雨 -1
一目惚れ
「いらっしゃ……い。ずぶ濡れ、雨が降ってますか??」
「今日の雨は真面目に一生懸命、降っているよ」
「真面目に……ウフフッ、そうなの??お客様が一人も来てくれないのは雨のせいなんだ。ようやく分かった、ありがとう」
「えっ、なに??」
「お茶っぴきは雨のせいなんだって分かったの。一生懸命な雨っぷりを教えてくれて、ありがとう……来店早々で申し訳ないけど、お店を開けておいてもしょうがないから閉めちゃいますね。ほんの少しの間、待ってください」
「片付け終わるまででいいから雨宿りさせてもらうよ……床を濡らすのは本意じゃないけど、許してほしい」
「どうぞ、濡れたお召し物はハンガーに掛けた方がいいでしょう。暖房を強くしますから」
女が指さすハンガーに上着を掛けた男は店内を見渡して趣味の良さに頬を緩め、女の出て行ったドアに視線を向ける。
ヴ~ンヴ~ン、エアコンの音がわずかに大きくなるとともに店内は暖かい空気に満ち、びしょ濡れの身体が急速に乾いていくような気がする。
ガシャガシャ……カチャ……シャッターを下ろして施錠した女はタオルを手にして髪を拭き、雨に濡れたベストとシャツを拭う。
黒髪をひっつめて黒いパンツと真っ白のシャツに黒ベストとバーテンダー姿の後ろ姿は凛として美しく、閉店するのを残念に思う、
「すごい雨……シャツに浸み込んじゃった。ごめんなさい、着替えてくるからお座りになって待っていてください」
「店を閉めたのに長居をしちゃ迷惑でしょうから帰ります」
「すぐ戻ります。今、帰られちゃったら本当に今日は、お茶っぴきで縁起が悪い。おねがい、すぐに戻ります」
苦笑いを浮かべた男は濡れたズボンの不快感を気にしながらスツールに腰を下ろし、待っていますと声をかける。
退屈する間もなく姿を現した女は、ゆったりサイズのスウェットにロングスカートとカジュアルな衣装で髪は下ろして清潔な色気を感じさせる。
言葉もなく見惚れる男に、
「どうしたの??鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして??」
「えっ、いや、あまりに雰囲気が変わったもんだから驚いちゃった。ごめんなさい」
「うふふっ……善く変わったのか悪く変わったのか聞かせてもらえますか??」
「あなたがそんな事を聞くのは嫌味ですよ、と言いたいところですが……凛としたバーテンダー姿も好いし、大人カジュアル姿もフェミニンな雰囲気を醸し出して惚れちゃいそうです。あっ、ごめんなさい、初めてなのに馴れ馴れしい言い方を許してください」
「ウフフッ、お世辞でも嬉しいです。どなたかに聞いて来店されたのですか、それとも雨宿りするためだったのですか??」
「雨宿りを兼ねて美味いカクテルを飲みたいなと思って……」
「あっ、そうだった。何をおつくりしますか??」
カウンターに入った女は髪をアップにまとめてクルクルと巻き、最後にボールペンをピン代わりにして留める。
リズム感のある手際の良さに自然と笑みが浮かび、
「トムコリンズをください」
「少々、お待ちください」
アイスピックで丸氷を作り、形を整えるために布で包んで両手で擦る。
「普段は100%のレモンジュースを使っているのですが、今日は絞りますね」
「ありがとう」
シェーカーに氷を入れて、ジンとレモンの搾り汁、フロストシュガーを加えて素早くシェークし、トップを外して最後の一滴までコリンズグラスに移してソーダを注いでステア―し、飾り切りしたレモンを添えて、どうぞと差し出す。
「いただきます……美味い。ジントニックが好きなのですが、あなたがシェークする姿を見たくてトムコリンズにしました。味もシェークする様子も素晴らしいです。雨宿りで立ち寄るには勿体ないバーです。乾杯していただけますか??あなたも何か飲んでください」
「それでは私がジントニックをいただきます」
流れるような動きでジントニックを作った女は、
「隣に座らせていただいてもよろしいですか??」
どうぞ……何かを期待して声が掠れていなかったかと男は頬を赤らめる。
女が隣のスツールに座るのを待って、
「雨が教えてくれた素晴らしい店と、腕のいいバーテンダーさんに乾杯」
「乾杯……バーテンダーには違いないけど店は閉めちゃったし、この格好だし……私の名前は、まなみ。愛が美しいと書いてまなみ。愛美と呼んでください」
「それでは、改めて愛美さんとの出会いに乾杯。私は……」
「待って、あなたの名前は聞かない。この次、来てくれることがあったらその時に聞かせて。今日は聞きたくない……勘違いしないでね。この店を開いて1年余り、お客様にこんな事を言ったり、バーテンダー衣装以外を見せたりするのは初めてだから」
「分かった。この次に来た時にボトルを入れて、ボトルキーパーに私の名前を書くことにするよ」
「うん……手付けを置いていってくれる??必ず来るっていう証、約束のようなモノ」
正面を向いたまま話し終えた愛美は男に顔を向けて目を閉じる。
愛美を抱き寄せて唇を合わせた男は濃厚になり過ぎず、かといって挨拶程度でもなく一目惚れを証明するようなキスをする。
「いらっしゃ……い。ずぶ濡れ、雨が降ってますか??」
「今日の雨は真面目に一生懸命、降っているよ」
「真面目に……ウフフッ、そうなの??お客様が一人も来てくれないのは雨のせいなんだ。ようやく分かった、ありがとう」
「えっ、なに??」
「お茶っぴきは雨のせいなんだって分かったの。一生懸命な雨っぷりを教えてくれて、ありがとう……来店早々で申し訳ないけど、お店を開けておいてもしょうがないから閉めちゃいますね。ほんの少しの間、待ってください」
「片付け終わるまででいいから雨宿りさせてもらうよ……床を濡らすのは本意じゃないけど、許してほしい」
「どうぞ、濡れたお召し物はハンガーに掛けた方がいいでしょう。暖房を強くしますから」
女が指さすハンガーに上着を掛けた男は店内を見渡して趣味の良さに頬を緩め、女の出て行ったドアに視線を向ける。
ヴ~ンヴ~ン、エアコンの音がわずかに大きくなるとともに店内は暖かい空気に満ち、びしょ濡れの身体が急速に乾いていくような気がする。
ガシャガシャ……カチャ……シャッターを下ろして施錠した女はタオルを手にして髪を拭き、雨に濡れたベストとシャツを拭う。
黒髪をひっつめて黒いパンツと真っ白のシャツに黒ベストとバーテンダー姿の後ろ姿は凛として美しく、閉店するのを残念に思う、
「すごい雨……シャツに浸み込んじゃった。ごめんなさい、着替えてくるからお座りになって待っていてください」
「店を閉めたのに長居をしちゃ迷惑でしょうから帰ります」
「すぐ戻ります。今、帰られちゃったら本当に今日は、お茶っぴきで縁起が悪い。おねがい、すぐに戻ります」
苦笑いを浮かべた男は濡れたズボンの不快感を気にしながらスツールに腰を下ろし、待っていますと声をかける。
退屈する間もなく姿を現した女は、ゆったりサイズのスウェットにロングスカートとカジュアルな衣装で髪は下ろして清潔な色気を感じさせる。
言葉もなく見惚れる男に、
「どうしたの??鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして??」
「えっ、いや、あまりに雰囲気が変わったもんだから驚いちゃった。ごめんなさい」
「うふふっ……善く変わったのか悪く変わったのか聞かせてもらえますか??」
「あなたがそんな事を聞くのは嫌味ですよ、と言いたいところですが……凛としたバーテンダー姿も好いし、大人カジュアル姿もフェミニンな雰囲気を醸し出して惚れちゃいそうです。あっ、ごめんなさい、初めてなのに馴れ馴れしい言い方を許してください」
「ウフフッ、お世辞でも嬉しいです。どなたかに聞いて来店されたのですか、それとも雨宿りするためだったのですか??」
「雨宿りを兼ねて美味いカクテルを飲みたいなと思って……」
「あっ、そうだった。何をおつくりしますか??」
カウンターに入った女は髪をアップにまとめてクルクルと巻き、最後にボールペンをピン代わりにして留める。
リズム感のある手際の良さに自然と笑みが浮かび、
「トムコリンズをください」
「少々、お待ちください」
アイスピックで丸氷を作り、形を整えるために布で包んで両手で擦る。
「普段は100%のレモンジュースを使っているのですが、今日は絞りますね」
「ありがとう」
シェーカーに氷を入れて、ジンとレモンの搾り汁、フロストシュガーを加えて素早くシェークし、トップを外して最後の一滴までコリンズグラスに移してソーダを注いでステア―し、飾り切りしたレモンを添えて、どうぞと差し出す。
「いただきます……美味い。ジントニックが好きなのですが、あなたがシェークする姿を見たくてトムコリンズにしました。味もシェークする様子も素晴らしいです。雨宿りで立ち寄るには勿体ないバーです。乾杯していただけますか??あなたも何か飲んでください」
「それでは私がジントニックをいただきます」
流れるような動きでジントニックを作った女は、
「隣に座らせていただいてもよろしいですか??」
どうぞ……何かを期待して声が掠れていなかったかと男は頬を赤らめる。
女が隣のスツールに座るのを待って、
「雨が教えてくれた素晴らしい店と、腕のいいバーテンダーさんに乾杯」
「乾杯……バーテンダーには違いないけど店は閉めちゃったし、この格好だし……私の名前は、まなみ。愛が美しいと書いてまなみ。愛美と呼んでください」
「それでは、改めて愛美さんとの出会いに乾杯。私は……」
「待って、あなたの名前は聞かない。この次、来てくれることがあったらその時に聞かせて。今日は聞きたくない……勘違いしないでね。この店を開いて1年余り、お客様にこんな事を言ったり、バーテンダー衣装以外を見せたりするのは初めてだから」
「分かった。この次に来た時にボトルを入れて、ボトルキーパーに私の名前を書くことにするよ」
「うん……手付けを置いていってくれる??必ず来るっていう証、約束のようなモノ」
正面を向いたまま話し終えた愛美は男に顔を向けて目を閉じる。
愛美を抱き寄せて唇を合わせた男は濃厚になり過ぎず、かといって挨拶程度でもなく一目惚れを証明するようなキスをする。
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