2ntブログ

男と女のお話

記憶 1/2

そぼ降る雨に通りを歩く人は傘を差し、傘を持たない人は肩をすぼめて早足になっている。
そんな人たちに紛れても意に介する様子もなく胸を張って歩く男は颯爽と歩いてくる女性を見つけて頬を緩める。
スプリングコートのポケットに片手を入れ、膝下を伸ばして歩く姿は凛として近寄りがたい魅力を備えている。
あと数歩という距離まで近付いた女性はにこやかに笑みを浮かべて真っすぐに男に向かって歩く。
あれっという表情の男が道を譲ろうとすると女性もその方向に進路を変えて、目の前で立ち止まる。
「ごめん……」
不快な表情をすることなく男が歩道の隅に立って進路を空けても女性は進もうとせず、またしても男の前に立ちふさがる。

「私の記憶にない人だと思うけど何か迷惑をかけましたか??」
「ほんとう??あの頃、女として侮辱されたと不満に思いましたよ。そのことをお忘れですか??」
「女性を侮辱した記憶はないし、あなたのように美しい人を忘れるはずがないし困ったな」
「ヒントを差し上げます……三杯目は少しだけ濃く作りますね」
何かに気付いた様子で女性の顔をまじまじと見つめる男は、
「あれっ、もしかすると、エリちゃん??そうなの??」
「そうです絵梨奈です。今は深雪ですけど、あの頃はお世話になりました」
「そうか、私が知っているのは源氏名で本当は深雪さんって言うんだ。知らぬこととはいえゴメンね」
「そんなことで謝らないでください、分からなくって当然です……そんな事より、私は一目見て柏木さんだと分かったのに、気付いてくれなかった。罰として夕食をご馳走してください、ダメですか??」
「えっ、ダメじゃないけど……困ったな」

「約束があるのなら諦めますが、念のため申し上げると私は付き合っている人はいないし、夫と呼ぶ人もいません……柏木さんは人のモノは何であれ欲しがらない、そう言ってましたよね??」
「分かった、気付かなかったお詫びにご馳走させてもらうよ。何が好い??」
「ウフフッ、やったぁ。2年以上前ですが、私が大学を卒業するから店を辞めるというと卒業祝いだと言って連れて行ってくれたお店があったでしょう。あの店はダメですか??」
「憶えているよ。高級感のある佇まいで庭も素晴らしく記念日などのイベントには重宝する懐石料理の店だったけど閉店しちゃったよ。エリちゃんじゃなかった、深雪さんが美味いと言って飲んだ系列のクラフトビールも止めちゃった」
「そうですか残念だなぁ……柏木さんにお任せします。今日は金曜日だから月曜の出勤まで時間はたっぷりあるし、食事の好き嫌いはありません。それと深雪さんじゃなく、ミユキと呼んでください。いいでしょう??」
「分かった。ミユキちゃん、雨を避けられる場所に移動しようよ」
「ウフフッ、やせ我慢は辛いですか??」
「雨だからって肩をすぼめて歩くのは雷さんに負けたようで癪だからね。ミユキちゃんも傘ナシで颯爽と歩く姿は凛として格好良かったよ」
「誰が見ているか分からないから精一杯虚勢を張っていました。柏木さんに会ったから、一応目的は達成です」

「ミユキちゃん、走るよ」
歩行者信号が青になると柏木は深雪の手を握って駆けだす。
横断歩道を渡り切った柏木は手を引いて傘の間をすり抜けて目の前のビルに入る。
ハンカチを取り出して頬に当て、髪を拭いて湿り気を吸い取ろうとする。
「ありがとう……優しくされたら惚れちゃうよ」
「えっ、おう……エレベーターに乗るよ」
「クククッ、照れている??赤くなっているよ」

八階で降りた二人は石畳風の入り口を入って居酒屋に入る。
金曜日とあって個室はすべて塞がっているため座敷席にする。
コートを脱いで優雅な仕草で座る深雪のスカートがずり上がり、白い太腿を目にする柏木の表情が一瞬変化する。
淫蕩な視線とは言えないものの成熟した女性として見られたと感じた深雪は満足し、窓から見える華やかな駅前の夜景と賑やかさに感嘆の声を漏らす。
「きれい。この街を8階から見るとこんな景色なんだ……卒業と就職で離れたこの街を懐かしく思って久しぶりに来たんだけど、柏木さんに会えるとは思ってもいなかった。私の記憶違いかなぁ??高い処が苦手だって聞いたような気がするけど、まさか2年や3年で克服できるとも思えないし……ウフフッ」
「ミユキちゃんを見ていれば高い処にいることは気にならない……暗いので高さを感じないから平気だよ」

白ワインで生ガキと焼ガキを堪能すると気持ちが一層解れて会話も弾む。
深雪が卒業旅行に行くと聞いた柏木が両替しないで持っていたユーロ紙幣をプレゼントし、お土産としてベルトを買ってきたことや希望通りに就職することが出来て充実した日々を送っていることなどを話した。
ワインを冷酒に替えて刺身や牛肉と野菜の朴葉焼きなど数種類と〆のお茶漬けを食べ終わると満面に笑みを浮かべた深雪は、まだ解放してあげないと酔った振りをする。
「帰れなくなっちゃうよ」
「いいの。今日はホテルに泊まるって決めたから、どこかで飲みたい。連れて行って……奥さんに怒られちゃう??」
絵梨奈の源氏名でキャバクラ勤めをしていた頃、毎回のように20時のオープン直後に来店し、延長1回で帰る柏木に規則正しいのはどうしてだと聞くと、エリちゃんに会いたいし妻に怒られたくないしと言ったのを思い出した。
「じゃぁ、宿泊するホテルのバーに行こうか。雨の中ウロウロしなくても好いし、そうしよう」

店を出ると柏木は買い物をするかと聞いて、深雪が必要ないと答えると5分ほど此処で待っていてと告げて雨の中を走りだす。
帰宅が遅くなることを奥さんに連絡するのを聞かれたくないのだろうと降る雨を見つめていると、お待ちどうさまと声をかけた柏木が傘を差して歩いてくる。
「傘を買ってきてくれたの??」
「そうだよ。二度も雨の中を走らせるわけにはいかないだろう」と、微笑む。
歩いて数分のホテルでフロントに向かう深雪は女性の飛び込み客である事を心配したが、柏木が何度も利用しているらしくて不都合なくチェックインすることが出来た。
「1人で宿泊するこの人を明朝迎えに来るつもりだけど、念のため現金でデポジットを入れときます」
「いつもご利用いただいていますから結構ですよ」
「もしも、来られなくなった時のためですから、預かってください」
部屋の鍵を受け取るとバーに向かう。

柏木はウィスキーの水割り、ミモザ色で甘口アルコール度数も高くないミモザを飲み終えた深雪はバラライカを飲み始める。
「ペースが早すぎるよ、大丈夫か??」
「いいの、久しぶりに懐かしい人にあったし気分は最高。今日はこのホテルに部屋を取っってもらったし酔っぱらっても介抱してくれる優しい人がいるしね……お代わりください」

歩くことも覚束なくなった深雪を部屋に送り、コートをハンガーに掛けてベッドに横たえた身体から上着を脱がせて、
「ミユキちゃん、このまま寝かせるわけにもいかないからスカートも脱がせるよ」
「ウ~ン……ここはどこなの、ベッドなの??苦しい、スカートもブラウスも脱がせて、早く……飲み過ぎちゃったみたい」
「脱がせるよ、動いちゃダメだよ」
スカートを脱がせ、ブラウスのボタンを外し始めると焦点のあっていなかった深雪の視線が柏木を見据えて淫蕩な光を宿したように思えたが、卑猥な感情が芽生えた自分の勘違いだろうと言葉にせずに言い聞かせる。
脱がせた上着やスカート、ブラウスもハンガーに掛けた柏木は、

朝食を一緒に摂れるように迎えに来るから待っていてくださいとメモを残し、深雪の額に唇を合わせて灯りを落として部屋を出る。

「なんだ、つまんない。抱いてほしかったのに……」
身体を起こした深雪が笑みを浮かべながら不敵な独り言を漏らしたことを柏木は知らない。
「シャワーを浴びてさっぱりしよう」
下着を脱いでハダカンボになった深雪はバスルームに向かう。
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ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

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さむいのも嫌
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夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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