彩―隠し事 236
余韻 -4
浮気をしても優子を愛している気持ちに変化のない夫は浮気相手の嫋やかな身体と自分を頼ってくれる気持ちに惹かれて関係を清算する気にもならず、一時はぎくしゃくしていた優子との仲も結婚を決めた当時には程遠いものの優しさを感じられて自らの優柔不断と目先の幸せを捨てきれない甘さに舌打ちしたくなる。
優子もまた、夫を愛する気持ちに変わりはないが心の隙間に入り込んだ風に誘われるように健志に抱かれた時、心と身体の奥に棲みついていた卑猥な思いが存在をあからさまにして二人の男を同時に好きになるのに抵抗がなくなっていた。
優子は夫を愛し、もう一つの顔である彩になった時は健志を愛する。
神様は優子が一つだけ隠し事を持つことを許してくれたのだと思う。
優子を知る人たちは仕事の場では有能で、清楚で貞淑な妻と評価してくれるが、恥ずかしい姿を見られるか見られないかのスリルを味わいたい、精も根も尽き果てるほどセックスをしてみたいという卑猥な思いを密かに抱えていた。
ジキル博士とハイド氏のように優子にも闇で生きる彩という仮の姿があり、その彩がいることで優子の感じるストレスや不満の相当部分が解消されているし、それが夫の浮気に対してもイラつくことなく寛容な気持ちで接することができる。
さりげない風で誘ったホテルを断る理由は優子らしい真面目さと受け取ることもできるが、浮気を否定する頑なな態度にも見えて全てを許されたわけではないと思い知る。
最近、食事などの際に接する優子は昔に戻ったように物腰が柔らかく清潔感に溢れていた。
そんな優子を見て浮氣を認めないまでも寛大な気持ちで許してくれたと自分に都合よく考えていたが、夫の知る優子は人見知りするほど繊細な気持ちの持ち主で些細なことでも傷つく清らかな女だ。
そんな優子も本当は芯が強く、結婚前に付き合っていた頃も時にびっくりするほど思い切ったことをすることがあり、そんなところが新鮮で好ましくプロポーズする切っ掛けにもなった。
最近の優子の様子から不承不承ながら浮気を認めてくれるか許してくれたと考えていた夫は、ホテルに誘っても婉曲に断る態度に許されたわけではないと思い至り、帰宅後は二人でビールを飲みながら優子の、また行きたいねと屈託なく話す言葉に夫の混乱は続き、それこそが優子の作戦でもある。
「ねぇ、優子。ご主人が浮気したことを詫びたから許したの??」
「謝ってないよ。自分のわがままで苦労をかけるねというような意味の言葉を口にしたけどね……私はそれでいいの、寛大だから、ウフフッ」
「今の笑い方、優子が怖い。クククッ」
「明日、どうする??電車で行く??それとも車がいいならウチのが使えるけど」
「ご主人は使わないの??……あっ、そうか。しばらくの間、優子に頭が上がらないんだ、怖い女……ウフフッ」
「じゃぁ、栞んちまで迎えに行くね」
課長の妻となったアキは優子の知る快活で明るい姉御肌のままで二人を迎えてくれる。
ハグで抱きしめる挨拶もアキがすると違和感がなく自然と優子も両手を背中に回す。
「栞、いらっしゃい。久しぶりね……結婚式で祝辞をいただいて以来だけど二人には会いたかった。今日はありがとう。お酒も食事も十分に用意したつもりだから楽しんでね。車のようだけどゲストルームがあるし、どうしてもって言うなら代行を呼んでもいいしね、そうでしょう??」
決して押しつけがましくなく快活で積極的、記憶の中のアキが目の前にいる。
何事にも控えめで目立つことを好まない優子とは対照的な性格だけど互いに認め合って気が合った。
男の好みもほんの少し違ったようで、好い人だけど恋愛の対象とは思えなかった課長にアキは恋していたらしい。
アキはまだ課長ではなかった男との記憶を楽しそうに話し始め、栞は二人が結ばれる話を興味津々とでも言いたげに頬を緩める。
課長は優子に向かってしょうがないと言うかのように頬を緩め、優しくアキを見つめる。
結婚を前提に優子との交際を望んだ課長が断られて気落ちしているのを知ったアキが、「ついてきなさい、元気にしてあげる」と誘ったらしい。
酒に飲まれて愚痴をこぼす課長の話しを聞き続け、静かになると、
「どう、気が晴れた??もう一杯飲んだらきっと好いことがあるよ」と無理やり飲ませ、立てなくなるほど酔っぱらった課長をホテルの部屋に運んで騎乗位でつながったという。
翌朝、目覚めた課長に、
「責任を取れとは言わないけど、あなたは私と一緒になれば幸せになれる……幸せになりたいの、なりたくないの??」
アキが結婚を迫ったと言い、黙ってアキの告白を聞いていた課長は面映ゆそうに笑みを浮かべて、
「アキの言葉に随ったおかげで幸せになりました。アキのプロポーズを断っていれば別の幸せがあったかもしれないけど、今以上の幸せがあるとは想像できない」と、惚気る。
帰宅した優子がその夜、ベッドで目を閉じると課長とアキの幸せそうな生活ぶりを垣間見て正直に生きることが大切だと改めて思う。
「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか」これは、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での卒業祝賀スピーチの一説だけど、今自分は何をしたいのだろうと優子は自身に問う。
そうだ、昨日は健志に夕食を共にできないかと連絡する積りだったと思い出す。
スマホを手に取り、着けたままのプラチナチェーン下着をなぞり、唇に滑りを与えるために舌を這わせる。
浮気をしても優子を愛している気持ちに変化のない夫は浮気相手の嫋やかな身体と自分を頼ってくれる気持ちに惹かれて関係を清算する気にもならず、一時はぎくしゃくしていた優子との仲も結婚を決めた当時には程遠いものの優しさを感じられて自らの優柔不断と目先の幸せを捨てきれない甘さに舌打ちしたくなる。
優子もまた、夫を愛する気持ちに変わりはないが心の隙間に入り込んだ風に誘われるように健志に抱かれた時、心と身体の奥に棲みついていた卑猥な思いが存在をあからさまにして二人の男を同時に好きになるのに抵抗がなくなっていた。
優子は夫を愛し、もう一つの顔である彩になった時は健志を愛する。
神様は優子が一つだけ隠し事を持つことを許してくれたのだと思う。
優子を知る人たちは仕事の場では有能で、清楚で貞淑な妻と評価してくれるが、恥ずかしい姿を見られるか見られないかのスリルを味わいたい、精も根も尽き果てるほどセックスをしてみたいという卑猥な思いを密かに抱えていた。
ジキル博士とハイド氏のように優子にも闇で生きる彩という仮の姿があり、その彩がいることで優子の感じるストレスや不満の相当部分が解消されているし、それが夫の浮気に対してもイラつくことなく寛容な気持ちで接することができる。
さりげない風で誘ったホテルを断る理由は優子らしい真面目さと受け取ることもできるが、浮気を否定する頑なな態度にも見えて全てを許されたわけではないと思い知る。
最近、食事などの際に接する優子は昔に戻ったように物腰が柔らかく清潔感に溢れていた。
そんな優子を見て浮氣を認めないまでも寛大な気持ちで許してくれたと自分に都合よく考えていたが、夫の知る優子は人見知りするほど繊細な気持ちの持ち主で些細なことでも傷つく清らかな女だ。
そんな優子も本当は芯が強く、結婚前に付き合っていた頃も時にびっくりするほど思い切ったことをすることがあり、そんなところが新鮮で好ましくプロポーズする切っ掛けにもなった。
最近の優子の様子から不承不承ながら浮気を認めてくれるか許してくれたと考えていた夫は、ホテルに誘っても婉曲に断る態度に許されたわけではないと思い至り、帰宅後は二人でビールを飲みながら優子の、また行きたいねと屈託なく話す言葉に夫の混乱は続き、それこそが優子の作戦でもある。
「ねぇ、優子。ご主人が浮気したことを詫びたから許したの??」
「謝ってないよ。自分のわがままで苦労をかけるねというような意味の言葉を口にしたけどね……私はそれでいいの、寛大だから、ウフフッ」
「今の笑い方、優子が怖い。クククッ」
「明日、どうする??電車で行く??それとも車がいいならウチのが使えるけど」
「ご主人は使わないの??……あっ、そうか。しばらくの間、優子に頭が上がらないんだ、怖い女……ウフフッ」
「じゃぁ、栞んちまで迎えに行くね」
課長の妻となったアキは優子の知る快活で明るい姉御肌のままで二人を迎えてくれる。
ハグで抱きしめる挨拶もアキがすると違和感がなく自然と優子も両手を背中に回す。
「栞、いらっしゃい。久しぶりね……結婚式で祝辞をいただいて以来だけど二人には会いたかった。今日はありがとう。お酒も食事も十分に用意したつもりだから楽しんでね。車のようだけどゲストルームがあるし、どうしてもって言うなら代行を呼んでもいいしね、そうでしょう??」
決して押しつけがましくなく快活で積極的、記憶の中のアキが目の前にいる。
何事にも控えめで目立つことを好まない優子とは対照的な性格だけど互いに認め合って気が合った。
男の好みもほんの少し違ったようで、好い人だけど恋愛の対象とは思えなかった課長にアキは恋していたらしい。
アキはまだ課長ではなかった男との記憶を楽しそうに話し始め、栞は二人が結ばれる話を興味津々とでも言いたげに頬を緩める。
課長は優子に向かってしょうがないと言うかのように頬を緩め、優しくアキを見つめる。
結婚を前提に優子との交際を望んだ課長が断られて気落ちしているのを知ったアキが、「ついてきなさい、元気にしてあげる」と誘ったらしい。
酒に飲まれて愚痴をこぼす課長の話しを聞き続け、静かになると、
「どう、気が晴れた??もう一杯飲んだらきっと好いことがあるよ」と無理やり飲ませ、立てなくなるほど酔っぱらった課長をホテルの部屋に運んで騎乗位でつながったという。
翌朝、目覚めた課長に、
「責任を取れとは言わないけど、あなたは私と一緒になれば幸せになれる……幸せになりたいの、なりたくないの??」
アキが結婚を迫ったと言い、黙ってアキの告白を聞いていた課長は面映ゆそうに笑みを浮かべて、
「アキの言葉に随ったおかげで幸せになりました。アキのプロポーズを断っていれば別の幸せがあったかもしれないけど、今以上の幸せがあるとは想像できない」と、惚気る。
帰宅した優子がその夜、ベッドで目を閉じると課長とアキの幸せそうな生活ぶりを垣間見て正直に生きることが大切だと改めて思う。
「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか」これは、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での卒業祝賀スピーチの一説だけど、今自分は何をしたいのだろうと優子は自身に問う。
そうだ、昨日は健志に夕食を共にできないかと連絡する積りだったと思い出す。
スマホを手に取り、着けたままのプラチナチェーン下着をなぞり、唇に滑りを与えるために舌を這わせる。