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クリスマス

「あっ・・・すみません、降ります」
文庫本から目を上げて窓外を見るとオレの降りる駅の風景があった。
網棚のバッグを掴み大急ぎで出口に向かう。
反対側からも急ぎ足の女性が出口に向かっており、ぶつかりそうになる。
「お先にどうぞ・・・」
「ありがとう・・・」

ホームの階段を上がり橋上駅舎の改札口を出る。
駅舎を出てペデストリアンデッキに立つと、クリスマスを間近に控えた夜の風景がそこにある。通りの街路樹や幾つかのビルはイルミネーションがきらびやかに飾り、コートの襟を立てて帰りを急ぐ人、待ち合わせの時刻を確かめるために時計に見入る人や夜の歓楽街へ向かう人たちに交じって、周りの風景に溶け込むことなく所在無げに佇む人もいる。
時刻を確かめたオレは読みかけの文庫本を読み終えてから帰ることにしてコーヒーショップに向かう。
ショップに入ろうとすると、反対側から歩いてきた女性とぶつかりそうになる。
「どうぞ・・・」
「えっ、また、ありがとう・・・」
「えっ、ああ~、電車の・・・」

女性は店内に入るとオーダーする様子もなくオレに視線を向けて、
「私にはカフェモカをお願い・・・」
そう告げると席を求め、さっさと奥へ歩いて行く。
オレの前を横切る時、仄かな香りが鼻腔をくすぐり抗議することも忘れたオレは黙って見送りオーダーカウンターへ向かう。

ホイップクリームをトッピングしたカフェモカとホットチョコのトールサイズをトレイに載せて女性が座る席に向かう。
女性の脇で立ち止まると、隣の椅子を引き、さも当然のように、どうぞ・・・と、隣席を指さして笑みを浮かべる。
カフェモカを女性の前に置き、ホットチョコを手に持ったオレは、
「ありがとう」と、間の抜けた言葉を返してしまう。
「好い香りですね・・」
「ブルガリのクリスタリンよ、お気に入りの香水なの」
「ふ~ん・・・」
女性に興味を惹かれ乍らも馴れ馴れしくするのは失礼だと思ったオレは、バッグから取り出した文庫本の続きを読もうとする。
「どんな本読んでるの??」
「なで肩の狐」
「花村萬月ね、萬月の暴力派それともセックス派??」
「どちらでもなく、ロマンチック派」
「不良派ではなく萬月のロマンチック派かぁ~」
「そう、夢追い人・・・」

「家で待っている人はいる??」
「いれば、さっさと帰るよ」
「そう・・・私を食事に誘う気ある??」
「このあと食事に行きませんか??」
「ほんとっ・・・でも嫌な女でしょう・・・」
「いや、好い女だもん。我がままや少々の強引さは許される・・・」
「ウフフッ、ありがとう・・・あなたの思う好い女の条件は??」
「この季節、ポインセチアやシクラメンの鉢植えを贈られる人かな・・」
「ねぇ、突っ張って生きている私を壊してくれる・・・」

見つめるオレの視線にたじろぎもせず、粘っこく視線を絡ませる女性から視線を外し、
「もしもし、今晩、部屋ありますか??ダブルで・・・はい、それでお願いします・・・30分後くらいです・・・」

ケータイを2人の間に置いたオレは、女性に声を掛ける。
「取り消すならリダイヤル・・・食事はホテルで」
「うぅうん、取り消す必要はないわ・・私をどう変えてくれる??」
「好い女から可愛い女へ・・・」
「そう、お願ぃ・・・あなたのクリスマスの予定は??」
「予定か・・・予定は当然ある」
「それは残念、仕方ないわね・・・」
「好い女から可愛い女に変身した女性とクリスマス・イルミネーションの下を歩く・・・」
「それって・・・もしかして??」
「クリスマスはオレと過ごしてもらえますか??」
「喜んで、こちらこそよろしくお願いします」

「よかった、ところで名前を教えてくれる・・・シクラメンの鉢植えを贈りたいから」
「私は彩、季節はずれの砂浜で貴男を待っていた彩」

                     <<おしまい>>
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ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

アッチイのは嫌
さむいのも嫌
雨ふりはもっと嫌・・・ワガママワンコです

夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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