2ntブログ

行きずりの男と女

3の1

横断歩道で信号待ちをする男は向こう側で待つ一人の女性から視線を外すことができなくなる。
スキニーデニムがスタイルの良さを強調し、ざっくりと羽織ったニットカーディガンと首元を飾るスカーフがエレガントさを醸して女性の魅力を際立たせる。
歩行者用信号が青になりカーディガンのポケットに手を入れて颯爽と歩き始める女性は周りの人たちを傅かせているように見えて格好よく、ショートボブのキュートさも男の琴線をくすぐり、自然と綻びそうになる表情を意識して硬くする。

女性は真っすぐ男に向かって歩いてくるように見えたので右にかわそうとすると女性も方向を変え、男が向きを変えると女性もまた方向を変える。
ついに横断歩道の真ん中で向かい合って立ち止まる。
「失礼……」男が女性をやり過ごそうとすると、またしても男の前に立つ。
「ごめんなさい」軽く会釈した男がすり抜けようとすると、
「ほんっとに失礼な男。忘れたの??」と言葉ほど怒りを表さずに笑みさえ浮かべる。
「えっ、何処かでお会いしましたか??」
すれ違う人たちが興味深げに二人を見るので男は女性に合わせてここまで歩いてきた方向に踵を返す。

横断歩道を戻り切ると男は改めて女性を見つめ、
「ごめん、どこで会ったのか教えてくれる??」
「髪を短くしたからかなぁ……」
男を見つめる女性の瞳は妖しい光を帯びて股間が反応しそうになる。
「まだ思い出せないの??ホテルの部屋に連れ込まないと思い出せない??」
「えっ、あの時の??……たしか、髪は……そうだ、間違いない。あの時の、えぇ~っと、名前は聞いてなかったよな」
「抱いた女の名前を聞かないのがあなたの主義でしょう」


「お代わり……お代わりをちょうだい」
「やめた方がいいですよ、身体にも悪いし酒にも失礼です。閉店時間じゃないけど今日はお客様も少ないし、表の看板を入れて灯りを落としますから酔いが醒めるまで休んでいってください」
どれほどの不満を抱えているのか仕事帰りらしい女性は黒のスカートスーツ姿でカウンターに突っ伏し、空になったグラスを持つ手を伸ばして宙で振る。

看板を片付けたマスターに客の男が声をかける。
「ごちそうさま。帰るよ」
「タケ、話し相手になってくれよ。明日はすることがないって言ってたろう、それに酔っているとはいえ、こんな好い女と二人じゃな。俺も男だし、頼むよ」
「分かったよ、付き合う。この人はよく来るのか??」
「うん、時々来てくれる。いつも一人でカクテルを二杯、きれいに飲むし好いお客様だよ。こんなことは初めてだよ」

「マスター、お代わりをちょうだい。お願い、一杯だけでいいから」
「オレが奢るよ。約束だよ、一杯だけだよ……マスター、トニックウォーターのトニックウォーター割をこの人に」
タンブラーに注がれたトニックウォーターを一気に飲み干した女は、
「冷たくて美味しい……ごちそうさまでした。帰ります、おいくらですか??」
「いいよ、オレが奢るよ。足元に気を付けなよ」
「ほんとう??嬉しい、ごちそうになります。ありがとうございました」
立ち上がった女は顔にかかるロングヘア―を掻き揚げ、我を忘れるほど酔っ払っていたとは思えない笑みを浮かべる。
「おう、気をつけて帰るんだよ。今度は正気の時に会いたいな」
「口説いてくれますか??……楽しみにしています。ごちそうさまでした」
立ち上がった女はドアに向かって歩こうとした瞬間によろけて倒れそうになる身体をカウンターについた手で支える。
「大丈夫ですか??俺は片付けがあるから、タケ、タクシーに乗っけてあげてくれよ」
「えっ、うん、そうだな。タクシーを拾えるところまで送るよ……マスター、ごちそうさま」
「たのんだよ、おやすみ」

タケと呼ばれた男は女の腰に手を回して身体を支え、狭い路地からタクシーの走る通りに向かって歩きだす。
「ごめんなさい。酔っ払い女の世話をしてもらって……仕事で失敗して落ち込んでいたけど、こんなに飲んだのは初めて……」
男は口元に笑みを浮かべたものの言葉を発することはなく、タクシーが通るのを待つ。
「ひとつ、お願いしてもいいかしら??」
「いいよ、オレに出来る事なら……」
「家は遠くないけど誰もいない暗い部屋に帰りたくない……どうすればいい??」
「そうだなぁ……直ぐ近くにホテルがあるけど、どうかな??」
「うん、連れて行って。おねがいします」
「女性一人、しかも酔っているから警戒されるかもしれない。チェックインするまで付き合うよ」

「シングルルームが空いていますか??」
「だめ、あなたも一緒……ダブルルームがありますか??」
「セミスイートルームに空室がございます」
「それをお願いいたします。あなた、いいでしょう??」
「えっ、うん、いいよ」
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

アッチイのは嫌
さむいのも嫌
雨ふりはもっと嫌・・・ワガママワンコです

夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード