転身
―1
車を降りた男は四方を見渡して待ち合わせの相手を探し、手を振りながら近付いてくる女に向けて手を挙げる。
白パンツに黄色いオーバーサイズセーターを羽織る女が満面の笑みで小走りに近付くと、周囲の男たちは二人を見比べて男に羨望の眼差しを向け、女たちはスタイルの良さと華やかな雰囲気に嫉妬混じりの視線を向ける。
男は手が届く距離に近付いた女を抱き寄せ、チュッと音を立てて唇を合わせる。
「一年半ぶりだけど桜子は変わらないどころか女っぷりが上がったようだね。オーバーサイズのモコモコが可愛いよ」
「ウフフッ、ありがとう。一年半も連絡しなかったことを後悔している??」
「今のご時世じゃしょうがないだろう。それに何度も言ったけど、オレは自信家じゃないから連絡するのを躊躇っていたよ」
桜子の言葉を待つことなく車のドアを開けた男は視線と手の動きで誘導する。
ハイヒールは、おでこにキスされた女性が唇にキスされたくて発明した。
誰が言ったのか知らないが、ハイヒールについてこんな洒落た言葉があると聞いたことがある。
長身の桜子はキスのためにハイヒールを履く必要がないのに、なぜか好む。
スタイルの好い桜子と一緒にいると、男たちの羨望ややっかみ、女性の嫉妬交じりの視線を浴びるのも心地好いが、当の桜子は気にする様子もない。
男の記憶の中と同じように優雅な身のこなしで車に乗り込んだ桜子は、口元を緩めて男を蕩かさずにおかない笑みを浮かべる。
「誘拐されてホテルに連れ込まれるの??」
「こんな好い女を逃したくないからな。とは言え先ずは腹ごしらえ」
「今は閉店時刻が早いし、あなたが予約したホテルを聞いたからレストランを予約しといたけど怒る??」
それには答えずドアを閉め、運転席に座った男の横顔を見る桜子は困惑の表情を浮かべる。
「ごめんなさい。善かれと思ったけど余計なことだったね、ごめんなさい」
「クククッ、ありがとう。この街のことは全く知らないから助かるよ」
「もう……怒っているのかと思って心配しちゃった。触ってみて、ドキドキしているでしょう」
桜子は男の左手を掴んで左胸に押し付ける。
「セーターがモコモコで可愛いと言ったけど、オッパイもモコモコで興奮する」
「クククッ、夜が楽しみ。お腹が空いた、ホテルへ行こうよ」
チェックインを済ませて部屋に案内され、二人きりになると桜子は凛として颯爽とした仮面を脱ぎ捨てる。
「食事に来たことはあるけど部屋に入ったのは初めて……駅に近いからこの街の賑わいが見えるし海も見える……ふ~ん、シャワーブースが独立しているんだ」
弾むような足取りで窓に近付いて景色に見入り、バスルームを覗く。
「今の桜子を知るには住む街を見ればいいと思ったから、このホテルにした」
「で、感想は??」
「桜子のような好い女がこの街の中学生を相手に塾の先生をしているんだろう。オレも中学生に戻りたいよ」
「この街の感想じゃないよ、採点は落第……それはそうと、どうしてベッドが二つあるの」
「一つは身悶える桜子がグチャグチャにするベッド、もう一つはオレの胸の中で可愛い寝顔を見せるためのベッド。ダブルベッドルームが良かった??」
「う~ん、満点に近い合格点をあげる。ハナマルだよ、嬉しい??」
「頑張った生徒にはご褒美があるんだろう、桜子先生」
「いつもは頑張った生徒に言葉で褒めるだけ、あなたはそれで満足しない。どうすればいいの??」
「桜子先生は何もしなくていいよ……」
男が桜子を抱き寄せて唇を合わせると、それを待っていたかのように赤い舌が這い出て迎える。
ヌチャヌチャ、ジュルジュルッ……「フゥッ~、落ち着いた。食事にしようよ。予約した時刻にちょうどいい」
エレベーターで最上階に昇り、予約したのは此処だと桜子が指さす鉄板焼きの店に入る。
案内されたカウンター席に座ると鉄板の向こうの窓に月明りが波に反射して煌びやかな海と行動制限のせいで抑制された夜景が広がっている。
「私がこの街に帰ってくる前はもっと華やかな夜景が広がっていたのに、なんだか寂しい」
「しょうがないよ……それはそうと、中学生に教えるのは楽しいだろう??世の中の人のほとんどが何かを諦めたり犠牲にしたりすることになったけど、そのお陰で得るモノもある」
「そうね、大抵の人は家族で過ごす時間が増えただろうね。私は教師になるのが夢だったし、教育実習も単位取得済み。塾の講師も好いかもしれない……オミズを経験して東京タワーが見える部屋に住むことも出来たし、クククッ、あなたに会えた」
「光栄だね。桜子が馴染みだったバー、今日の約束をした翌々日、近くに行く用があったので立ち寄ったよ。機会があれば二人で来てくれって伝言を預かってきた」
「お店はどうだった??」
「ランチタイム営業やコーヒー提供で頑張っているらしい」
「そうなんだ、行きたいなぁ。マスターには色々相談に乗ってもらったり、話し相手になってもらったりお世話になったから……」
「桜子の都合も聞かずに、直ぐにとは約束できないけど必ず来ますって返事しちゃったよ」
「お世話になったマスターだから、あなたが勝手にした約束でも守らないとね。指切りしようよ」
「クククッ、可愛いな……必ず行こう。指切りするよ」
「ワインでございます……トマトとモッツァレラチーズでございます」
紗矢はロゼワイン、健志は白ワインで乾杯しオードブルやコンソメスープを食べながらアワビをソテーする様子に見入る。
鉄板とコテが奏でる音や食欲をそそる匂いが卑猥な思いを忘れさせ、アワビに続き和牛のソテーを生わさびで胃袋に収め、ガーリックライスを炒める音や匂いに魅せられる頃には屈託のない笑顔で見つめ合う。
デザートを食し、桜子はコーヒー、男がミルクティーを飲み終えると食事を堪能し、雰囲気も含めて満足しましたと礼を述べて店を出ると桜子は男の腕を抱えるようにして身体を寄せてくる。
「カクテルを飲みたいけどマスターのバーに行くときのためにとっとく。部屋に戻ろうよ、ねっ、いいでしょう」
忘れていた欲情が蘇り、腕を掴んだ桜子の胸の膨らみを感じて男は股間に力が漲るのを意識する。
車を降りた男は四方を見渡して待ち合わせの相手を探し、手を振りながら近付いてくる女に向けて手を挙げる。
白パンツに黄色いオーバーサイズセーターを羽織る女が満面の笑みで小走りに近付くと、周囲の男たちは二人を見比べて男に羨望の眼差しを向け、女たちはスタイルの良さと華やかな雰囲気に嫉妬混じりの視線を向ける。
男は手が届く距離に近付いた女を抱き寄せ、チュッと音を立てて唇を合わせる。
「一年半ぶりだけど桜子は変わらないどころか女っぷりが上がったようだね。オーバーサイズのモコモコが可愛いよ」
「ウフフッ、ありがとう。一年半も連絡しなかったことを後悔している??」
「今のご時世じゃしょうがないだろう。それに何度も言ったけど、オレは自信家じゃないから連絡するのを躊躇っていたよ」
桜子の言葉を待つことなく車のドアを開けた男は視線と手の動きで誘導する。
ハイヒールは、おでこにキスされた女性が唇にキスされたくて発明した。
誰が言ったのか知らないが、ハイヒールについてこんな洒落た言葉があると聞いたことがある。
長身の桜子はキスのためにハイヒールを履く必要がないのに、なぜか好む。
スタイルの好い桜子と一緒にいると、男たちの羨望ややっかみ、女性の嫉妬交じりの視線を浴びるのも心地好いが、当の桜子は気にする様子もない。
男の記憶の中と同じように優雅な身のこなしで車に乗り込んだ桜子は、口元を緩めて男を蕩かさずにおかない笑みを浮かべる。
「誘拐されてホテルに連れ込まれるの??」
「こんな好い女を逃したくないからな。とは言え先ずは腹ごしらえ」
「今は閉店時刻が早いし、あなたが予約したホテルを聞いたからレストランを予約しといたけど怒る??」
それには答えずドアを閉め、運転席に座った男の横顔を見る桜子は困惑の表情を浮かべる。
「ごめんなさい。善かれと思ったけど余計なことだったね、ごめんなさい」
「クククッ、ありがとう。この街のことは全く知らないから助かるよ」
「もう……怒っているのかと思って心配しちゃった。触ってみて、ドキドキしているでしょう」
桜子は男の左手を掴んで左胸に押し付ける。
「セーターがモコモコで可愛いと言ったけど、オッパイもモコモコで興奮する」
「クククッ、夜が楽しみ。お腹が空いた、ホテルへ行こうよ」
チェックインを済ませて部屋に案内され、二人きりになると桜子は凛として颯爽とした仮面を脱ぎ捨てる。
「食事に来たことはあるけど部屋に入ったのは初めて……駅に近いからこの街の賑わいが見えるし海も見える……ふ~ん、シャワーブースが独立しているんだ」
弾むような足取りで窓に近付いて景色に見入り、バスルームを覗く。
「今の桜子を知るには住む街を見ればいいと思ったから、このホテルにした」
「で、感想は??」
「桜子のような好い女がこの街の中学生を相手に塾の先生をしているんだろう。オレも中学生に戻りたいよ」
「この街の感想じゃないよ、採点は落第……それはそうと、どうしてベッドが二つあるの」
「一つは身悶える桜子がグチャグチャにするベッド、もう一つはオレの胸の中で可愛い寝顔を見せるためのベッド。ダブルベッドルームが良かった??」
「う~ん、満点に近い合格点をあげる。ハナマルだよ、嬉しい??」
「頑張った生徒にはご褒美があるんだろう、桜子先生」
「いつもは頑張った生徒に言葉で褒めるだけ、あなたはそれで満足しない。どうすればいいの??」
「桜子先生は何もしなくていいよ……」
男が桜子を抱き寄せて唇を合わせると、それを待っていたかのように赤い舌が這い出て迎える。
ヌチャヌチャ、ジュルジュルッ……「フゥッ~、落ち着いた。食事にしようよ。予約した時刻にちょうどいい」
エレベーターで最上階に昇り、予約したのは此処だと桜子が指さす鉄板焼きの店に入る。
案内されたカウンター席に座ると鉄板の向こうの窓に月明りが波に反射して煌びやかな海と行動制限のせいで抑制された夜景が広がっている。
「私がこの街に帰ってくる前はもっと華やかな夜景が広がっていたのに、なんだか寂しい」
「しょうがないよ……それはそうと、中学生に教えるのは楽しいだろう??世の中の人のほとんどが何かを諦めたり犠牲にしたりすることになったけど、そのお陰で得るモノもある」
「そうね、大抵の人は家族で過ごす時間が増えただろうね。私は教師になるのが夢だったし、教育実習も単位取得済み。塾の講師も好いかもしれない……オミズを経験して東京タワーが見える部屋に住むことも出来たし、クククッ、あなたに会えた」
「光栄だね。桜子が馴染みだったバー、今日の約束をした翌々日、近くに行く用があったので立ち寄ったよ。機会があれば二人で来てくれって伝言を預かってきた」
「お店はどうだった??」
「ランチタイム営業やコーヒー提供で頑張っているらしい」
「そうなんだ、行きたいなぁ。マスターには色々相談に乗ってもらったり、話し相手になってもらったりお世話になったから……」
「桜子の都合も聞かずに、直ぐにとは約束できないけど必ず来ますって返事しちゃったよ」
「お世話になったマスターだから、あなたが勝手にした約束でも守らないとね。指切りしようよ」
「クククッ、可愛いな……必ず行こう。指切りするよ」
「ワインでございます……トマトとモッツァレラチーズでございます」
紗矢はロゼワイン、健志は白ワインで乾杯しオードブルやコンソメスープを食べながらアワビをソテーする様子に見入る。
鉄板とコテが奏でる音や食欲をそそる匂いが卑猥な思いを忘れさせ、アワビに続き和牛のソテーを生わさびで胃袋に収め、ガーリックライスを炒める音や匂いに魅せられる頃には屈託のない笑顔で見つめ合う。
デザートを食し、桜子はコーヒー、男がミルクティーを飲み終えると食事を堪能し、雰囲気も含めて満足しましたと礼を述べて店を出ると桜子は男の腕を抱えるようにして身体を寄せてくる。
「カクテルを飲みたいけどマスターのバーに行くときのためにとっとく。部屋に戻ろうよ、ねっ、いいでしょう」
忘れていた欲情が蘇り、腕を掴んだ桜子の胸の膨らみを感じて男は股間に力が漲るのを意識する。
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