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彩―隠し事 1

会員制クラブ  

「鍬田君のアイデアで設計変更したから受注できたよ。ご苦労さんだったね・・・それにしても見積価格を上げて機能追加、よく考えたなぁ」
「会話の中で見積りへの反応よりも性能への関心が高いと思ったので進言しただけで偶然です」
「謙遜するところが鍬田君らしいな。出世欲をギラギラさせる男も若い頃の私を見るようで嫌いじゃないが、鍬田君の奥ゆかしさも好きだな。欲のないのが女性だからと言う理由なら残念だけど」

ご主人に申し訳ないから、あえて祝杯のために誘うのは止めとくけど本当にありがとうと言ってくれた課長の言葉を思い出すと苦笑いが浮かぶ。
ご主人かぁ・・・私たちほど幸せな夫婦が他にいるだろうかと最後に思ったのはいつだっただろう。
あの日を最後に夫と呼ぶ人を信じられなくなった。


先に帰宅した私が夕食の準備も終わる頃に帰ってきた夫がテーブルに並ぶ料理を見て、
「ワインが欲しいな、日曜日に飲み干しちゃったろ。買ってくるよ」
放り投げたバッグからこぼれそうになった書類を戻そうとしたとき、それを見つけてしまった。
<<土曜日、いつものところで待っています。奥さんよりも10倍、愛しています>>
目の前が真っ白になるという表現が実際にあると、その時はじめて知った。
内心の動揺を隠してワインを味わう余裕もなく時間の経過の遅いのを呪いながら食事を終えた私は、今日は体調が悪いから別室で寝ると告げた。
顔色が悪く如何にも体調が悪く見えるようで私の言葉に疑念を抱くことのない夫は後片付けをしてくれて、いつもの優しさを見せてくれたものの、それまでのことも全て嘘に思えて許すことが出来なかった。

翌日は真っすぐ帰宅する気にもならず、同僚を誘っていかがわしさの漂う盛り場へ向かった。
「ねぇ、優子は浮気したことある??」
「急にどうしたの、あるわけないよ」
友人の問いかけに夫の不倫を知って憤然と答えたのが懐かしい。
「私は一度だけ・・・一度って相手が一人っていう意味だけどね」
「長い間だったの??」
「半年くらいかなぁ。遊び慣れている人で、夫とは行くことのないような所に連れて行ってくれたし、セックスも考えたこともない場所や方法でしたけど、そんなことに慣れていく自分が怖くて別れたの・・・その彼が連れて行ってくれた店の一つが近くにあるの、行ってみようか」

会員制と書かれたドアが中から開き、友人の背後に隠れるようにして恐る恐る二重扉の中に入ると照明が暗いうえに衝立や植木が邪魔になって店内の様子がはっきりと見えない。
ピシッ・・・ヒィッ~、痛いっ・・・俯いちゃだめだ、お客様に可愛い顔をよく見てもらいなさい・・・ウグッ、グゥッ~・・・
悲鳴の聞こえた方向に向かって目を細めるとスッポトライトに照らされた下着姿の女性が壁に鎖で繋がれて鞭で打たれている。
予期せぬことに驚いて身体は動かず、呆けたように立ち尽くしていると友人が、
「何してるの??こっちだよ」
雲の上を歩いているようなフワフワした感じで案内された席に着き、ようやく照明に慣れた目を彼方此方巡らすと、中央には得体のしれない椅子が鎮座して壁には鞭や縄が下がり十字架まで設えられ、客は男性が圧倒的に多く女性客は男性に連れられたカップルがほとんどだが優子たちのように女性連れがもう一組いる。

再び鞭打たれていた女性に視線を向けると真っ赤なローソクを見せつけられて、ハァハァッと息を荒げている。
優子・・・優子・・・えっ、なに??・・・どうしたの、ボーッとしてと言う友人の声で我に返る。

下着を外すことなく万歳の格好で拘束されて鞭打たれ、蝋を垂らされて身体を赤い模様で覆ったところで拍手と共にショーは終わった。
しばらくすると男性一人と思っていた隣の席に女性が一人案内されてきた。
「どうだった、昂奮しただろう??声が裏返って目が逝っちゃってるように見えたぞ。濡れてるか??」
「イヤンッ、恥ずかしいから触んないで・・・すごいよ、昂奮する。知らない人に見られながら鞭打たれるんだよ。もっと打って、どうにでもしてって言いたくなるのを我慢するのが大変だった」
「そうか、よかったな」
「今夜は寝かせないよ。生殺し状態なんだからね。鞭打つ人の股間が膨れてくるのを見るとドキドキして、入れて、ぶっといオチンポで啼かせてって叫びそうになったんだから」

友人の話ではAV女優さんや飛び入りのお客さん、前もって予約したお客さんを相手に縛りなどSMショーが連日あるらしい。
初めて現実に見るSMショー、ボンテージ衣装や妖艶なランジェリー姿のホステスさんの話も興味深く、足早に通り過ぎる時間を恨めしく思いながら帰路に就いた。

普段の私を知る人は清楚で貞淑な奥様と言ってくれる。
仕事をする私を知る人は今日の課長のように過分すぎるくらいに評価してくれる。
夫さえ気付いていない本当の私は胸の内にドロドロした性的な欲求を抱えている女で、遠い記憶の中に初めてそれを意識した瞬間がある。
そんな事を考えながら今日の仕事のご褒美を自分に与えようと、友人に連れられて過去に一度だけ行ったことのある会員制の店に足を向ける。
あの日、帰る私に行ってくれた言葉が蘇る。
「次回はお客様が会員となってビジターのお客様と同伴でも、あるいはお一人でもお迎えいたします。秘密保持のためにあえて会員カードは発行しておりません。会員様のお顔は決して忘れることがございませんが、仮名で結構ですからお名前をお聞かせください」
仮名でも良いという事なので、鍬田優子と本名は名乗らず“彩”と覚えてくださいと伝えた。

優子は会員制クラブの重い扉の前に立って監視カメラを真っすぐ見つめる。


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Author:ちっち
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夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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