」
「うん、連れて行って。おねがいします」
「女性一人、しかも酔っているから警戒されるかもしれない。チェックインするまで付き合うよ」

「シングルルームが空いていますか??」
「だめ、あなたも一緒……ダブルルームがありますか??」
「セミスイートルームに空室がございます」
「それをお願いいたします。あなた、いいでしょう??」
「えっ、うん、いいよ」

彩―隠し事 306

転生 -11

並んで座っていた二人はいつの間にか寄り添い、つないだ手は汗ばんでいる。
彩も健志もこのビデオの中の行為はあくまでフィクションだと分かっていても二人で見ると互いを意識してドキドキするし、昂ぶる気持ちを抑えきれなくなる。
身体を寄せ合って鼓動も呼吸も重なり合い、手をつないでいても今の二人の思いは重なることがないことに気付かない。
健志は悠士を交えて三人でセックスに興じたことが切っ掛けでこのDVDを選んだのだろうと心を痛め、彩は男たちに凌辱されている女優が学生時代からの親友であり、今も机を並べて共通の仕事をしているし今日もほんの数時間前に別れたばかりだと伝えるべきか否か迷っている。

健志はジットリ汗ばむ彩の手に自らの手をこすり合わせながら何かを言いたげに顔を覗き込む。
何度も口元を動かして何かを言おうとする健志は言いたいことを言葉にすることを諦めて視線を逸らしてしまう。
「ドキドキする。ねぇ、心臓に触ってみて」
健志の右手を左胸に誘導した彩は、
「どう??感じる??すごいでしょう??」
昂奮で掠れた声は上ずり健志の手を包み込む彩の手は震えを帯びる。
「ねぇ、どうなの??何も感じないの??」
「彩のドキドキは伝わるけど、オレの方がもっとドキドキしている」
「ほんと??確かめるね」
健志の左胸に頬を押し当てた彩は、
「クククッ、鼓動は耳だけじゃなく頬でもドクドク感じる……彩が選んだビデオに昂奮したの??それだけじゃないでしょう??悠士さんやカヲルさんとビデオに勝る遊びをしているような気がする。どうなの??」
「その言われ方はチョイト心外だな。ドキドキの元は彩だよ。彩がこのDVDを選んだってことは同じようなことに憧れているのか、経験してみたいと思っているのかと心配なんだよ」
「そうなの??彩がこの女優さんと同じようなことをしたいと言ったら怒る??」
「そうだよ、怒る……怒ると言いたいけど彩を失うことと天秤にかけると、止めろと言えるかどうか自信がないよ」
「見ず知らずの男たちの欲望のはけ口にされて抗うことも出来ずに凌辱される妄想でオナニーしたことはあるけど、現実となると彩には耐えられない。尤も、妄想の世界で恥ずかしい姿を見られるか見られないかのスリルを楽しんでいたけど、エログでその世界にほんの少し入り、例のクラブで見ず知らずの人たちの前でパンツ1枚だけ身に着けてカヲルさんに縛られることもした……そこで会った健志に多摩川や夜の通りで素っ裸にされた……ウフフッ」
「閉店後のお座敷バーで他人に見られながらオレを跨いだり房総の海岸で若いカップルと相手を交換してつながったりもした。その後もイロエロ……」

「このDVDについて隠し事があるの……知りたければ教えてあげるけど、そうね、キスしてくれれば教えてあげる……」
左側に座る彩の背中に左手を回し、右手を両足に添えて抱きかかえた健志が見つめると恥じらいで朱に染めた目を閉じる。
横抱きにした彩の背中に回した手で首を支えて唇を合わせると、態度を豹変して健志の太腿を跨いで両手を頬に添えた彩は貪るように侵入させた舌を躍らせて唾液を啜る。
ジュルジュルッ、チュルチュルッ……「プファッ~、ハァハァ、彩が自分からジュルジュル音を立てて唾液を啜ったのって多分はじめて……DVDを見て昂奮しちゃった」
「オレも驚いたよ。性的好奇心が強いと思っていたけど……クククッ、肉食女子そのもの、本質は淑やかな女性だと思っていたんだけどなぁ。」
「肉食女子は嫌い??」
「好きか嫌いかって聞かれれば、あまり好きじゃないって答えるけど、彩だけは例外だよ」
「ウフフッ、大好き」喜色を浮かべた彩は健志の頬に唇を合わせる。
「こんなに可愛い奥さんとの生活が二晩しかないのが残念だよ……だからこそ、かけがえがない大切な時間だな。で、隠し事って何??この女優さんが彩とも思えないけど……」

「彩が話したことを覚えていると思うけど、不倫相手を含む五人の男性と乱交した女子がいるって……その人なの」
「覚えているよ、海の見えるホテルに向かう途中で教えてもらった。確か、学生時代からの親友だったよな……フェイスマスクを着けているってことは秘密なんだろう、いいのかオレに話しても??」
「いいの、プラチナチェーン下着を彼女に見せて浮気相手に付けられた。離れている時も愛人の心を縛るような愛情と嫉妬心の強い人だって健志のことを言ってあるから信用してくれている」
「そうか、エロイ女優は彩の親友だったのか、フ~ン……そうと聞いたら続きを見たくなった」
立ち上がった健志はスタンドミラーを二人の前に移動し、再びソファに座って彩を抱き寄せて突き出した赤い舌を上下左右に卑猥に蠢かして鏡の中の彩に見せつける。

シャツ1枚だけを着けた彩に命じて目の前に立たせ、
「彩、オンナノコが見えるようにシャツのボタンを外しなさい」
「健志と二人だけど、そんな恥ずかしいことはできない」
「このままの格好で待っていなさい」
立ち上がった健志は冷やしたグラスとボンベイドライジンを冷蔵庫から取り出し、氷を入れたグラスにライムを絞ってジン、トニックウォーターの順に注いでステアし、二杯目のジントニックを作って戻る。
彩の目の前でジントニックを口に含んで口移しで流し込み、彩の白い喉が上下し飲み込むのを確かめると、
「素面じゃできなくても酔った振りをすればオマンコを見せられるだろう」と意地の悪いことを言う。
「ハァハァッ、ビールよりも強いからほんとに酔っちゃう。いじわるな健志に苛められる可哀そうな彩……見てね」
シャツのボタンを外して白い肌を晒すと、股間で綻びを見せる割れ目からはっきり分かるほどの花蜜が内腿にまで滴っている。

彩―隠し事 305

転生 -10

彩がチキン南蛮を作るのを見ながら健志は豚肉とナスのみそ炒めをフライパン返しで仕上げをする。
「チキン南蛮は甘酢にタルタルソースも加えるでしょう??」
「オレはいらない。タルタルが好きじゃないから」
「ふ~ん、理由は聞かないであげる」

豚肉とナスのみそ炒めは何度もお代わりをしたくなるほど白いご飯との相性が良く食欲をそそり、会話も弾む。
腹がくちくなり食欲が満たされると性欲が頭をもたげて二人の瞳に淫蕩な光が宿り、彩が伸ばした右手を健志の左手が掴んで親指の腹でクチュクチュ撫でて思いを伝えようとしたその時、唐突に鳴り響く救急車のサイレンの音が二人の卑猥な思いに水を差す。

彩はビール、健志はジントニックのグラスを掲げて乾杯し、
「チキン南蛮がビールに合う、美味しい」と、卑猥な思いを忘れたようにとびっきりの笑顔を見せる。
他愛のない話題でも笑顔が絶えることなく、自然な成り行きで健志は太腿を跨がせた彩を背後から抱きしめる。
接する肌を通じて温もりを感じ、鼓動や呼吸が同調し始めると日曜の先にある微かな不安を感じなくなり幸福感に満たされる。

「あっ……彩、見てごらん。流れ星だよ。願い事をしようよ」
「えっ、あれ??あれは……うん、流れ星に願い事をするね。心の中で願い事を三度、唱えるんだよね」
健志が暗い夜に飛ぶ飛行機を流れ星だと言い、願い事をしようと言ったのは二度目。
神妙な表情で何かをブツブツ唱える健志に倣って彩も流れ星に見える飛行機に願い事をする。
「お願い事は秘密にしといた方がいいよね……でも、健志と彩のお願い事は同じでしょう??」
「同じはずだよ。同じでなきゃ困る」
「クククッ、そうだよね。同じはず……キスは今??それとも……もう我慢できない」
「オレも可愛い彩を目の前にしてやせ我慢の限界を超えたようだ」
彩を抱き上げて寝室に向かおうとする健志に、
「ソファでイチャイチャしたい……預けた封筒に入っているDVDを一緒に見よう」
「まさか、ミュージックビデオなんて言わないよな。期待するよ」
ソファに下ろされた彩はクッション封筒を受け取ると、
「封切りだから彩も詳しい内容を知らないの。楽しみというか怖いというか独りじゃ見ることができないビデオ」

封筒を受け取った彩は開けた痕跡のないことに笑みを浮かべ、
「エロイビデオを見たい??」
「見たい。彩が選んだエロDVDだから……クククッ」
「なにを考えているの??いやらしい旦那さま……これだよ」
手渡されたDVDは封を解かれた様子もなく彩が封切りだという言葉に嘘はなさそうだ。
フェイスマスクをつけて膝立ちの女性を取り囲むようにして複数の素っ裸の男性が腰を突き出し、ある者は口腔を犯し、二人の男が猛り狂う怒張を握らせて背後に立つ男が髪に自らのモノを擦り付けているパッケージ写真は扇情的で、“人妻が旦那の前で犯される日、OL英子編”というタイトルもまた健志の股間を刺激する。
「ゴクッ……このDVDは彩の趣味なんだろうけど、パッケージ写真のように……まさかこんなことをしてみたいって言わないよな??」
「ウフフッ、健志の前で複数の男たちに口もオマンコを犯されて、あぶれた男がここにも穴があるだろうってアナルにもぶち込まれること??それともアダルトビデオに出演したいかって聞きたいの??」
「えっ、オレはそんな事を聞きたくないし、聞かれたくもないよ」

DVDはインタビューシーンから始まり、
「今日は新シリーズの一作目“人妻が旦那の前で犯される日、OL英子編”の撮影です。奥さんは顔バレがまずいということでフェイスマスクをしていますが、そんな奥さんの出演を推薦してくれたご主人にお聞きします。マスクで隠した奥さんはすれ違う男たちが思わず振り返るほど魅力的ですが、目の前で他人に抱かれても平気なのですか??」
テーブルを挟んで監督と向かい合う英子は白地に大ぶりな青い花模様のワンピースを着けて清潔感と上品さを強調し、その手はサングラスとマスクで顔を隠す夫と固くつないでいる。
「大切な妻が見ず知らずの男に犯されて身悶える。妻の浮気を知った時、大切な妻を私と同じように愛している男がいると知りました。魅力的な妻をたくさんの男たちと分かち合い、もっともっとたくさんの人たちに知ってもらいたいと思うようになったのです。妻はMッ気が強い女です、乱暴に愛してあげてください」
「分かりました……奥さんを可愛がって差し上げなさい。ご主人が嫉妬に狂うほど精液まみれにしていいよ」

インタビューの終了を告げる監督の声を待っていたかのようにドアの向こうから素っ裸の男五人が英子と名乗る女に群がりワンピースを引き千切る。
夫は壁際のソファに誘導されて愛する妻が凌辱されるのを指先が白くなるほど固く握りしめ、マスク越しにでも唇を噛んで堪えている姿が映される。
許してくださいと哀れを誘う言葉も群がる男たちの獣欲に火を点ける効果はあっても許されるはずがない。
下着姿でしゃがみ込まされた英子の口は猛り狂う剛棒で塞がれて、両手には火傷しそうなほど熱い怒張を握らされる。
「ジュボジュボッ、グチュグチュッ……ウッウッゲ、ゲボッ、ハァハァッ……」
五人の男たちは口を蹂躙しても満足することはなく、ローションの力を借りて英子の秘所を犯して上下の穴に獣の欲情をぶちまける。
オマンコは絶品だ、口マンコも気持ちいいと満足の声を漏らした男たちは満足の証を二つの穴に吐き出しても終わらせてくれず、あろうことかその場で浣腸される。
浣腸液だけを撒き散らして羞恥に苛まれて項垂れる英子の後ろ姿が引きで撮られる場面で、いたたまれない健志は一時停止する。

彩―隠し事 304

転生 -9 

帰宅した健志は前日の米国株式市場や欧州市場を確認し、発表された経済指標や要人発言を時系列で整理して必要な数字をエクセルシートに入力する。
ルーチンワークをこなしながら、この日の凡そのイメージを構築し、過去の数字などをメモして開場に向けての準備を終えると、一旦リラックスして頭の中を整理するために洗濯機を動かし、脳の栄養としてブドウ糖錠剤とチョコレート、熱く昂奮した時に頭を冷却するためのミルクティを淹れる準備をする。

トレードノートを出そうとして引き出しを開けるとクッション封筒が目に留まる。
彩は絶対に開けちゃダメだと言ったが駄目だと言われれば見たくなるのが人情。
クッション封筒の中身と彩を秤に掛けると当然のこととして彩を選択してノートを出してすぐに引き出しを閉める。

寄り付きからほどなく目標利益を少し超える利益を得ると欲は大敵、起きて半畳寝て一畳と言う言葉を独り言ちて新規エントリーポジションにロスカット設定で目標を割り込むことなくしてスクワットと腕立て伏せで身体を解す。
気持ちと身体のバランスを重視する健志は脳を使った後は身体、身体を使った後は季節の移ろいを感じながらノンビリ散歩したり、音楽を聴いたりBGVを音ナシで見ながらミルクティを飲んで身体の火照りを冷ますようにしている。

気分転換を兼ねて昼食を摂るために繁華街に向かう途中、今朝、見送った彩のスーツ姿に似た女性を見ると自然な風で顔を見たり、走る電車を見るとこれに乗って帰ってくるのかと想像したり、疑似夫婦を提案した楽しさに頬が緩む。
馴染みの店で定食を食べる途中もいつもより饒舌になっている自分を意識する。

専業ディトレーダーの中には昼食を摂る時間も惜しんで株式取引に集中する人もいると聞いたことがあるが、健志は自分の集中力と緊張感に無理強いすることを好まない。
1日を3つに分けて睡眠などの生理的欲求を満たす時間、仕事の時間は生活の糧を得る時間で今は先物トレード、残りの1/3は趣味や友人たちと遊ぶ時間などに費やして何かに偏ることなく暮らすことを重視してきた。
今日は何をしていてもふと脳裏に浮かぶ彩との時間を思うと心が弾む。

その頃、彩もまた自分の気持ちを持て余していた。
「優子、何かいいことがあったようだね。楽しくてしょうがないって感じに満ち溢れている……あっ、もしかしてDVDを見たから昂奮しているの??」
「ブブブゥ~、違います。栞には悪いけどまだ見ていない、今晩、旦那さまと二人で見る積りだけどね」
「えっ、旦那さまって、ご主人と仲直りっていうか、エッチする関係に戻ったの??」
「クククッ、それも、ブブブゥ~。夫が日曜まで出張だから、その間、彼と疑似夫婦ごっこをしているの、これが楽しいんだなぁ……フフフッ」
「その疑似夫婦ごっこに私のエロDVDが潤滑剤になるんだ。感謝してよね」
「はい、はい。昔から栞にはいろいろお世話になっています。自分で言うのもなんだけど、清楚で上品な奥さまと言われることが多くて、たとえ夫に浮気されても健気に堪える女だったのに浮気どころか疑似夫婦ごっこをするなんて……栞に感化されたからだと思う」
「クククッ、否定しないけど、忘れているよ。疑似夫婦ごっこだけじゃなく、今日もエロイ下着を穿いているんでしょう??優子は立派な不良妻」
「不良妻か……ドキッとするほど心地い響きを持つ好い言葉。身体が自然に動いちゃう」その場でクルリと周り頭上に両手を伸ばしてポーズを決める。
「幸せそうでいいけど、つける薬もなさそうだからほどほどにね。優子だから間違いはないだろうけど」
午後も逸る気持ちを抑え、時には仕事、仕事と呟いて気持ちを切らないように言い聞かせた優子は週初に予定した仕事をこなして帰路に就く。

「ただいま……彩がいなくて寂しかった??」
改札口の外に健志を見つけた彩は逸る気持ちを抑えきれず、健志の首に両手を回して飛びつくようにしがみ付き、健志もまた周囲の視線を気にすることもなく抱きしめる。
腰に手を回して寄り添い、駅を離れた二人の足は言葉を交わさなくてもスーパーに向かう。
「彩、言葉がなくても意思が通じるのは危険だと思わないか??」
「どうして??お互いに理解し合っているってことじゃないの??」
「そうだけど、あえて言葉を交わさなくても理解してくれる。それが、ほんの少しの行き違いになり、やがて大きな亀裂になる。それは彩を失いことにつながるかもしれない……考えすぎだといいけど……」
「うん、理解できる。つまんないと思うことでも話すようにする……クククッ、彩が何を言っても面倒だなんて思わないでよ」

日曜までの食材は買ってあるので鮮魚売り場で塩釜用と告げてあった鱗と内臓を処理された真鯛を受け取る。
何かを買おうということではなく真似事でも夫婦として歩くのが楽しく、ついついアレもコレもと買ってしまう。
昨日の分と合わせて食べきれないほどの食材を抱えて帰路を急ぐ。
彩も健志も夕食が待ち遠しいというよりも、週末の夜を夫婦ごっこで過ごす楽しみに胸を焦がして笑顔が絶えることがない。

彩―隠し事 303

転生 -8 

転生か……生まれ変わったら最初に出会う女性は彩にしてくださいと女神さまにお願いした健志は腕枕で眠る彩の髪を撫でて目を閉じる。
「寝るの??」
「眠ったんじゃないの??」
「眠ったような気がするけど、健志の独り言で目が覚めちゃった。もう一度聞かせて……ねぇ、早く」
「何も言ってないよ、夢でも見たんじゃないか」
「夢じゃない、間違いなく聞いたもん。女神さまとか彩とか間違いなく聞いた。早く聞かせて」

腕枕される格好から健志の上半身に覆いかぶさる彩は先ほどまで眠気を催していたのも忘れたように胸をくっつけて甘えた仕草と言葉で琴線をくすぐる。
「しょうがねぇな、そうだよ。女神さま、生まれ変わったら最初に出会う女性は彩にしてくださいってお願いしたよ……文句ある??」
「ウフフッ、惚れられるのっていいね……ねぇ、惚れる幸せと、惚れられる幸せ、どっちがいいと思う??」
怒ったような声で答える健志を気にかける様子もなく、唇を指先でなぞり鼻梁に沿って滑らせ、眉毛の先を触れるか触れないかの繊細なタッチで確かめる。
「彩がほんの少し動くだけでオッパイの先っぽが胸をスリスリするから気持ちいい」
「エッチ……そんな事より惚れるのが好いか惚れられるのが好いか聞かせて」
「ウ~ン、そうだな。離れている時も彩とのことを想像して幸せな気持ちになれる。惚れているからこそ感じられる幸せだな」
「ウフフッ、彩は惚れられて幸せを感じる派だな。だって、健志と離れている時もプラチナチェーン下着で心を縛られているんだもん。健志が彩に惚れているから他の男性に気を許すなってことでしょう??」
「そうだ、オレは彩に惚れている」
「うん、信じる。付き合う女が出来たから、これまでのように会えないって言われたというカヲルさんの言葉も信じるしね。もっともっと、いっぱ~い、彩のことを好きになってもいいよ」

愛する気持ちと愛される幸せに酔いしれる二人は他愛のない言葉と触れ合う肌の感触で昂ぶる気持ちを抑えきれなくなってくる。
「健志が悪いんだよ。彩は眠っていたのに変な独り言で起こすんだもん」
「ごめん、静かに寝るよ。おやすみなさい」

「ウグッ、痛いっ……」
背を向けて眠る振りをする健志の肩に噛みつき、無理やり向きを変えさせた彩は、
「彩は健志のせいで目が覚めちゃった。どうしてくれるの??責任を取るのが旦那さまの責任でしょう……セックスだけが目的の関係なら満足すればいいでしょうけど……どうするの??」
今日はセックスもそれらしい行為もしていないのに、その言い草はおかしいだろうという言葉を飲み込んで胸に彩を抱き寄せて背中を擦り、髪に顔を埋めて匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「気持ちいい、このまま抱っこしてくれたら眠れそう」
言葉を返さず背中を撫で続け、髪を掻き揚げて耳の裏にキスすると、
「イヤンッ、そんなことをされたら気持ち善くなっちゃう、やめて」
横抱きの彩と一緒に仰向けになり、腕枕をして身体からずれたシャツを直そうと手を伸ばすとビクッと反応する。
卑猥な思いはないとあえて口にせずシャツの乱れを直すと彩は安心したように全身の力を抜き、気付いたときには規則正しい呼吸と共に再び寝息が聞こえ始める。
今度は独り言も吐かずに心の中で、可愛いよ、オレのお嫁さんと告げて目を閉じる。

「ウ~ン……好い匂い……ねぇ、起こして。独りじゃ、起きられない」
仰向けに寝たまま両手を高く宙に伸ばした彩は顔だけを健志に向けてドキッとするほど甘えた声をかける。
「しょうがねぇな。可愛い奥さんのお願いだから無視できないし……フフフッ」
抱き起こした彩を開け放った掃き出し窓からベランダの椅子に座らせると、ピザトースト、アボカドとトマトのサラダ、湯気を立てるミルクティと野菜スープの匂いが彩の眠気を吹き飛ばす。
「チーズの匂いで起きちゃった……野菜スープも具沢山で美味しそう。いただきます」
手も洗わず寝起きのまま熱々のスープを飲む彩を見つめる健志の表情は優しく綻ぶ。
「幸せそうな顔……どうして??」
「美味そうにスープを飲む彩の幸せそうな表情を見ると楽しくなっちゃう。幸せな表情の彩を見るとオレも幸せな気持ちになる」
「うん、野菜やウィンナーなど具沢山のコンソメスープで元気になるし、チーズやベーコンのピザトーストでエネルギーのチャージも十分……夜が待ち遠しい。明日は黄色いお日さまにご対面するんだよね、クククッ」

食事を終え、出勤準備をする彩の気配を背後に感じながら後片付けをする健志はこの上ない幸福感と残暑とは異質の温かさに包まれて仕事もはかどる。
「出かけるね。行ってきます」
「駅の近くまで送るよ」

人通りの少ない駅近くの路地で停車した健志は、彩の頬に唇を合わせ、
「行ってらっしゃい。帰りは駅に着く前に連絡してくれよ、迎えに来るから」
「うん、連絡するから迎えに来てね。健志はこれから何をするの??」
「日経先物取引でお金儲けするよ。今んとこ専業で仕事の様なものだから」
「一度見たいなぁ、PCを睨んでいる健志を……」
「じゃあ、今晩見せてやるよ」
「夜もできるの??」
「あぁ、日経先物取引は朝8時45分から15時15分まで休憩なし。その後は16時30分から翌朝5時30分まで、1日24時間の内、19時間30分取引出来るからね」
「夜、見せてね。チューしてくれないと行けない……ウフフッ、ありがとう、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
見送る健志の表情は薄気味悪いほどにやけ、路地からメイン通りに出た彩の姿が見えなくなると、ゴホンと空咳をして居住まいを正し、帰路に就く。
プロフィール

ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

アッチイのは嫌
さむいのも嫌
雨ふりはもっと嫌・・・ワガママワンコです

夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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