彩―隠し事 235
余韻 -3
「おはようございます」
「おはよう、今日も鍬田さんが一番のようですね……早速ですが、妻からの伝言です。今週の土曜日か日曜日はどうでしょうかとのことです」
「栞、あっ、深沢さんの都合を確かめなくてはいけませんが、私はどちらでも大丈夫です」
「課長、おはようございます。おはよう、優子……どうしたの??二人してジロジロ見つめて感じ悪い。私の顔に何かついてる??」
優子が栞の隠し事を話すわけがないと信じている栞は状況が飲み込めずに怪訝な表情で自席に近付く。
「課長の奥様が今度の土曜か日曜はどうかって……私はどちらでも大丈夫だけど栞はどうかなって話していたの」
「電話させてもらってもいい??旦那様に聞いてみる」
「もしもし、私。今、少しいい??……今度の土曜か日曜、どちらか出かけてもいい??……この間、話した課長の奥様がご招待してくれるって件……うん、優子と一緒だよ……分かった、ありがとう。じゃぁ、土曜日にお伺いすることにする……ダメ、目の前に課長と優子がいるもん。ウフフッ、うん、分かった」
栞がスマホに語り掛ける様子や言葉に優子の頬が赤らむ。
おそらくご主人が愛しているという言葉を要求したか、あるいはもっと卑猥な言葉を求めたに違いない。
「土曜日で大丈夫です」
「仲のいいご夫婦のようで朝から気持ちが好いな。妻に好い返事を伝えられるので安心しました、ありがとう」
「いいえ、私たちこそ久しぶりに奥様にお会いできるのが楽しみです」
昼食はプロジェクトの立ち上げメンバーでもある松本を加えて三人で女子に人気のスパニッシュレストランに行く。
日替わりのパエリアランチを含め三種類のパエリアを注文してシェアして食べる。ボリュームも十分で本場スペイン仕込みの味はほとんどの客を笑顔にさせる。
「次は仕事帰りに来ようね。アヒージョや生ハムでスペインワインの飲み比べっていいと思わない??」
「飲み比べ??……いいわね、男性社員の格付けをしながらね」
「うん、おもしろそう。仕事、性格、女子社員の評判、もちろん顔やスタイルもね」
プロジェクトの進捗状況は順調で改めて確認することもなく、二期下の松本が優子や栞に過分な気遣いすることなく仕事ができるように意思疎通を図るという目的は十分に果たせたと優子は安堵する。
終業近くなって夫からの連絡を受けた優子は引き出しに入れたバッグに手を触れる。
下半身はいつも通りプラチナチェーン下着を着けてバッグの中には用意したショーツが入っている。
食事の後、ホテルに誘われたらどうしよう……そのまま帰路に就いても帰宅後、求められたらどうしよう……浮気に気付いた時も、健志と付き合い始めた今も夫のことは嫌いになれない。愛しているかと問われれば、愛していますと答えることに迷いはない。
バッグを掴んだ優子は目を閉じてフゥッ~と息を吐く。
瞼の裏に浮かんだのは……夫ではなく健志の笑顔。
バッグから手を放してこのままプラチナチェーン下着を着けて待ち合わせ場所に向かうことにする。
「お先に失礼します」と告げた時の課長と栞の表情を思い出すだけで笑みが浮かぶ。
優子が先に退社するのはどうしてだと言いたげに見つめる栞に、
「主人とディナーの約束をしているの。申し訳ないけど今日は先に失礼するね」
「えっ……そうなの、ご主人とディナー……そうなんだ、分かった。楽しんできてね」
夫の浮気を許したのか、それとも夫が自らの過ちを悔い優子がそれを許したのかと言いたげな光が瞳に宿るものの課長がそばにいては口にすることもできず、ぎこちなく見送ってくれた。
課長は栞の様子に不思議そうな表情を一瞬浮かべたが、
「おつかれさま、明後日を楽しみにしていいよと妻に伝えます」
プラチナチェーン下着を着けたまま夫との待ち合わせ場所に向かう優子は、今日はどんなに甘い餌を目の前に置かれても肌を曝すつもりはないと心に決める。
「おまちどうさま。ごめんね、待たせちゃって」
「着いたばかりだよ。例の鉄板焼きの店でいいかな??」
「いいよ、久しぶりだね」
二人の勤務先のほぼ中央にあるこの駅周辺にはたくさんの店があるのにプロポーズしてくれた店を選ぶのは何か意味があるのだろうかと緊張が宿る。
完全に心を許したわけではないものの久しぶりに夫との外食に沸き立つ思いの優子は程よいワインの酔いもあって仕事やスポーツなどを話題にして能弁になる。
「なぁ、優子。ホテルで一泊ってのはどうかな??」
「えっ……魅力のある提案だけど仕事の資料が家にあるし今日はちょっと……」
優子がとった一瞬の間に、気付いているであろう浮気を許されたわけではないと感じ取った夫は引きつったような笑みを浮かべて、
「突然でごめん。そうだよな、いろいろ都合もあるよな……そんな事やあんな事、自分の都合ばかり並べているようで、ごめんな」
「うぅうん、そんなことはない。本当に資料が家にあるから……ごめんなさい」
「もう少し先だけど優子の誕生日は希望するプレゼントを用意するから考えといてよ」
「分かった、考える時間がたっぷりあるから、ウフフッ、高価すぎるからダメって言わない??」
「えっ、ほどほどでお願いしたいけど少々の無理なら頑張るよ。約束する」
「おはようございます」
「おはよう、今日も鍬田さんが一番のようですね……早速ですが、妻からの伝言です。今週の土曜日か日曜日はどうでしょうかとのことです」
「栞、あっ、深沢さんの都合を確かめなくてはいけませんが、私はどちらでも大丈夫です」
「課長、おはようございます。おはよう、優子……どうしたの??二人してジロジロ見つめて感じ悪い。私の顔に何かついてる??」
優子が栞の隠し事を話すわけがないと信じている栞は状況が飲み込めずに怪訝な表情で自席に近付く。
「課長の奥様が今度の土曜か日曜はどうかって……私はどちらでも大丈夫だけど栞はどうかなって話していたの」
「電話させてもらってもいい??旦那様に聞いてみる」
「もしもし、私。今、少しいい??……今度の土曜か日曜、どちらか出かけてもいい??……この間、話した課長の奥様がご招待してくれるって件……うん、優子と一緒だよ……分かった、ありがとう。じゃぁ、土曜日にお伺いすることにする……ダメ、目の前に課長と優子がいるもん。ウフフッ、うん、分かった」
栞がスマホに語り掛ける様子や言葉に優子の頬が赤らむ。
おそらくご主人が愛しているという言葉を要求したか、あるいはもっと卑猥な言葉を求めたに違いない。
「土曜日で大丈夫です」
「仲のいいご夫婦のようで朝から気持ちが好いな。妻に好い返事を伝えられるので安心しました、ありがとう」
「いいえ、私たちこそ久しぶりに奥様にお会いできるのが楽しみです」
昼食はプロジェクトの立ち上げメンバーでもある松本を加えて三人で女子に人気のスパニッシュレストランに行く。
日替わりのパエリアランチを含め三種類のパエリアを注文してシェアして食べる。ボリュームも十分で本場スペイン仕込みの味はほとんどの客を笑顔にさせる。
「次は仕事帰りに来ようね。アヒージョや生ハムでスペインワインの飲み比べっていいと思わない??」
「飲み比べ??……いいわね、男性社員の格付けをしながらね」
「うん、おもしろそう。仕事、性格、女子社員の評判、もちろん顔やスタイルもね」
プロジェクトの進捗状況は順調で改めて確認することもなく、二期下の松本が優子や栞に過分な気遣いすることなく仕事ができるように意思疎通を図るという目的は十分に果たせたと優子は安堵する。
終業近くなって夫からの連絡を受けた優子は引き出しに入れたバッグに手を触れる。
下半身はいつも通りプラチナチェーン下着を着けてバッグの中には用意したショーツが入っている。
食事の後、ホテルに誘われたらどうしよう……そのまま帰路に就いても帰宅後、求められたらどうしよう……浮気に気付いた時も、健志と付き合い始めた今も夫のことは嫌いになれない。愛しているかと問われれば、愛していますと答えることに迷いはない。
バッグを掴んだ優子は目を閉じてフゥッ~と息を吐く。
瞼の裏に浮かんだのは……夫ではなく健志の笑顔。
バッグから手を放してこのままプラチナチェーン下着を着けて待ち合わせ場所に向かうことにする。
「お先に失礼します」と告げた時の課長と栞の表情を思い出すだけで笑みが浮かぶ。
優子が先に退社するのはどうしてだと言いたげに見つめる栞に、
「主人とディナーの約束をしているの。申し訳ないけど今日は先に失礼するね」
「えっ……そうなの、ご主人とディナー……そうなんだ、分かった。楽しんできてね」
夫の浮気を許したのか、それとも夫が自らの過ちを悔い優子がそれを許したのかと言いたげな光が瞳に宿るものの課長がそばにいては口にすることもできず、ぎこちなく見送ってくれた。
課長は栞の様子に不思議そうな表情を一瞬浮かべたが、
「おつかれさま、明後日を楽しみにしていいよと妻に伝えます」
プラチナチェーン下着を着けたまま夫との待ち合わせ場所に向かう優子は、今日はどんなに甘い餌を目の前に置かれても肌を曝すつもりはないと心に決める。
「おまちどうさま。ごめんね、待たせちゃって」
「着いたばかりだよ。例の鉄板焼きの店でいいかな??」
「いいよ、久しぶりだね」
二人の勤務先のほぼ中央にあるこの駅周辺にはたくさんの店があるのにプロポーズしてくれた店を選ぶのは何か意味があるのだろうかと緊張が宿る。
完全に心を許したわけではないものの久しぶりに夫との外食に沸き立つ思いの優子は程よいワインの酔いもあって仕事やスポーツなどを話題にして能弁になる。
「なぁ、優子。ホテルで一泊ってのはどうかな??」
「えっ……魅力のある提案だけど仕事の資料が家にあるし今日はちょっと……」
優子がとった一瞬の間に、気付いているであろう浮気を許されたわけではないと感じ取った夫は引きつったような笑みを浮かべて、
「突然でごめん。そうだよな、いろいろ都合もあるよな……そんな事やあんな事、自分の都合ばかり並べているようで、ごめんな」
「うぅうん、そんなことはない。本当に資料が家にあるから……ごめんなさい」
「もう少し先だけど優子の誕生日は希望するプレゼントを用意するから考えといてよ」
「分かった、考える時間がたっぷりあるから、ウフフッ、高価すぎるからダメって言わない??」
「えっ、ほどほどでお願いしたいけど少々の無理なら頑張るよ。約束する」