男と女のお話
カクテル エル・ディアブロ
遠くに見えるビルが陽炎の様に揺らめき、10月が近いというのに行く夏を惜しむかのように陽光がギラギラ輝く。
木々は緑も濃く生命力に溢れて見つめる男の気持ちを逆なでする。
男は滑走路が見えるバーで独りカウンターに座り、ジントニックを飲みながらタッチアンドゴーの訓練なのか小型機が着陸、離陸を繰り返すのを見つめる。
男がここにいるのは旅行のためではないし、誰かを見送りに来たわけでもない。
心の中に吹きすさぶ冷たい風からオレを癒してくれる何かを探しに来た。
二度目の秋を迎えようとしている。
そばにいるのが当たり前で、いなくなって存在の大きさに気付かされた女。
オレの元を去って初めての秋と冬を独りで過ごし、春から夏も過ぎて二度目の秋に踏み出そうとする今日は儚い約束の日。
六杯目のジントニックを飲み干したオレにバーテンダーが声をかける。
「お作りしますか……」
オレは時計を見る。17時を過ぎたようだ。
「いえ、チェックを」
「少々お待ちください」
離陸する飛行機を見ていたオレはドアの開く気配で振り向いた。
赤いスーツの女が息を切らした様子で入ってくる。
「ごめん、二時間も遅れちゃった。私の乗る航空機の到着が遅れたんだって。ごめんなさい」
「いや、一年待ったんだから二時間なんて大したことはないさ」
再会を期待していなかった女が現れたのに、気持ちが高揚することもない。
予想外の喜びに頭の中が混乱し、どうしていいか分からないと言うのが本音でかける言葉が見つからない。
1年前のあの日、オレたちは今と同じこの席に座っていた。
「あのね、こうかい……」
後に続く言葉は聞こえなかった。
今は静かなこのバーは、一年前のあの日も静かだったはずなのにどうして聞こえなかったのか……その事を考える一年だった。
「この前と同じカクテルでよろしいですか??」
「はい……」
小首をかしげて、どうして分かるのと言いたげにオレを見つめる女が愛おしく抱きしめたくなる。
ピクリと身体が動きそうになったが、オレの元に帰ってくれるのかどうか確信がないので思いとどまる。
「紅海の見える場所に住んで古代エジプトについての研究は一応完成したよ。あなたが一年後の今日、同じ時刻に同じ場所で待っていると言ってくれたのが励みになったし時間的目標にして頑張ったの……ありがとう」
「えっ、うん……オレの言葉が励みになったのなら嬉しいよ。共同研究者としてオレの名前も入れてくれる??」
「フフフッ、考えとく」
一年前、女の口から出たこうかいという言葉は、二人で暮らした日々を後悔していると言うことではなく、紅海だったのだ。
「一年後の今日、この場所で同じ時刻15時に待っている」
キャリーバックを引いてバーを出る女に掛けた言葉だが、紅海と後悔を誤解していたことを知ると搭乗口で見送らなかったことを恥じる。
「ごめん、搭乗口で見送らず、ここでジントニックを飲んでいたままだった」
「クククッ、それを思い出すとこの一年楽しかった。私としばらくとは言え別れるのが辛かったんでしょう??搭乗口で頑張れって、笑顔で見送られるのも良いけど、やせ我慢されるのも女は嬉しいんだよ」
「どうぞ……」
カシスの赤が血の色にも見えるカクテル、エル・ディアブロが女の前に置かれた。
「一年前に一度来ただけなのに……」
そうだ、一年前のオレたちを覚えていたのなら、今日のオレをどのように見ていたのだろう。
そっとバーテンダーを見ると、オレにだけ分かるように頷き、目は良かったですねと優しい光を宿す。
「このカクテルはエル・ディアブロって言ったっけ??」
1年前、彩のためにオーダーしたカクテル、エル・ディアブロ。
オレは黙ったまま頷く。
「ねぇ、ディアブロの意味を知ってる??」
「悪魔……」
「こんなにきれいな色ですっきりしたカクテルなのにね」
おまえが悪魔だよ。オレにとっては……
「そろそろ帰りたい。長旅で疲れちゃった」
「部屋はそのままにしてあるよ」
「当り前でしょう」
バーテンダーを呼んだ。
「チェックしてください」
<<おしまい>>
遠くに見えるビルが陽炎の様に揺らめき、10月が近いというのに行く夏を惜しむかのように陽光がギラギラ輝く。
木々は緑も濃く生命力に溢れて見つめる男の気持ちを逆なでする。
男は滑走路が見えるバーで独りカウンターに座り、ジントニックを飲みながらタッチアンドゴーの訓練なのか小型機が着陸、離陸を繰り返すのを見つめる。
男がここにいるのは旅行のためではないし、誰かを見送りに来たわけでもない。
心の中に吹きすさぶ冷たい風からオレを癒してくれる何かを探しに来た。
二度目の秋を迎えようとしている。
そばにいるのが当たり前で、いなくなって存在の大きさに気付かされた女。
オレの元を去って初めての秋と冬を独りで過ごし、春から夏も過ぎて二度目の秋に踏み出そうとする今日は儚い約束の日。
六杯目のジントニックを飲み干したオレにバーテンダーが声をかける。
「お作りしますか……」
オレは時計を見る。17時を過ぎたようだ。
「いえ、チェックを」
「少々お待ちください」
離陸する飛行機を見ていたオレはドアの開く気配で振り向いた。
赤いスーツの女が息を切らした様子で入ってくる。
「ごめん、二時間も遅れちゃった。私の乗る航空機の到着が遅れたんだって。ごめんなさい」
「いや、一年待ったんだから二時間なんて大したことはないさ」
再会を期待していなかった女が現れたのに、気持ちが高揚することもない。
予想外の喜びに頭の中が混乱し、どうしていいか分からないと言うのが本音でかける言葉が見つからない。
1年前のあの日、オレたちは今と同じこの席に座っていた。
「あのね、こうかい……」
後に続く言葉は聞こえなかった。
今は静かなこのバーは、一年前のあの日も静かだったはずなのにどうして聞こえなかったのか……その事を考える一年だった。
「この前と同じカクテルでよろしいですか??」
「はい……」
小首をかしげて、どうして分かるのと言いたげにオレを見つめる女が愛おしく抱きしめたくなる。
ピクリと身体が動きそうになったが、オレの元に帰ってくれるのかどうか確信がないので思いとどまる。
「紅海の見える場所に住んで古代エジプトについての研究は一応完成したよ。あなたが一年後の今日、同じ時刻に同じ場所で待っていると言ってくれたのが励みになったし時間的目標にして頑張ったの……ありがとう」
「えっ、うん……オレの言葉が励みになったのなら嬉しいよ。共同研究者としてオレの名前も入れてくれる??」
「フフフッ、考えとく」
一年前、女の口から出たこうかいという言葉は、二人で暮らした日々を後悔していると言うことではなく、紅海だったのだ。
「一年後の今日、この場所で同じ時刻15時に待っている」
キャリーバックを引いてバーを出る女に掛けた言葉だが、紅海と後悔を誤解していたことを知ると搭乗口で見送らなかったことを恥じる。
「ごめん、搭乗口で見送らず、ここでジントニックを飲んでいたままだった」
「クククッ、それを思い出すとこの一年楽しかった。私としばらくとは言え別れるのが辛かったんでしょう??搭乗口で頑張れって、笑顔で見送られるのも良いけど、やせ我慢されるのも女は嬉しいんだよ」
「どうぞ……」
カシスの赤が血の色にも見えるカクテル、エル・ディアブロが女の前に置かれた。
「一年前に一度来ただけなのに……」
そうだ、一年前のオレたちを覚えていたのなら、今日のオレをどのように見ていたのだろう。
そっとバーテンダーを見ると、オレにだけ分かるように頷き、目は良かったですねと優しい光を宿す。
「このカクテルはエル・ディアブロって言ったっけ??」
1年前、彩のためにオーダーしたカクテル、エル・ディアブロ。
オレは黙ったまま頷く。
「ねぇ、ディアブロの意味を知ってる??」
「悪魔……」
「こんなにきれいな色ですっきりしたカクテルなのにね」
おまえが悪魔だよ。オレにとっては……
「そろそろ帰りたい。長旅で疲れちゃった」
「部屋はそのままにしてあるよ」
「当り前でしょう」
バーテンダーを呼んだ。
「チェックしてください」
<<おしまい>>