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初恋 -1/2

想い出 

「いらっしゃい。いつ帰ってきた??」
「金曜の夜」
「顔を出してくれないから帰ってこないのかと思っていた」
「色々忙しくて来られなかったんです」
「そうか……」
大型連休の最中とあって閑散としたカウンターに座った男にバーテンダーは親し気な軽口をたたく。
コトッ……オーダーを確かめることなくライムを添えたジントニックが男の前に置かれ、それを絞った男は美味そうに飲む。
「ジンとトニックウォーターにこだわりはないし、ライムは生でもジュースでも良いと言うのはジントニックに失礼かもしれないけど、先輩のジントニックは特別です。いつ飲んでも本当に美味いと思います」
「ありがとう……いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席に」
微かな香水の香りと共に女性客が入ってきた。
カウンターの男は新しい客に目もくれずバックバーを見ながらグラスに手を伸ばす。

「カクテルは詳しくないのですがワインベースで何かお勧めのものを頂けますか??」
「スパークリングワインでもよろしいですか??」
「はい、結構です」
バーテンダーとやり取りする声が気になる様子の男はチラリと女性客を盗み見て驚いた表情になる。
「こんにちは、3年ぶりですね」
男の驚いた表情とは違い、ニコッと微笑んで挨拶の言葉を口にする。
「えっ、うん、3年経ったんだ」
「なんだ、知り合いか??お客さまは初めてですよね??」
「はい、初めてです。この人は高校時代の友人でこの先でたまたま見かけたので跡をつけてここまで来ました」
「そうですか……」

「今日は待ち合わせなのか??」
「違うよ、独りで飲みたかっただけです」
「そうか、30分ほど買い物に行ってくるから二人で店番していてくれ……任せたよ」
バーテンダーは二人のぎくしゃくした様子を見て、いない方が好いだろうと察して女性客の前に紫がかった赤いカクテルのフルートグラスを置き、
「キールロワイヤルです。スパークリングワインとカシスリキュールのカクテルです……申し訳ないけど買い物に行ってくるので留守にします。店は閉めていくので30分ほど飲んでいてください」
二人の関係を知ろうともせずに女性客に声をかけ、男に頷いて見せたバーテンダーは店の照明を暗くして出ていく。
カチッ……シャッターこそ下ろさないものの鍵をかける音を聞くと残された二人の緊張が高まり静寂が店内を覆う。

「マスターは気を利かせてくれたようだけど、この店はよく来るの??」
「帰ってきたときは必ず来るよ。マスターは高校の4年先輩だよ」
「そうなんだ、私にとっても先輩になるんだね。ふ~ん」
女性客は店内を見回し、男の顔を見据えて視線を逸らすことがない。
堪えられなくなった男は目を伏せて、
「ご主人やお子様は元気ですか??」
「3年前もそうだったけど、その話し方は落ち着かない。私の想い出の中にいるタケの話し方が好いな……厚かましいお願いだって分かっているけど、ごめんなさい」
「緊張しているんだよ、ゴメン」
「そうなの??私の相手をするのに緊張するんだ、フ~ン……夫は単身赴任中で娘は友達を訪ねて長野県に行っているし、近くに住んでいる長男は家族旅行……寂しい独身生活。タケは??」
「オレはいつもと同じ実家生活。夜は友達と賑やかにやっているよ」
「相変わらずね、タケの事を色々耳に入れてくれる人がいるから……3年前は聞きたくても聞けなかったことだけど、質問を一つだけいいかな??」
「いいよ、答えられる範囲なら」
「……父の海外赴任に付いて行ったんだけど、もし私が日本に残っていればタケとの関係は今と違っていた可能性があった??」
「それは偶然会った3年前に頭を過った事だけど、正直に言うと分からない……30年前の事だろう、時間を戻すことができないからなぁ……」
「そうか、そうだよね……忘れていた積りだったけど、50歳近くなった頃から時々思い出すの、父に付いて行かなければ私の人生が変わっていたかなぁって……正直に言うと父も色々と考えちゃったみたい。タケの事じゃないよ、私は1年休学したでしょう、そんな事が良かったのかどうかって……母が亡くなって、父には負担をかけたから単身赴任で私の事で心配かけちゃいけないと思ったから付いて行ったんだけどね」
「お姉さんは結婚した後だったっけ??」
「そう、結婚して札幌に住んでいたの。大学が地元だったから姉の家に厄介になることが出来なかったからね」
「苦労したんだ、力になれなくてゴメン」
「そうだよ、タケにはそばにいてほしかった……私だけ帰国して復学。中学が同じで家も近くの岡田君からタケが学生結婚したって聞かされたの。岡田君とは今でも会うんでしょう??」
「昨日も一緒に飲んだし、明日はウチに来ることになっている」

「奥さんとは結婚前提で付き合っていたの??」
「……正直に言うと、将来を考えていたわけじゃない。突然、子供が出来たって聞かされたんだよ。その時はややこしいことを考えないで結婚しようって言った記憶がある」
「タケらしいと言えるけど、岡田君に結婚してるって聞かされた時は目の前が真っ暗、父の勤める会社を呪いそうになった……ウフフッ、でも今は幸せ。夫が単身赴任って言うのが癪だけどね。私の幸せを奪う単身赴任」
「一緒に行けばよかったのに」
「そうすると、今、この時間は存在しない……タケはその方が良かった??私って面倒な女??」
「困らせるなよ。ゴメン」
「謝ってばかり……高校3年生の冬休み、英語の先生の家に行ったのを覚えている??」
「憶えているよ。マコの担任だったよな。気が付いたら夜11時過ぎ、遅くなったことを気にした先生がマコの父親に電話して謝るから、オレに家まで送って行けって言った」
「そう、歩いて帰ったら12時。父が、タケの家は遠いから泊って行けばいいよって言ったんだよね」
「そうだった……はっきり覚えていないけど、お父さんに遅くなったことを詫びて逃げるようにして帰った記憶がある。そのお父さんも亡くなっちゃったんだよな」
「うん……タケが葬式に来てくれたのに会えなかった。後で芳名帳を見て知ったの、どうして声をかけてくれなかったんだろうって、奥様を気にしてなの??いい、返事は必要ない……で、あの日、タケが帰った後、父がお前から聞いていたより真面目な子だなって言ったのを思い出した。ウフフッ……あの時、引き留めて一緒の部屋で寝ればどうなっていただろうって、気になるなぁ」
「どうにもならないさ、自慢じゃないけどオレは経験してなかったからな」
「それも、岡田君から卒業した年の5月か6月に聞いた。女性経験がないからって福原の、そういう店に行ってやり方を教わったらしいって……本当なの??」
「本当だよ、マコとエッチするために受験勉強そっちのけで福原のソープに行ったよ。そのお陰で無事マコに童貞を捧げることが出来た」
「ひどい話、童貞はソープのお姉さんに捧げたんでしょう??私は二番目、結局はタケの一番目の女になれない運命だったんだ」

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ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

アッチイのは嫌
さむいのも嫌
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夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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