転生 -21
キャンドルに照らされた彩は見つめられる羞恥で顔を背け、恥じらいを浮かべる横顔は愁いを帯びて幻想的な美しさを醸す。
「イヤンッ、見つめられることに慣れていないから恥ずかしい」
彩が身に着ける健志の白いシャツは薄明りの中でもピンクのブラジャーとショーツを透けて見せ、愛おしく思う健志の琴線を刺激する。
「黙ってないで何か話して……見るだけじゃ、イヤッ」
仰向けで横たわる彩は表情だけではなく全身に羞恥をまといながらも顔を背けるだけで健志の視線を全身で受け止める。
「通勤着姿の彩は仕事ができる女って雰囲気で全身を包んでいるけど、オレの知る彩はエロイよなぁ……このウェストの括れからパンと張り出した腰を経てムッチムチの太腿に続くライン、どうすればこんなエロイ身体になるんだろう」
「いやっ、揶揄わないでよ。おチビちゃんだから、そんな風に見えるの??」
「そんなことはないよ、全体のバランスがいいから彩が思うほど小柄には見えない」
「ほんとう??健志の言葉なら信じる……」
覆い被さるようにして真上から見つめられ、いたたまれなくなった彩が目を閉じようとすると健志は突き出した唇を尖らせ、ツツツゥ~と彩の口めがけて唾液が滴り落ちる。
彩は閉じかけた口を開き、滴る唾液を受け止める。
「ウッ、ウッ……」
唾液が健志と彩をつなぎ、それを追いかけるように距離を詰めて唇を合わせる。
体重をかけないように肘と膝で身体を支えて髪を撫で、閉じることを忘れた彩の瞳が妖しく燃えると頬を擦り舌先で唇を左右に刷く。
「アンッ、ウッウッ……」
美味しい夕食で食欲を満たした身体は、前日に見た親友の出演DVDによる昂ぶりを一度のセックスで満たされるわけもなく、キスをされただけで妖しい思いがムクムク湧き上がる。
艶めかしい沈香ベースの香りが部屋を満たし、キャンドルの仄かな灯りが妖しいときめきを芽生えさせる。
微かな灯りでも目元を朱に染めてうっとりする彩の様子が見て取れ、健志は視線を外すことができない。
「そんな風に見ちゃ嫌。最近、男の人にじっと見つめられることなんて経験してないから恥ずかしい」
「最近か……そんな言葉を聞くと胸が締め付けられる。ずっと昔に彩が愛する男に見つめられて、可憐な少女が妖艶な女性に変身する瞬間が想像できる……」
「妬いてくれるの??彩も一人の女。これまで男性を愛したことがないはずがない……そうでしょう??彩は人形じゃないよ……いやっ、その眼は怒っているみたい」
見つめちゃ嫌だと言う彩は仰向けからうつ伏せになり、顔をベッドに埋める。
「彩は何でもお見通しだな」
「当然だよ。艶めかしい香りとキャンドルだけの薄明り……自然と健志に意識が集中していく。呼吸や鼓動が同調するのを感じるんだよ。気持ちが通じないはずがないでしょう、健志は違うの??」
「彩の言う通りだよ。気持ちが通じて凸と凹、ピタリと嵌まる音が聞こえた」
目の前にいる彩だけを愛すればいい、彩の本当の姿を知ることは二人の関係を危うくすると思えば思うほど気になる。
言葉と理性では分かっていても、ほんとうの名前や何処に住んでご主人はどんな人だろうと気になるし、仕事ぶりも知りたいと思う衝動が芽生えそうになる。
そんな思いを吹っ切るためにうつ伏せになった彩の尻を打ち、肩を甘噛みする。
ピシッ……「ヒィッ~、いたいっ……」……「ウグッ、クゥッ~、痛いっ、肩を噛まれちゃった……いやっ、やめないで。尻を打って、思い切り……ヒィッ~、痛痒くて気持ちいい」
自分に対する苛立ちを抑え、平静を取り戻した健志はシャツ越しに身体のラインに沿って肩から脇腹を経て腰まで撫で下り、手の平で尻を撫でる。
「〽ま~るい、ま~るいオチリちゃん、彩のお尻はオレのモノ~……」
「クククッ、変な唄。もっと続けて、もっともっと聞きたい」
「〽ま~るい、ま~るいオチリちゃん、彩のお尻はオレのモノ~……〽舐めてしゃぶって、穴の周りの皺を数えるよ~……パンツとシャツ越しでもツルンツルンして触り心地が好い」
「いやだっ、舐めたりしゃぶったりされるのはいいけど、皺を数えたりしないで。健志のことだから窄まりの中心に息を吹きかけるに決まっているもん」
「やっぱり、何でもお見通しだね」
健志の夏物シャツの中から選んで着けているロイヤルオックスのホワイトシャツは、成熟した女性の魅力を湛える彩の肌に似て滑らかな肌触りの良さと大理石の様な光沢を宿し、目を閉じてシャツを撫でる感触は彩の肌に触れていると間違えてしまいそうになる。
シャツ越しに脇腹を撫でて背骨の左右を撫で下り、首筋に舌を這わせて息を吹きかける。
「アンッ、思った通り、お尻じゃないけど首に息を吹きかけられた……鳥肌が立つほど気持ちいい」
「彩の期待に添わないわけにいかないな……」
シャツの裾から手を入れて下着をずり下ろし、シャツ越しに尻の割れ目をなぞる。
浅くなぞる指先に力を込めると両脚がゆっくり開き、指先が窄まりの中心に触れる。
「皺を数えようか、それとも息を吹きかける、あるいは舐めて舌先でツンツンする。どれがいい??」
「三択なの??ほかには??」
「腕枕で眠る」
「いじわる……三択なら、順番を忘れたから何かわからないけど、最期のがいい。変なことじゃなかったよね」
転生 -20
焼き上がりを待つ間、健志は彩を抱き上げてソファに座り、
「最後の晩餐になっちゃうけど美味しく出来上がればいいね」
「最後ってどういうこと??彩と別れるって言うの??」
「待ってくれよ。夫婦ごっこの最後の夕食だろ……明日、バイバイした後は貞淑な人妻にうつつを抜かす男に逆戻り。寂しいなぁ」
「ほんとにそう思っている??……貞淑な人妻、いい響きでゾクゾクしちゃう。健志はそんな人妻にうつつを抜かす悪い男なの??」
「オレは貞淑なはずの人妻に横恋慕して貞操を奪う悪い男。彩は清楚で夫に貞節を誓う振りをするワルイ女。そんな二人に戻る……」
「イヤンッ、ゾクゾクしてアソコが嬉し涙を流しちゃう。不倫は文化だって言った人がいるよね、健志も同じように思っている??」
「ただの詭弁だろ、気持ちワルイよ。人を好きになるのは文化じゃないと思う。セックスが目的の不倫なら文化だって言い方でもいいと思うけど」
「えっ、セックスが文化なの??」
「真面目に答えるオレもどうかと思うけど、文化って生活に余裕がなければ生まれにくいと思う。生きるのが辛くて自分を励ますために歌を口ずさんで自分を励ますこともあるけど……なんか分からねぇや、終わり」
怒ったように立ち上がった健志はグリルパンを用意して牛タンとソーセージや野菜をグリルし終わるタイミングで塩釜も焼き終わる。
「彩は幸せ。明日限りの夫婦ごっこでも食事の用意をしてくれる旦那さまと出会えた。フフフッ、夫婦ごっこが終わっても彩が来た日は食事の用意をしてくれるでしょう??……洗濯や送り迎えもしてくれるともっと幸せなんだけどなぁ」
「いいよ、彩が喜んでくれることをするのがオレの悦びで、幸せの素だから」
「クククッ、健志から何かをしてもらうのが彩の幸せだから、凸と凹、相性がいいはずだね」
「オレが凸で彩が凹、凸が凹をクチュクチュ、ベロベロ、ナメナメしてトツとオウがピタリと嵌まってデコボコが無くなり一体化する」
「クククッ、今晩は寝かせてくれないんでしょう??」
「そうだよ、彩には明日の太陽が黄色く見える予感がする」
「アンッ、興奮する……イヤンッ、お股が濡れちゃう、ウフフッ」
「白でいいね??」
「いいよ、キンキンに冷えた白ワイン。これには白、あれには赤。そんな拘りなく好きなモノを飲む」
ワインやグラスなどを運び終えてベランダのテーブルに着いた彩の前にはグリルされた牛タンやソーセージ、野菜が並び塩釜を持ってくる健志に視線を移す。
「おまちどうさま。メイン料理の到着だよ」
塩釜には、彩、と左端に一文字描かれている。
「一つ聞いてもいい??」
「どうぞ、何でも聞いてくれよ」
彩とワインボトルを交互に見ながらソムリエナイフでキャップのシールを外し、スクリューを回し入れて梃子の原理でコルクを抜き取る。
彩の視線がソムリエナイフとそれを操る健志の表情を交互に見ているのを意識しても焦ることもなく淡々とコルクを外し、彩に差し出す。
「お嬢さま、このワインでよろしいですか??」
「結構でございます……質問は、彩の字の右側が空いているんだけど何を書こうとしたの、教えてくれるでしょう??」
「それは秘密。知らないこともあった方が想像を掻き立てられる。そうだろう??」
「そうね。彩の後に、愛していると書こうとしたのは気付かないことにしてあげる。嬉しい??」
「優しいお心遣い、痛み入ります……塩釜を割って、彩」
コンッ、コンッ、バサッ……塩釜が割れて鯛の一部が姿を現し、ふっくらと蒸しあがった鯛の香りに交じって紫蘇やレモンの爽やかな匂いも微かに漂う。
「う~ん、美味しそう。乾杯するでしょう??」
ワイングラスを掲げて、
「二人の明日に乾杯」健志の言葉に妖艶な笑みを浮かべた彩は、
「この後の寝室の二人にカンパイ」
二人は健啖ぶりを発揮してほとんどを食べきり、鯛がわずかに残るだけになる。
「〆のお茶漬けを食べるだろう??」
昆布と鯛のアラや尻尾などに白出汁で味を調え、わずかに残る鯛を乗せたご飯に出汁をかけて流し込むと二人の顔に満足の笑みが浮かぶ。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
胸の前で手を合わせ、満面の笑みで声を合わせる。
グラスに残る温くなったワインにワインクーラーの氷を入れ、繁華街の灯りを見ながらゆっくりと刻む時間に身を委ねる。
焦る気持ちを抑えて夜景を楽しもうとする二人の間に言葉が少なくなり、堪え切れずに部屋に入る。
彩が風呂の準備をする間に健志は寝室に入る。
「お風呂の準備ができたよ。先に入って……」
「一緒に入ろう」
入浴を終えた二人は昂ぶる気持ちを抑えきれなくなり自然と距離を詰める。
健志の白いシャツを着けた彩は顔を紅潮させ、
「立っているのも辛い……」
そんな彩を抱き寄せて横抱きにした健志が寝室のドアを開けるとキャンドルの灯りが揺れて、妖艶な香りに包まれる
「えっ、香りがエッチ。なに??」
ベッドに寝かせた彩の髪を撫で、額に唇を合わせた健志は、
「沈香の香りのお香だよ。彩が入浴の準備をしている時に焚いといた。彩の魅力を引き立てる香の香りとキャンドルの灯りだよ……可愛いよ、オレの彩」
転生 -19
ホワイトデニムに健志の青と白のストライプシャツを合わせた彩は薄手のカーディガンを羽織り、
「似合っている??」と健志に向けてポーズを決める。
「似合っているよ。可愛いし、きちっと感があるのが好きだな」と答える健志はホワイトチノパンとブルーのデニムシャツで爽やかさを強調する。
好きという言葉に変えて手をつなぐ二人は足取り軽く駅前の繁華街に向かって坂道を下り始める。
「もう少しゆっくり歩くか、歩幅を小さくして。出来ないなら繋いだ手を離して……」
彩は頬を膨らませて立ち止まる。
「クククッ、可愛いなぁ。拗ねた顔もふくれっ面も好きだよ」
「もう、本気で怒っているんだからね。健志が下り坂を普通に歩くと小柄な彩は駆けっこになっちゃう」
「ごめん……手を離そうか??」
「怒るよ……」
「じゃあ、お詫びの代わりに……お姫さま抱っこ、楽ちんだろう??」
右手を膝裏に添えて横抱きで二歩三歩と歩く。
「やめてよ、恥ずかしい。下ろして……ほら、あの子が見ている」
買い物帰りらしく駅前の本屋さんの袋を持った男の子がハァハァッと息遣いも荒く坂道を登ってくる途中で立ち止まる。
「身体の調子が悪いの??」
「えっ、そうじゃないの。歩くのに疲れたって言ったら抱っこしてあげるって……」
「ふ~ん、変なの。下り坂だよ、疲れるはずがないのに……じゃあね、バイバイ」
「バイバイ」
「バイバイ……楽ちんでいいけど下ろして、恥ずかしい」
彩が歩く速さに合わせて歩き始めると悪戯っぽく微笑んで流し目をくれ、ゆっくりになったり早くしたりと悪ふざけで健志を困らせる。
「いじわるをすると嫌いになる??」好奇心を隠そうともせずに健志の顔を覗き込む。
「彩がオレを困らせて喜ぶ意地悪な女だってことは知っているよ」
「意地悪なワルイ子には罰を与えるの??怖い……ウフフッ」
意味ありげに笑みを浮かべた健志は周囲を気にする様子もなく彩を抱きしめる。
イヤッ……声は出さずに口の動きだけで抗議する彩は胸と胸の間で拳を作って抗うものの、顔には笑みが浮かび成り行きを面白がっている。
「悪い子は許さないよ」
彩が精一杯力を込めても男の力に敵うはずもなく、二人の胸の間の両手を右手だけで掴まれて動きを封じられると抵抗することを止めて目を閉じる。
この街一番の賑やかな通りの入り口で周囲の視線を気にする様子もなく彩の唇を奪う健志は背中を撫でて腰を擦る。
「ウッ、ダメだってば。みんな見ているよ……あれっ、見ない振りして通り過ぎる」
「ダメだよ。大人になってもあんな恥ずかしいことをする人を見ちゃダメ。美味しいご飯を食べるんでしょう、お店が閉まっちゃうから急ぐよ」
土曜日の昼食時に店を閉めるレストランがあるはずもないが、路上で抱き合う二人を自分たちの子供に見せるわけにもいかないと手を引いて足早に遠ざかる。
カップルも一人で歩く人たちもキスする彩と健志を見る自分たちが恥ずかしいと言わんばかりに一瞥をくれるだけで通り過ぎていく。
彩の舌をしゃぶり、唾液を啜って満足した健志は抱き締める両手の力を抜いてゆっくり離れる。
「フゥッ~、案外、無視されるんだね」
「彩が逆の立場ならどうする??立ち止まって見つめるか??」
「どうかな……さらっと抱き合い軽くキスしていたら、いいなぁ、幸せそうだなぁって見るかもしれないけど、健志のように濃厚なフレンチキスを目の当たりにすると見る方が恥ずかしく思うかもしれない」
「そうだろ、見る人の方が変態だよ」
「路上でフレンチキスをするよりも見る方が変なの??健志は間違いなく、ヘ、ン、タ、イ」
「そんなに褒めてもらうと照れちゃうな」
モノレールでショッピングモールに移動する。
アリーナやショッピングモール、博物館などもある地区は土曜日とあって家族連れやカップルなどで賑わい、笑顔に溢れた人々に交じった二人は卑猥な思いが霧散する。
お泊りセットとして健志の部屋に置く化粧品や下着を買い、次はルームウェアの店だなと言う健志に、
「必要ない、健志のシャツがいい。彩が着ると嫌??」
「嫌なはずがないよ。可愛いなぁ、キスしてもいい??」
「それはダメ、帰ってからなら、いくらでもさせてあげるから今は我慢して、部屋で二人きりの時はチュッと額にキス。通りを歩きながらフレンチ・キス、嫌じゃないけど変だよ」
駅近くに戻ってビルの地下1階にあるスパイスカレーの店で昼食を済ませた二人はお茶専門店で紅茶とハーブティやフルーツティ、江戸切子のグラスセットを買い終わると、通りがよく見えるカフェで喉を潤す。
荷物が多くなったのでタクシーで帰宅し、一休みした健志は四個分の卵白を泡立てて粗塩と少量の小麦粉を加えて混ぜ合わせる。
「小麦粉を入れるの??」
「鯛にしっかり付けられるし、割った時に飛び散らなくていいよ」
「ふ~ん、そうなんだ……卵黄は使わないでしょう??プリンを作るね」
牛乳と砂糖、買ってきたばかりのバニラエッセンスを用意し、スイーツ作りも好きだと言う彩の流れるような動作に無駄はなく健志の表情は自然と緩む。
鯛の腹に紫蘇とスライスしたレモンを入れて混ぜ合わせた塩の上に紫蘇を敷き、鯛を置いて残りの塩をしっかりと押し付けて形を整える。
彩がプリン作りに集中しているのを確かめた健志は,箸を使って塩釜に何やら字を書いて卵黄を塗りオーブンで焼き始める。
転生 -18
カーテンの隙間から忍び込んだ陽光に顔をくすぐられ、かすかに聞こえる秘めやかな音と静かで深い呼吸音で健志は目を覚ます。
腕枕していた右手に彩の感触はなく、左手で探っても何も触れるものがない。
上半身を起こして足元のシーツを捲っても彩の姿はなく、リビングを覗くとヨガに興じている。
経験もなければ知識がない健志が見ても一つ一つのポーズを正確に決めて深くリズミカルに呼吸をしているのが分かる。
成熟した女性らしく適度な柔らかみを帯びた身体は油断するとムッチリを通り越してポッチャリ体型になる恐れもあるのだろう。それをヨガなどで体型維持を図るのは見た目だけではなく健康にとっても大切なことなのだろうと思う。
人にはそれぞれ特技があり長所を持っているだろうが、健志は努力を継続する才能に優れた人を尊いと思っている。
彩の清楚な上品さと男性の視線を惹きつけてやまない身体のラインは、こんな習慣を欠かさない賜物だろうと表情がほころぶ。
「えっ、見ていたの?? 黙って見ているなんて嫌な男」
「ずっと見ていたわけじゃないよ。目が覚めて手に触れるはずの彩がいないから探していたんだよ」
「そうなんだ…もう少しで終わるけど、お腹がペコペコ」
「何がいい??」
「ウフフッ、用意してくれるの??まかせる」
言葉を交わしながらも身体の動きを止めることはなく白い肌が微かに朱を帯びてくると、健志は芽生えそうになるあらぬ妄想を振り払うように両手を頭上に伸ばして、美味い朝食を作るから楽しみにしてくれよと声をかける。
ソーセージと玉ねぎやキャベツなどたっぷり野菜のコンソメ味のスープ。すりおろしニンニクにバター、オリーブオイル、パセリを加えて塩コショウで味を調えたニンニクオイルを塗ったガーリックトースト。生ハムとアボカドのサラダなどを用意していると、
「まだぁ、待ちきれない……好い匂い、何か手伝おうか??」と、彩の表情が輝く。
「紅茶を淹れてよ、それと牛乳の用意を頼む」
「美味しい、9月とはいえまだまだ暑い陽光を浴びて旦那様が用意してくれた朝食に舌鼓を打つ。妻冥利に尽きる、ウフフッ」
「彩が美味しそうに食べてくれると作り甲斐がある。夕食は鯛の塩釜とワインがメインだよ」
「うん、健志は前に言ったよね。料理はクリエイティブな作業で楽しいって。美味しく食べる人がいるともっと楽しくなるでしょう??それは引き受けてあげる」
何げない会話が食事を一層楽しくし、時計はゆっくりと時を刻む。
食事を終えて片付け終わり、洗濯機を動かして部屋の掃除を済ませても二人は物理的距離を微妙に保ったまま近付こうとしない。
身体と気持ちの底に横たわる欲望が蘇ることを恐れ、二人は自らを律することに汲々とする。
テーブルに伸ばした二人の手が意に反して触れる。
「あっ、ごめん」
「彩こそ、ごめん……ウフフッ、やめようよ。彩もだけど健志も意識しすぎ、エッチしたくなればする、したくなければしない。それでいいでしょう??」
「えっ、おう、夫婦ごっこと彩の親友のエロDVD、夜が明けて余計に意識するようになっちゃった」
照れ笑いとも苦笑いともとれる複雑な笑みを浮かべる二人は顔を見合わせ、ミルクティを口にする。
力強いアッサム茶葉はミルクの香りに負けることなくミルクティを楽しむことができ、健志はアッサムの中でもディクサムを好んで淹れる。
「そうだ、買い物に行ったときに紅茶を買うのを覚えておいて。彩と一緒だと嬉しくて忘れちゃいそうだから」
「クククッ、分かった。どこで買うの??」
「駅ビルに入っているお茶専門店。紅茶、日本茶、ハーブティーや健康茶。茶器やチョコ、洋菓子、和菓子などのお茶請けもあるから彩も気に入るモノがあると思う」
「お茶を買って、化粧品や下着などの衣類も買うけど他にも必要なものがあるかなあ??」
「彩のモノなの??」
「そうだよ」
「夫婦ごっこのせいなの??転生、生まれ変わるのを待たないで彩が欲しくなった??ほんとうの彩を束縛したくなった??」
テーブルを挟んで向かい合って座っていた彩は抑えきれない好奇心を隠そうとして笑みを浮かべ、健志の顔を覗き込むようにして問いかける。
「クククッ、彩が通勤着の予備を持ってきただろう。あれは平日に急に来るかもしてないという暗示だろうから、その時の準備を手助けしようってことだよ」
「彩のせいにするんだ、健志は可愛くない。大好きな彩がいつ来てもいいように準備しときたいって言えばいいのに……」
二人の付き合いは性的欲望を仲立ちにして始まったが、身体と同じように気持ちも惹かれセックスだけが目的ではない厄介な感情が芽生える。
「なぁ、彩、そばに座ってもいいか??」
「彩は何も言ってないよ。変に意識して緊張感アリアリなのは健志だよ、感じてないの??」
「分かっている。ゴメン」
ソファに座る健志の両脚の間に座り込んだ彩は、ズボン越しに股間に指を這わせる。
「舐めてあげようか……気持ちいいよ」
ソファを降りて彩のそばに座った健志が髪を撫で頬に手を添えると彩は目を閉じる。
「夜までエッチ封印……出かけようか」と、囁いた健志はチュッと音を立てて額に唇を合わせて、立ち上がる。
転生 -17
ソファに座ったまま対面座位でつながる二人は湧き上がる性欲をぶつけ、身体が満足するまで互いを貪り絶頂に達した。
対面座位でつながったまま彩の両手は健志の首を巻き、健志は彩の背中と腰に添えて身体を支える。
「今はまだ金曜日、日曜日まで続けるの??」
「彩はヨガやスキューバで鍛えているだろうけどオレは体力が持たないよ」
「ふ~ん、そうなの??健志の身体に必要以上の脂肪が付いていないのは抱かれて肌を接しなくても見ればわかる。玄関のシューズ、あれはランニングシューズでしょう??」
「オレのことは何でもお見通しなんだね。でも、セックス耐久レースは止めようよ」
「うん、二人でいるならエッチなしでも幸せな気持ちになれる……アンッ、オチンチンが抜け出ちゃう」
「男はダメだな。いつまでも彩とつながっていたいと思うのに満足すると意思に反して萎んじゃう。ゴメン」
結合を解こうともせずに彩を抱きかかえたまま立ち上がりバスルームに向かう。
バスタブの縁を跨いだ瞬間に萎みかけたペニスは抜け出てザブンと音を立てて座ると二人の間に白濁液が浮かび上がる。
「えっ、オチンポが萎んじゃったから精液がドロッて浮き上がった……流れ出た精液って行き場を失って可哀そう」
健志が洗面器で掬おうとすると、
「捨てるのは可哀そう……健志と彩をつないでくれる大切なモノだよ」
二人の間で漂う白濁液を掻き混ぜて溶かしきった彩は満足の笑みを浮かべる。
「オレのモノを大切に扱ってくれてありがとう」
泡にまみれてセックスの残滓と共に汗を流し、精液交じりの湯と淫蕩な気持ちもシャワーで洗い流した二人はさっぱりした様子でリビングに戻る。
アルコール摂取で卑猥な思いが蘇ることを避けてミネラルウォーターで喉を潤すと彩は無言でPCを見つめ、意を汲んだ健志は日経先物トレードの準備をする。
時刻を確かめると時間の経過は思ったより遅く22時25分を指している。
「始めるの??」
「そうだよ。どれくらいの利益が欲しい??5万、10万??それとも……」
「明日の買い物代だけあればいい。今日の目標は彩の仕事中に達成しているでしょう」
NY市場の寄り付き前に日経先物を売でエントリーし、開場後5分と待たずに3ティック下がったところで清算して取引を終了する。
「終わったよ」
「うそ、4分しか経ってないよ、どうなったの??」
キーボードをいくつか叩いて表示を変えた健志は、
「見てごらん、これが今の取引の利益で手数料を引いて8万9千円ほどあるだろ」
「ねぇ、株式取引って誰でもこんな簡単に儲かるの??」
「そうはいかないよ。いつでもこんな簡単に利益に結び付くなら皆がPCに張り付いて国は破滅しちゃうよ。農業や漁業も含めてモノを作る人がいるから歌手や俳優、芸術家やユーチューバーと言われる人たちも成り立っていると思うよ……今は女神さまが彩に嫉妬してオレの気を惹こうとして勝たせてくれたんだよ」
「えっ、ちょっと待って……言葉を変えると、女神さまは健志に惚れているから、そばにいる彩から奪おうとして勝たせてくれたの??」
「そう思うけど、オレの誤解かなぁ」
「健志がここまで自信家だと思っていなかった。でも自信家って嫌いじゃないよ……彩はこれからもやらないけど、もう少し教えてくれる??」
米国経済の大きさや世界経済への影響力で日本市場に限らず米国市場の影響は大きい。
9月の今は米国では夏時間、日本時間で22時30分開場、今日は21時30分に経済指標の発表があった。
経済指標は株式取引にとって厄介なモノで、強い数字が出ればいいというものでもない。
経済が良好な時期の強い指標は引き締め策を連想させて売が優勢になることもあるし、経済が不調なときの弱い数字は経済対策を連想させて買を誘発することもある。
で、弱小個人投資家のオレは難しいことを考えても判らないから寄り付き早々の動きの中で目標利益を得たらサッサとパクリと頬張る。
考えれば判るなどと自惚れないのがオレの主義。
「ふ~ん、思ったほどの自信家じゃないんだ。つまんない」
「そうだよ、正直に言うと自信家じゃない。だから先物取引に臨んでは目標を定めて、その目標達成のための手段を考える。彩を失いたくないというのが目的、そのための我慢なら厭わない」
「健志にとって先物取引と彩とどちらが大切なの??」
「彩に決まっているだろ、だから彩といる時にPCをオンにしたことがない」
「ウフフッ、分かっていたよ。確かめたかっただけ……身体が満足したから眠くなっちゃった」
腕枕をして横たわる健志は天井を睨み、
「彩とオレは身体を求めるのが付き合いの始まりだったけど満足してくれている??」
「満足しているよ、これまでも分かっていたけど健志は彩の身体だけが目当てじゃなく全てを抱いてくれる。彩は身体だけじゃなく全てを抱いていてくれる健志が大好き。そうでしょう??」
「勿論だよ、彩のすべてが大好きだし、愛している」
「これまで好きだと何度も言ってくれたけど、愛していると言ってもらったのは多分、今日が初めて、そうでしょう??」
「ごっことは言え夫婦、好きなだけじゃ足りない。オレの正直な気持ちだよ」
「うん、好きなだけじゃダメ。愛されていない妻は不幸だもん。好きな人ってたくさんいるでしょう、女優、歌手、行きつけの店の女子。妻は特別な存在じゃなきゃイヤ」
「可愛いよ、愛している」
「うん、彩も健志を愛している。転生、生まれ変わったらこんな風になりたいって夢。夫婦ごっこって楽しいね……おやすみなさい」
「おやすみ……チュッ」
閉じた瞼にチュッと音を立てて唇を合わせる。