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彩―隠し事 304

転生 -9 

帰宅した健志は前日の米国株式市場や欧州市場を確認し、発表された経済指標や要人発言を時系列で整理して必要な数字をエクセルシートに入力する。
ルーチンワークをこなしながら、この日の凡そのイメージを構築し、過去の数字などをメモして開場に向けての準備を終えると、一旦リラックスして頭の中を整理するために洗濯機を動かし、脳の栄養としてブドウ糖錠剤とチョコレート、熱く昂奮した時に頭を冷却するためのミルクティを淹れる準備をする。

トレードノートを出そうとして引き出しを開けるとクッション封筒が目に留まる。
彩は絶対に開けちゃダメだと言ったが駄目だと言われれば見たくなるのが人情。
クッション封筒の中身と彩を秤に掛けると当然のこととして彩を選択してノートを出してすぐに引き出しを閉める。

寄り付きからほどなく目標利益を少し超える利益を得ると欲は大敵、起きて半畳寝て一畳と言う言葉を独り言ちて新規エントリーポジションにロスカット設定で目標を割り込むことなくしてスクワットと腕立て伏せで身体を解す。
気持ちと身体のバランスを重視する健志は脳を使った後は身体、身体を使った後は季節の移ろいを感じながらノンビリ散歩したり、音楽を聴いたりBGVを音ナシで見ながらミルクティを飲んで身体の火照りを冷ますようにしている。

気分転換を兼ねて昼食を摂るために繁華街に向かう途中、今朝、見送った彩のスーツ姿に似た女性を見ると自然な風で顔を見たり、走る電車を見るとこれに乗って帰ってくるのかと想像したり、疑似夫婦を提案した楽しさに頬が緩む。
馴染みの店で定食を食べる途中もいつもより饒舌になっている自分を意識する。

専業ディトレーダーの中には昼食を摂る時間も惜しんで株式取引に集中する人もいると聞いたことがあるが、健志は自分の集中力と緊張感に無理強いすることを好まない。
1日を3つに分けて睡眠などの生理的欲求を満たす時間、仕事の時間は生活の糧を得る時間で今は先物トレード、残りの1/3は趣味や友人たちと遊ぶ時間などに費やして何かに偏ることなく暮らすことを重視してきた。
今日は何をしていてもふと脳裏に浮かぶ彩との時間を思うと心が弾む。

その頃、彩もまた自分の気持ちを持て余していた。
「優子、何かいいことがあったようだね。楽しくてしょうがないって感じに満ち溢れている……あっ、もしかしてDVDを見たから昂奮しているの??」
「ブブブゥ~、違います。栞には悪いけどまだ見ていない、今晩、旦那さまと二人で見る積りだけどね」
「えっ、旦那さまって、ご主人と仲直りっていうか、エッチする関係に戻ったの??」
「クククッ、それも、ブブブゥ~。夫が日曜まで出張だから、その間、彼と疑似夫婦ごっこをしているの、これが楽しいんだなぁ……フフフッ」
「その疑似夫婦ごっこに私のエロDVDが潤滑剤になるんだ。感謝してよね」
「はい、はい。昔から栞にはいろいろお世話になっています。自分で言うのもなんだけど、清楚で上品な奥さまと言われることが多くて、たとえ夫に浮気されても健気に堪える女だったのに浮気どころか疑似夫婦ごっこをするなんて……栞に感化されたからだと思う」
「クククッ、否定しないけど、忘れているよ。疑似夫婦ごっこだけじゃなく、今日もエロイ下着を穿いているんでしょう??優子は立派な不良妻」
「不良妻か……ドキッとするほど心地い響きを持つ好い言葉。身体が自然に動いちゃう」その場でクルリと周り頭上に両手を伸ばしてポーズを決める。
「幸せそうでいいけど、つける薬もなさそうだからほどほどにね。優子だから間違いはないだろうけど」
午後も逸る気持ちを抑え、時には仕事、仕事と呟いて気持ちを切らないように言い聞かせた優子は週初に予定した仕事をこなして帰路に就く。

「ただいま……彩がいなくて寂しかった??」
改札口の外に健志を見つけた彩は逸る気持ちを抑えきれず、健志の首に両手を回して飛びつくようにしがみ付き、健志もまた周囲の視線を気にすることもなく抱きしめる。
腰に手を回して寄り添い、駅を離れた二人の足は言葉を交わさなくてもスーパーに向かう。
「彩、言葉がなくても意思が通じるのは危険だと思わないか??」
「どうして??お互いに理解し合っているってことじゃないの??」
「そうだけど、あえて言葉を交わさなくても理解してくれる。それが、ほんの少しの行き違いになり、やがて大きな亀裂になる。それは彩を失いことにつながるかもしれない……考えすぎだといいけど……」
「うん、理解できる。つまんないと思うことでも話すようにする……クククッ、彩が何を言っても面倒だなんて思わないでよ」

日曜までの食材は買ってあるので鮮魚売り場で塩釜用と告げてあった鱗と内臓を処理された真鯛を受け取る。
何かを買おうということではなく真似事でも夫婦として歩くのが楽しく、ついついアレもコレもと買ってしまう。
昨日の分と合わせて食べきれないほどの食材を抱えて帰路を急ぐ。
彩も健志も夕食が待ち遠しいというよりも、週末の夜を夫婦ごっこで過ごす楽しみに胸を焦がして笑顔が絶えることがない。
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ちっち

Author:ちっち
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さむいのも嫌
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夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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