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彩―隠し事 238

余韻 -6

スッキリと気持ちの好い目覚めで迎えた日曜日、前日自室に向かう夫が、
「明日はゆっくりでいいよ。疲れをとるために惰眠を貪るつもりだから」
身体の芯に檻のように溜まった疲れを取るにはゴロゴロするよりも身体を動かした方がいいのに、と言いそうになるのを微笑みで誤魔化して、分かりましたと言った。
愛し愛されていると心から思えた頃ならヨガを一緒にしようと誘っただろう。
息を整え、指先や足先まで意識しながらポーズをとると普段使わない筋肉や神経がゆっくりと目を覚まし、身体だけではなく気持ちも活性化するのを感じる。
そんなことが脳裏をよぎる優子はパジャマ姿のままベッドに座り、目を閉じて息を整え、夫や健志、仕事や栞のことも意識から遠ざけて瞑想にふける。
静かに息を整え腹式呼吸を意識すると邪念が消えて頭の芯までスッキリする。

ベーコンをたっぷり使ったほうれん草キッシュ、シーフードサラダ、枝豆のポタージュスープなどのブランチを並べ終わると夫が眠そうな表情のまま現れる。
「いつものことだけど優子の美味い料理の誘惑には勝てない。食欲を刺激されて睡魔がどっかへ行っちゃったよ」
美味そうにキッシュを食べる夫を見つめる優子は思いを巡らす。
二人はお互いを人生の大切なパートナーとして選びともに歩く道すがら、さりげなく路傍に咲く野の花に惹かれて道草をしているのだと自分に言い訳をする。
浮氣を通じて大切な人への思いを新たにすることもあるだろう……浮気の過程で大切だと思っていた人に幻滅を感じるようなら最初の選択が間違えていた。
人は一生のうちで何度も過ちを犯す。間違いをすることは悪いことではない。
過ちを反省し、自分に正直に間違いを正すことが大切なのだと思う。
彩は健志との付き合いを通じて、夫に対する気持ちに揺らぎのないことを知った。
健志と歩く道が幸せのゴールにつながっているかどうか分からないが、夫と歩く道は途絶えることなくゴールに向かっていると確信できる。
今の気持ちを健志に伝えると怒るだろうか……彩は本当の名前じゃないと言ったとき、自分は独身だけどご主人を持つ妻の立場ではリスクある。
本当の名前や仕事、住んでいるところなど知らなくてもいい、オレが知るのは目の前にいる彩、それだけでいいと言った言葉を信じることにする。
連絡は彩からだけで、オレからはしないという約束は守ってくれている。
健志との関係を清算したくなれば連絡することを止めて彩という名をごみ箱に捨てればそれで済む。
彩が連絡した時に抱くことができれば健志はそれで満足するのか……それならば今も着けているプラチェーン下着を穿かせたりしないだろうし、着けるも外すも彩の意思次第で鍵は渡されている。
食事だけでも付き合ってくれるし、それでも嬉しいと言ってくれた。身体を重ねることがなくても満足してくれるのか聞いてみよう。

「ごちそうさま、美味しかったよ。ダルオモの身体に力が漲ったから持ち帰った仕事を片付けることにするよ」
バタン……以前のようにドアの閉まる音が二人の間の厚い壁を連想させることも無くなり平穏な気持ちで居られる。
午後は好きな音楽を聴きながら読書などで身体の疲れを癒し、時計がゆっくり時を刻むのに合わせて穏やかな時間を過ごす、
16時過ぎにまだまだジリジリ肌を焼く太陽に照らされながら買い物に行く。
夫と二人の夕食は何処にでもある夫婦のように遠からず近からず、そばにいて当たり前、良く言えば空気のような存在で無くした時に大切さを知るような関係になっていると感じる。
浮氣をしている夫が優子を大切に思っている心情は言葉や態度のそこかしこに感じられ、優子もまた健志に抱かれて善がり啼きしても夫への愛の炎が消えることがない。
二人とも浮気を続けても気持ちは良好な関係のままであることに身体と心は別なのかと苦笑いが浮かぶ。

「おはようございます。土曜日はありがとうございました。久しぶりに会ったアキは一緒に仕事をしていた頃と変わりなく、直ぐに離れていた時間を埋めることができました」
「妻も喜んでいたよ。この次は私を外して昔よく行った店で、三人で女子会をしたいと言っていました」
「いいですね。ぜひに、とお伝えください……あっ、栞、おはよう」
「おはようございます、課長。土曜日はありがとうございました」

「午前中の仕事を終えて昼食はこの公園のこのベンチ、優子の分も用意してきたよ……うん??礼はいいの、優子と私の弁当はついでだから」
「クククッ、ご主人との仲はどうなの??」
「相手をするのが大変……AVごっこだと言って私を責めるの。土曜日、課長のお宅から帰った私を素っ裸にして、やっと下着を着けるのを許されたのは今朝だよ」
「土曜から日曜、月曜の朝までずっとハダカンボのまま……栞はそれで幸せなの??」
「大好きな旦那様が私以外に目もくれず楽しんでくれるんだよ、こんなに楽しいし、嬉しいことがない……そうだ、木曜日なら優子んちにお泊りしてもいいってお許しが出た、いいでしょう、木曜日」
「えっ、うん、好いわよ」
「覚悟してね、優子の秘密をすべて聞き出しちゃうから、ウフフッ」

駅に向かう道すがら何度かスマホを手にしながら健志を呼び出すことはなく、そのまま帰宅する。
翌日、駅のホームで電車を待つ優子はスマホを手にする。
「もしもし、時間ある??……ホテルのロビーでいいかな……うん、20分くらいで着くと思う」

彩―隠し事 237

余韻 -5

「もしもし……こんな時間にごめんなさい、迷惑だった??」
「迷惑なわけがない、嬉しいよ。それより、どうした??」
「眠る前に好きな男の声を聴きたくなっちゃダメ??……好いムードの音楽が聞こえるけどBGMなの??お連れの方に失礼だから切ります」
「連れ??独りだよ、彩と初めて会った日の店、ホテルのバーにいるんだよ。あの日は彩と一緒だったから窓際のテーブル席、今日は独りだからカウンター席」
「ウフフッ、思い出した。独り住まいの無聊を慰めるのに酒を飲みたいときはここに来る、夜景がきれいな窓際の席はカップルのため……健志はそう言った。独りでカウンターは寂しい??隣に彩がいると好いなと思っている??」
「もちろんだよ。でも独りの時間があるから彩といる時間の大切さが分かる、幸せに慣れちゃうのもどうかと思う……」
「……そうなの??彩はいつも健志と一緒、そばにいなくても忘れさせてくれないんだもん」
「クククッ、下着を着けてくれているんだ。ゴールドとプラチナ、どっちを着けているの??」
「プラチナ、ゴールドは首回りがちょっと……冬はともかく秋になって首の付け根が隠れるような格好をしないと着ける勇気がない、ごめんね」
「そうだよな、ネックレスと思えないこともないけど違和感があるよな……マスター、スプモーニを作ってよ」
「えっ、彩のため??……あの日のラストオーダーがスプモーニだった。覚えているよ。陰膳みたいだね、最後はちゃんと飲んでよ」
「あぁ、彩の声を聴きながらスプモーニを飲めば今夜は夢の中でも彩と一緒にいられそうだよ」
「ほんとう??夢の中で彩とどんなことをするの??」
「いつだったか、言っただろ。恋する男は片思いや離れていても幸せだって。夢の中では惚れている女とどんなことでもできる。クククッ……彩の衣服を剥ぎ取って素っ裸のハウスキーパーにするのもいいな。キッチンに立つ彩の背後に忍び寄って髪の生え際から背中に息を吹きかけ、尻の割れ目を指でなぞる」
「そんなことをしてもいいの??料理中の彩は包丁を持っているからびっくりして振り向くと切っちゃうかもしれないし、フライパンが健志の顔に当たるかもしれないよ」
「じゃぁ、料理中は近付かない方がいいな。掃除をする彩を背後から見るのはどうだ??しゃがむたびに脚の間に蜜が滲むオンナノコがチラチラ見える」
「ウフフッ、その時の彩はね、いやらしい視線で犯そうとする健志を刺激するためにわざと見せているんだよ。気付かないの??」
「話が変わるけど、目の前のバックバーにテキーラ、チリカリエンテ.アネホがあるんだけど、じっと見ていると彩の裸体に見えてきた」
「チリなに??……チリカリエンテ.アネホ??ちょっと待って、調べるから……ウフフッ、色っぽいね。色違いのグリーンボトルやベージュボトルよりもアネホって言うの??レッドボトルが好い感じ、コカコーラのコンツァーボトルよりも好きになりそう。今から行きたいな、そのバーに。テキーラでしょう??カクテルをオーダーしてくれる??」
「テキーラベースならマルガリータって言いたいけど、エルディアブロにする。カシスの赤がボトルの赤に通じるし、ディアブロってスペイン語で悪魔って言葉だって……閉店の時刻が近づいたからスプモーニを飲んで帰るよ……彩の声が聞けて嬉しかった、ありがとう」
「もう切っちゃうの??今日はまだ眠くないのに、あ~ぁ、どこかに遊んでくれる男がいないかなぁ……ねぇ、月曜か火曜に夕食を一緒にどう??食事だけで申し訳ないけど」
「いいよ、喜んで相手させてもらいます。夕方から夜は家にいるから連絡してくれる??……うん、待っている。好い子で眠るんだよ、おやすみ。チュッ」
「お酒を楽しんでいる時間を邪魔しちゃってゴメンね。チュッ…
おやすみなさい」

ナイトテーブルに戻したスマホに名残を惜しむ手は離れることを躊躇い、口元を緩めた彩は、
「おやすみ、健志」と呟いて目を閉じる。
決して夫のことを忘れたわけではなく、好きか嫌いかと問われれば好きと答えるが愛しているかと問われれば根っこに夫の浮気があるだけに答えに窮する。
結果として言い訳にしかならないが、健志と付き合うようになって夫婦関係は大切だけど結婚したからと言って一生、他の人を愛さないのが正しいのかどうか揺らいでいる。
いずれ彩が現れることがなくなり夫だけを愛する日が戻ると感じているし、夫も優子だけを愛してくれる日が来ると信じている。
そんな日が来るまで、愛するということや恋愛について考えてみたい。
スタンダールは恋愛論、ツルゲーネフは初恋を著し、トルストイは人生論の中で恋愛について語っている。
決して愛に彷徨うことなく、優子と彩はいずれも今の自分の真の姿だと信じている。いつか彩がいなくなって優子だけで過ごす日が来るまで自分を見失うことなく正直に生きようと思う。

彩―隠し事 236

余韻 -4

浮気をしても優子を愛している気持ちに変化のない夫は浮気相手の嫋やかな身体と自分を頼ってくれる気持ちに惹かれて関係を清算する気にもならず、一時はぎくしゃくしていた優子との仲も結婚を決めた当時には程遠いものの優しさを感じられて自らの優柔不断と目先の幸せを捨てきれない甘さに舌打ちしたくなる。
優子もまた、夫を愛する気持ちに変わりはないが心の隙間に入り込んだ風に誘われるように健志に抱かれた時、心と身体の奥に棲みついていた卑猥な思いが存在をあからさまにして二人の男を同時に好きになるのに抵抗がなくなっていた。
優子は夫を愛し、もう一つの顔である彩になった時は健志を愛する。

神様は優子が一つだけ隠し事を持つことを許してくれたのだと思う。
優子を知る人たちは仕事の場では有能で、清楚で貞淑な妻と評価してくれるが、恥ずかしい姿を見られるか見られないかのスリルを味わいたい、精も根も尽き果てるほどセックスをしてみたいという卑猥な思いを密かに抱えていた。
ジキル博士とハイド氏のように優子にも闇で生きる彩という仮の姿があり、その彩がいることで優子の感じるストレスや不満の相当部分が解消されているし、それが夫の浮気に対してもイラつくことなく寛容な気持ちで接することができる。

さりげない風で誘ったホテルを断る理由は優子らしい真面目さと受け取ることもできるが、浮気を否定する頑なな態度にも見えて全てを許されたわけではないと思い知る。
最近、食事などの際に接する優子は昔に戻ったように物腰が柔らかく清潔感に溢れていた。
そんな優子を見て浮氣を認めないまでも寛大な気持ちで許してくれたと自分に都合よく考えていたが、夫の知る優子は人見知りするほど繊細な気持ちの持ち主で些細なことでも傷つく清らかな女だ。
そんな優子も本当は芯が強く、結婚前に付き合っていた頃も時にびっくりするほど思い切ったことをすることがあり、そんなところが新鮮で好ましくプロポーズする切っ掛けにもなった。

最近の優子の様子から不承不承ながら浮気を認めてくれるか許してくれたと考えていた夫は、ホテルに誘っても婉曲に断る態度に許されたわけではないと思い至り、帰宅後は二人でビールを飲みながら優子の、また行きたいねと屈託なく話す言葉に夫の混乱は続き、それこそが優子の作戦でもある。

「ねぇ、優子。ご主人が浮気したことを詫びたから許したの??」
「謝ってないよ。自分のわがままで苦労をかけるねというような意味の言葉を口にしたけどね……私はそれでいいの、寛大だから、ウフフッ」
「今の笑い方、優子が怖い。クククッ」
「明日、どうする??電車で行く??それとも車がいいならウチのが使えるけど」
「ご主人は使わないの??……あっ、そうか。しばらくの間、優子に頭が上がらないんだ、怖い女……ウフフッ」
「じゃぁ、栞んちまで迎えに行くね」

課長の妻となったアキは優子の知る快活で明るい姉御肌のままで二人を迎えてくれる。
ハグで抱きしめる挨拶もアキがすると違和感がなく自然と優子も両手を背中に回す。
「栞、いらっしゃい。久しぶりね……結婚式で祝辞をいただいて以来だけど二人には会いたかった。今日はありがとう。お酒も食事も十分に用意したつもりだから楽しんでね。車のようだけどゲストルームがあるし、どうしてもって言うなら代行を呼んでもいいしね、そうでしょう??」
決して押しつけがましくなく快活で積極的、記憶の中のアキが目の前にいる。
何事にも控えめで目立つことを好まない優子とは対照的な性格だけど互いに認め合って気が合った。
男の好みもほんの少し違ったようで、好い人だけど恋愛の対象とは思えなかった課長にアキは恋していたらしい。
アキはまだ課長ではなかった男との記憶を楽しそうに話し始め、栞は二人が結ばれる話を興味津々とでも言いたげに頬を緩める。
課長は優子に向かってしょうがないと言うかのように頬を緩め、優しくアキを見つめる。

結婚を前提に優子との交際を望んだ課長が断られて気落ちしているのを知ったアキが、「ついてきなさい、元気にしてあげる」と誘ったらしい。
酒に飲まれて愚痴をこぼす課長の話しを聞き続け、静かになると、
「どう、気が晴れた??もう一杯飲んだらきっと好いことがあるよ」と無理やり飲ませ、立てなくなるほど酔っぱらった課長をホテルの部屋に運んで騎乗位でつながったという。
翌朝、目覚めた課長に、
「責任を取れとは言わないけど、あなたは私と一緒になれば幸せになれる……幸せになりたいの、なりたくないの??」
アキが結婚を迫ったと言い、黙ってアキの告白を聞いていた課長は面映ゆそうに笑みを浮かべて、
「アキの言葉に随ったおかげで幸せになりました。アキのプロポーズを断っていれば別の幸せがあったかもしれないけど、今以上の幸せがあるとは想像できない」と、惚気る。

帰宅した優子がその夜、ベッドで目を閉じると課長とアキの幸せそうな生活ぶりを垣間見て正直に生きることが大切だと改めて思う。
「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか」これは、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での卒業祝賀スピーチの一説だけど、今自分は何をしたいのだろうと優子は自身に問う。
そうだ、昨日は健志に夕食を共にできないかと連絡する積りだったと思い出す。
スマホを手に取り、着けたままのプラチナチェーン下着をなぞり、唇に滑りを与えるために舌を這わせる。

彩―隠し事 235

余韻 -3

「おはようございます」
「おはよう、今日も鍬田さんが一番のようですね……早速ですが、妻からの伝言です。今週の土曜日か日曜日はどうでしょうかとのことです」
「栞、あっ、深沢さんの都合を確かめなくてはいけませんが、私はどちらでも大丈夫です」
「課長、おはようございます。おはよう、優子……どうしたの??二人してジロジロ見つめて感じ悪い。私の顔に何かついてる??」
優子が栞の隠し事を話すわけがないと信じている栞は状況が飲み込めずに怪訝な表情で自席に近付く。
「課長の奥様が今度の土曜か日曜はどうかって……私はどちらでも大丈夫だけど栞はどうかなって話していたの」
「電話させてもらってもいい??旦那様に聞いてみる」

「もしもし、私。今、少しいい??……今度の土曜か日曜、どちらか出かけてもいい??……この間、話した課長の奥様がご招待してくれるって件……うん、優子と一緒だよ……分かった、ありがとう。じゃぁ、土曜日にお伺いすることにする……ダメ、目の前に課長と優子がいるもん。ウフフッ、うん、分かった」
栞がスマホに語り掛ける様子や言葉に優子の頬が赤らむ。
おそらくご主人が愛しているという言葉を要求したか、あるいはもっと卑猥な言葉を求めたに違いない。

「土曜日で大丈夫です」
「仲のいいご夫婦のようで朝から気持ちが好いな。妻に好い返事を伝えられるので安心しました、ありがとう」
「いいえ、私たちこそ久しぶりに奥様にお会いできるのが楽しみです」

昼食はプロジェクトの立ち上げメンバーでもある松本を加えて三人で女子に人気のスパニッシュレストランに行く。
日替わりのパエリアランチを含め三種類のパエリアを注文してシェアして食べる。ボリュームも十分で本場スペイン仕込みの味はほとんどの客を笑顔にさせる。
「次は仕事帰りに来ようね。アヒージョや生ハムでスペインワインの飲み比べっていいと思わない??」
「飲み比べ??……いいわね、男性社員の格付けをしながらね」
「うん、おもしろそう。仕事、性格、女子社員の評判、もちろん顔やスタイルもね」
プロジェクトの進捗状況は順調で改めて確認することもなく、二期下の松本が優子や栞に過分な気遣いすることなく仕事ができるように意思疎通を図るという目的は十分に果たせたと優子は安堵する。

終業近くなって夫からの連絡を受けた優子は引き出しに入れたバッグに手を触れる。
下半身はいつも通りプラチナチェーン下着を着けてバッグの中には用意したショーツが入っている。
食事の後、ホテルに誘われたらどうしよう……そのまま帰路に就いても帰宅後、求められたらどうしよう……浮気に気付いた時も、健志と付き合い始めた今も夫のことは嫌いになれない。愛しているかと問われれば、愛していますと答えることに迷いはない。
バッグを掴んだ優子は目を閉じてフゥッ~と息を吐く。
瞼の裏に浮かんだのは……夫ではなく健志の笑顔。
バッグから手を放してこのままプラチナチェーン下着を着けて待ち合わせ場所に向かうことにする。

「お先に失礼します」と告げた時の課長と栞の表情を思い出すだけで笑みが浮かぶ。
優子が先に退社するのはどうしてだと言いたげに見つめる栞に、
「主人とディナーの約束をしているの。申し訳ないけど今日は先に失礼するね」
「えっ……そうなの、ご主人とディナー……そうなんだ、分かった。楽しんできてね」
夫の浮気を許したのか、それとも夫が自らの過ちを悔い優子がそれを許したのかと言いたげな光が瞳に宿るものの課長がそばにいては口にすることもできず、ぎこちなく見送ってくれた。
課長は栞の様子に不思議そうな表情を一瞬浮かべたが、
「おつかれさま、明後日を楽しみにしていいよと妻に伝えます」

プラチナチェーン下着を着けたまま夫との待ち合わせ場所に向かう優子は、今日はどんなに甘い餌を目の前に置かれても肌を曝すつもりはないと心に決める。

「おまちどうさま。ごめんね、待たせちゃって」
「着いたばかりだよ。例の鉄板焼きの店でいいかな??」
「いいよ、久しぶりだね」
二人の勤務先のほぼ中央にあるこの駅周辺にはたくさんの店があるのにプロポーズしてくれた店を選ぶのは何か意味があるのだろうかと緊張が宿る。
完全に心を許したわけではないものの久しぶりに夫との外食に沸き立つ思いの優子は程よいワインの酔いもあって仕事やスポーツなどを話題にして能弁になる。

「なぁ、優子。ホテルで一泊ってのはどうかな??」
「えっ……魅力のある提案だけど仕事の資料が家にあるし今日はちょっと……」
優子がとった一瞬の間に、気付いているであろう浮気を許されたわけではないと感じ取った夫は引きつったような笑みを浮かべて、
「突然でごめん。そうだよな、いろいろ都合もあるよな……そんな事やあんな事、自分の都合ばかり並べているようで、ごめんな」
「うぅうん、そんなことはない。本当に資料が家にあるから……ごめんなさい」
「もう少し先だけど優子の誕生日は希望するプレゼントを用意するから考えといてよ」
「分かった、考える時間がたっぷりあるから、ウフフッ、高価すぎるからダメって言わない??」
「えっ、ほどほどでお願いしたいけど少々の無理なら頑張るよ。約束する」

彩―隠し事 234

余韻 -2

スッキリした目覚めは久しぶりのオナニーのお陰かなと思うとその原因を作ってくれた栞に感謝しなければいけないという結論になり苦笑いが浮かぶ。
料理が好きだし得意でもある優子が手際よく二人分の朝食をテーブルに並べ終わるタイミングで夫が起きてくる。
「おはよう。もう少し惰眠を貪るつもりだったけど旨そうな匂いで起こされちゃったよ」
「ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったのに……」
「えっ、ゴメン。素直な言い方じゃなかったね。いつも美味しい食事をありがとう……いただきます」

二人を知る共通の友人や近所の人は人も羨む仲の好い夫婦だと思っているだろうが、優子が夫の浮気を疑い始めてそれが確信に変わった頃から肌を合わせることがなくなり、玄関から一歩外に出ると今まで通りに仲の好い夫婦を気取り、中に入ると氷で出来た部屋のように寒々とした空気が流れていた。
学生時代から親友の栞は性的好奇心が強く奔放なところもあり、彼女に連れられて行ったSMショークラブをきっかけに出会った健志と付き合うようになって夫の浮気にも寛容な気持ちが芽生えてイライラすることがなくなった。
以前と同じとは言い難いものの浮気を知ってからも嫌いにならなかった夫なので優子自身も隠し事が出来た今、肌を合わすことはないものの会話などは夫婦として互いを慈しむ感情が戻ったと思う。
元来、潔癖症なところもある優子なので浮気を知った頃は偶然にでも手を触れるのは嫌、洗濯も一緒にするのを避けるようなこともあったが今はそれほど忌み嫌うこともないどころか、甘え声で誘ったらどんな反応をするかと悪戯心が芽生えることもある。
チン毛を剃った方が舐めやすいだろうとかアナルを試してみようかと言うこともあった夫だけにその気になるだろうし、どんな表情で愛を語るのだろうと想像するのも楽しい。
結ばれるとすれば夫の部屋がいい。どんな部屋になっているのか確かめることができて一石二鳥だと思うほど精神的に余裕ができた。
クククッ……プラチナチェーン下着を着けた妻を見るとどんな顔をするのだろう……健志に気を惹かれている今、夫に抱かれるとそれは浮気になるのだろうかと自然と笑みが浮かぶ。
夫とのセックスを想像したり、互いに独身だった頃に誘われたことのある新任課長を気にしたりとプラチナチェーン下着のせいで妄想は止まることを知らずに膨らむ。
健志に会えない時も気持ちを縛ってくれる大切な下着だと思っていたが性的な欲求不満が募り始める。
会いたい、健志の胸に顔を埋めて抱きしめてほしい。

「なぁ、優子。美味しい料理のお礼にディナーをご馳走させてくれないか??至らない点がたくさんある僕のお詫びもかねてどうだろう??」
「えっ……うん、いいよ。二人で食事…デートするなんて久しぶりだよね」
「僕のせいだね、ゴメン……早速だけど、今日はどうかな??」
「大丈夫だと思うけど、連絡してくれる??」
「分かった。連絡するよ……ごちそうさま。今日も美味しかったよ」

先に出かけた夫を見送った優子は抑えきれない笑みを鼻歌で誤魔化して出勤の準備をし、身支度を始める。
久しぶりのデートで食欲を満たした夫が性欲を滾らせたらと思うと指は自然とプラチナチェーン下着に伸びる。
鍵付き下着を穿いているのを見た夫はどんな表情でどんなことを言うだろうと思うと身震いするほどの興奮に襲われる。
自分の浮気を棚に上げて私の不貞を詰るだろうか、それとも浮気を解消するから優子も止めてくれと言うだろうか……多分、浮気をしたのは申し訳なかった、関係を清算するから優子も止めてくれと言うだろう。
愛を語り二人の将来を夢見たあの頃に直ぐに戻れない。肌を重ねて互いのすべてを知ろうとして性感帯を探ったベッドで今は独り寝する日々が続いている。
今でも夫を愛しているかと問われれば、はいと答えるだろう。
愛し愛される幸せを当然だと思い始めた時期を倦怠期というのだろうか……夫に対する新鮮な愛を感じるにはもう少し時間が必要だと思う。

今はまだ健志との関係を清算するつもりはない。
健志との関係が始まって夫の浮気に対して寛容になれたのだから決して悪いことではなく、夫がいずれ私との関係修復を求める時期が来たならその時に健志と付き合ったことを良かったと思えるだろう。
優子はほとんどの人が認める通り清楚で貞淑な人妻、彩は優子が貞淑な人妻で居るための欲望処理係で悪い女。
女の善なる部分は男に希望や勇気を与え、悪の部分に男たちが妖しい魅力を感じて女性の深みを感じると思う。

食事の後、夫がホテルに誘っても理由をつけて断ることしよう。
帰宅後、身体を密着しようとしてもうまくすり抜けることにする。
そして明日は健志に夕食を一緒にしようと誘ってみよう。
プロフィール

ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

アッチイのは嫌
さむいのも嫌
雨ふりはもっと嫌・・・ワガママワンコです

夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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