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偶然 -1

出会い

友人のお見舞いを終えての帰路、空港へ向かう電車の中で時計を見た男は何かを感じて見知らぬ駅で降りた。
商店街を歩く途中で見つけた小さな神社で友人の回復を願掛けし、来た道を駅に戻る。
駅前の食堂から漂う匂いに空腹を感じ、改めて時刻を確認して暖簾をくぐる。
夕食時ということもあり店内は混雑している。

食券を買ってカウンターに置くと半券を渡されて、
「できれば呼びますから座って待っていてください。お茶はその給湯器で淹れてください。セルフでお願いします」
湯のみを持って空席を探し、相席をよろしいですかと先客に声をかけて席に着く。
「失礼だけど、地元の人じゃないね??この店は夫婦でやっているんだが今日は奥さんが留守のようだね。普段は愛想の好い奥さんが接客をしてくれるんだが、残念な日に来ちゃったね」
「そうですか……」と、言葉を返したタイミングで、
「刺身定食のお客さ~ん」
失礼と相席の男性に声をかけてカウンターに向かうと、この店には似つかわしくない雛にも稀な美しい女性が半券をカウンターに置こうとしている。
「あっ、ごめんなさい。どうぞ……」
「いえ、私の方が後に入りましたから貴女が先です、もうしわけない」
「私が先で間違いありませんか??」
「間違いないですよ。貴女のような美しい女性が先客でいたかいないか間違えるはずがないですから」
「えっ、フフフッ、それではお先に……ありがとう」
笑顔と心地好く響く声につられて言わなくてもいい言葉を口にしたことを秘かに恥じる。

二度目の、刺身定食のお客さんという声に店内を見回して立ち上がる人のいない事を確かめて男は席を立つ。
思いのほか美味く、満足した男は食器をカウンターに戻して、ごちそうさまと言いおいて店を出る。
本屋に立ち寄り文庫本を買って再び電車で空港を目指す。

使用機、到着遅れため遅延。出発時刻は改めて案内しますと放送がある。
買ったばかりの文庫本を読みながら案内を待ち、1時間半ほどの遅れで搭乗口に向かう。

座席に近付くと女性が荷物棚にバッグを入れようとしているので、
「手伝いましょうか」と声をかけると、食堂で会った女性だった。
「あっ、食堂でお会いした方ですよね??」
「そうですね……まさか、ストーカーじゃないですよね……ごめんなさい、つまらない冗談です。お願いします」
相変わらずコロコロと弾むような声が心地好く、冗談と分かっているストーカーという言葉に頬が緩む。
バッグを受けとった男は荷物棚に入れて席に着き、残り僅かにページを残す文庫本をポケットから取り出す。

飛行機がエプロンを離れて誘導路から滑走路に向かう頃には読み終えた。
「読み終えたのはどんな本ですか……私のストーカーさんがどんな本を読んでいるのか興味があります」
「ストーカー確定ですか。そうですね、食堂、飛行機の座席が隣、ストーカーじゃなければ一生の内に一度有るか無しの偶然ですね」
「あれ、ストーカーだと認めちゃうんですか??困ったな、通報しなきゃ……ウフフッ、本のタイトルを教えてくれたら通報するのは止めときます」
「“紫苑”ですが、ご存知ですか??」
「“ダブルXしなやかな美獣”、嶋村かおりさん、遠藤憲一さんが出演のVシネマの原作。奥田英二さん、北村一輝さんと、あれっ度忘れしちゃった……」
「度忘れしたと困っている表情も見惚れちゃいます……ごめん。吉本多香美さんがヒロインの“皆月”ですか??」
「そうです、それ。花村萬月さんの本って他にも幾つか映画になっていますよね??」
「なで肩の狐、紅色の夢、他にも幾つかあったけど思い出せないな。度忘れしちゃった」
「暴力、セックス、恋愛、音楽、特にブルースですよね……花村萬月さんの小説、私も嫌いじゃないなぁ」
「う~ん……あなたの事をよく知らないので、とりあえず聞き流します」
「そうね、女が花村萬月さん著の小説を好きと言うとストーカーさんとしては相槌に困るかもね」

「その通りです。話は変わりますがお住まいは関西ですか??」
「東京の国立なんだけど、帰れるかどうか不安。この飛行機が遅れたから羽田行きの乗継便はないし、さっき電話したんだけど、大阪も神戸もホテルは満室。新大阪まで行って最終の新幹線に間に合うかなぁ??」
「伊丹から羽田の予約はしていないのですか??同じ航空会社の予約であれば
1時間半の遅れは待ってくれないにしてもホテルの用意などしてくれると思うけど」
「こんな事になると思わなかったし、帰りの時刻が決まっていなかったので予約してなかったの……ホテルも取れないしどうしよう。あっ、ごめんなさい、ストーカーさんに愚痴ってもしょうがないよね」
「甲子園で高校野球をやっているからホテルが満室なのかなぁ??」
「そうか、そう言うこともありそうね。ストーカーさんは関西なの??」
「ストーカーさんって言われると、住んでいる処は言いたくないな」
「えっ、どうして??」
「私が住んでいるのは国立の隣……ほら、そんな顔をする」
「本当なの??国分寺??じゃあ、立川??……嘘でしょう??」
「嘘じゃないし、ストーカーじゃないから、これで確かめてくれる??」
「免許証??国が保証してくれるのね、拝見します……えっ、ウソ、私は東京女子体育大学近くのマンションに住んでいるんだけど、この住所だと2kmくらいじゃない??」
「そうだろうな、益々ストーカーの嫌疑が濃くなっちゃったね、申し訳ない」
「ストーカーさんだなんて冗談も言えないくらい怪しい。ごめんなさい……今日はどうするのですか??」

「大阪駅近くのホテルを予約しています……誤解されると困るから独り言を言いますね。友人のお見舞いだったので帰る時刻は不明、大阪までならってことでホテルを予約したんだけど、ツインルームしか空いていなくて、ツインルームのシングルユースです」
「独り言か……もしよかったら、私をナンパしてくれると嬉しいんだけど。気が強くて生意気な女は嫌いですか??」
「さっきの食堂では地元のオジサンと相席したので、相部屋でもいいですよ。ナンパって事なら、あなたが今現在付き合っている男性がいるかどうか確かめてからですね、どうですか??」
「付き合っている男性は居ないけど、どうして??」
「人のモノを欲しがらない主義なので、念のための確認です……それでは改めて、気の強い女性が私の腕の中で可愛い女に変身するのを見るのが好きです。チャンスをくれませんか??」
「ハァハァッ、ドキドキする。一晩で私を可愛い女に変身させられるか、チャンスを差し上げます。私は我がままな女ですよ」
「好い女の条件の一つは我がままだと思っています。好い女は自分の理想や世界観を簡単に曲げない、それが我がままと見えることもある」
「クククッ、褒めてもらったと思うことにします。そしてナンパされた私はホテルという言葉にパクリと食いついた」

「すみません、ブランケットをください」
通りかかったCAさんに頼んだブランケットが届くと二人に掛け、その下で女性の手を握る。
「えっ、もう手を握るの??しかも、ブランケットで隠して、ドキドキする。暴力は嫌だけど、ワルイ男は好きよ。ここから先は、あなた次第……」
男に顔を向けることなく正面を向いたまま話す声はわずかに震え、つないだ手は汗ばんでくる。

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ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

アッチイのは嫌
さむいのも嫌
雨ふりはもっと嫌・・・ワガママワンコです

夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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