2ntブログ

男と女のお話

幸子の愛

風俗嬢に馴染んだ私に結婚式の招待状は正直嬉しくない。
休日で大安と日柄も良い今日は、ホテルの宴会場の廊下は幸せな顔で満ち溢れている。
陽光の下、今の仕事に就く前の友人の晴れやかな表情を前にして幸せを祝うのは辛いと思うこともある。
理由を言い繕って出席しないと色々噂話をされているんじゃないかと気になり落ち着かないからしょうがなく出席する。

今日は昼間の仕事時代の友人の結婚式に招かれた。
今、住んでいるマンションは気に入っているけど、引越しをして古い友人の住所録から私の名前を消し去りたいと思う。

「本日はおめでとうございます。お招きいただきましてありがとうございます」
型通りに受付で挨拶を済ませ、ひっそりと片隅に佇み開宴を待つ。
机を並べて仕事をしていた懐かしい顔もあるが、今の仕事など知られたくない話題になることは判っているのでなるべく顔を合わせたくない。

「あれっ、由美ちゃん。今日はどうしたの??」
「あっ、柏木さん……柏木さんこそどうしたのですか??」
「新郎は学生時代からの友人なんだよ。由美ちゃんは??」
「新婦は昔、私が昼間の仕事をしていた時の同僚なの」
「ふ~ん……偶然ってあるんだね、由美ちゃんに会うとは思いもしなかったよ」
「そうですね。私も柏木さんに会うとは夢にも思わなかったです」
「ところで、披露宴が終わった後なにか予定はあるの??」
「いいえ、何もないですよ。今日は仕事もオヤスミを貰ったし」
「そう、じゃ時間くれないかな。話したい事もあるし」
「わかりました」

他人の幸せを素直に祝福できなくなりつつあった私に披露宴は退屈な時間だった。
当然のことながら古い友人たちと同じテーブルに座り、近況の話になると言葉を濁すのにも限界があり、この場を離れるのをひたすら待つ時間はやっぱり欠席すればよかったと後悔する。
今日の新婦のように晴れやかな幸福を味わう場に立つことは諦めていたけど、柏木さんに会うとは思ってもいなかった。
この後、どんなことを言われるのかと思うと不安で落ち着かない。

お客様としての柏木さんとは身体の相性も良く、営業用の対応ではなく気持ちを解き放ちすべてを委ねて真の快感を味わっていた。
私の身体を労ってくれるし他のお客様のように自分勝手に満足することもなく、仕事を通じての関係とは言え密かに恋愛感情を抱いていた。

夢の中に柏木さんは何度も出てきた。
身体の関係があると言っても仕事を通じての事であり、お金を頂戴する事を拒否したいと何度も思ったことがある。
片想いの相手とは夢の中で理想の恋愛をすることが出来る。
恋の字の心は下にあるから下心、愛の字では真ん中にあるから真心と言った人がいる。
私は柏木さんを愛している。柏木さんへの想いに下心はない。
私は夜の世界で生きている。朝日が憎い、朝日と共に夢はシャボン玉のように儚く消えてしまう

片想いなのはしょうが無い。
今の仕事を選んだのは私だし、この仕事をしていなければ柏木さんと会うこともなかった。
自分の感情を正直にぶつけることのできない切なさで枕を涙で濡らすこともあった。
それも今日まで、柏木さんの話を聞き、別れた後はすっぱり忘れよう。


「ごめんね。無理言って」
「いいえ。柏木さんは私にとって大切なお客様だから、お誘いいただいたのは嬉しかったです」
嬉しいと言いながら自然と表情が強張るのを意識する。
「客だから会ってくれたの??」
「はい……いいえ、柏木さんだから、お客様としてではなく大切な人だから、嬉しかったです」
精一杯、笑顔を作ろうとしても顔が引きつって強張りが消えることがない。
そんな私を心配する様子もなく、にこやかに話し続ける柏木さんが憎い。

「良かった……オレはもう店に行くのを止めようと思う」
「そうですよね……風俗嬢とお客様が今日のようなハレの場で会うのは良くないですよね。今までありがとうございました」
「そうじゃないよ。由美ちゃんが嫌じゃなかったらオレと付き合ってくれないかな??」
「えっ……質の悪い冗談を言わないでください」
「そんな風に聞こえるのか、オレは真面目なんだけどな。客としてではなく恋人として……いや、最初は友達としてでもいいから付き合ってください」
「……うそ……そんな冗談を口にすると私は本気にしますよ」
「直ぐでなくてもいいから、今の仕事を止めてオレのお嫁さんになって欲しい」
「……いいの??」
「由美ちゃんをお嫁さんにしたい。返事は今でなくてもいいよ……この言葉を伝えるのに時間がかかったんだから、待つことは平気だよ」
「ありがとうございます。考えることなど何もないです。私でよければお嫁さんにしてください。私は柏木さんが好きです」
「ありがとう。今日、逢えてよかった」
「私の秘密を聞いてください。由美は源氏名でほんとはサチコと言います。幸せの子と書いて幸子」


<<おしまい>>
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ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

アッチイのは嫌
さむいのも嫌
雨ふりはもっと嫌・・・ワガママワンコです

夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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