凸と凹
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温かい微風に誘われるように目的もなく住み慣れた街の小川沿いに整備された遊歩道を散策する男は若葉の匂いを胸いっぱいに吸い込んで春を満喫し、清流のせせらぎが気持ちの奥に澱のように溜まった邪念を流してくれるような気がして清々しい気持ちになる。
東屋は散策途中に休憩する人たちで席はなく男はわずかに通り過ぎた場所の切り株に腰を下ろしてミネラルウォーターで喉を潤し、歩いてきた方向に視線を向ける。
アイボリーのビッグスェットに黒いスキニーパンツを合わせ、スニーカーを履いた女性が歩いてくる。
腰の位置が高く膝下を伸ばして颯爽と歩く姿に見惚れる男は女性の意を想像することもなく頬を緩め、目の前を通り過ぎても視線を逸らすことなく後姿を追う。
突然、立ち止まった女性は振り返ってきっと男を見つめ、踵を返すと切り株に腰を下ろしたままの男の前に立つ。
「ごめん、何度かお見掛けしただけの女性を見つめるのは礼を失していました。ごめんなさい」
「えっ、そんなことを言われるとお願いできなくなっちゃいます。私こそ、ごめんなさい」
「……私にお願いとは、なんでしょうか??」
不安を表すことはなく、笑みを浮かべたままの男は興味津々といった表情で女性を見上げる。
緑陰に差し込む一条の木漏れ日が女性の頬を照らし、通りすがりに会釈を交わすたびに、魅力的な人だなぁと思ったことを改めて意識する。
「フフフッ、何度か会釈を交わしたことがあったけど、そんなに見つめられると恥ずかしくなっちゃう」
「ごめんなさい。近くで見ると魅力が倍増です」
「ウフフッ……それでは思い切って言っちゃいます。厚かましいお願いですが、お水をお裾分けして頂けませんか??」
「えっ…ハハハッ、新しいのを持っていないので口をつけた残り物でよろしければ、どうぞ……」
男が差し出したミネラルウォーターを受け取った女性は男が飲んでいたことを意に介する様子もなく、ゴクゴクと喉を鳴らして渇きを癒す。
「フゥッ~、美味しい……」
「喉の渇きを癒しただろうけど、もしも疲れているなら跨いでもいいよ……勘違いしないでよ。座って休憩したいんじゃないかと思っただけだよ」
膝を揃えた男は満面の笑みで両手を開いて女性を迎える準備をする。
「その前に、一つ質問に答えてもらえる??」
「いいよ、何でも聞いてよ。真面目に答えます」
「あのマンション住まいだから結婚していないのは想像できるけど、付き合っている女性はいないの??」
「いないよ。私の膝を椅子代わりに使ってくれる人を待っていた」
「クククッ、それでは安心して疲れたから膝を貸してもらうことにする」
「どうぞ……」
周囲を気にする様子もなく太腿を跨いだ女性は嫣然と微笑み男の首に手を回す。
「貴女とは、通りがかりに会釈をする程度の付き合いだったけど、これで進展すると思ってもいいのかなぁ??」
「それを望むなら、これまで何度も会ったのにどうして誘ってくれなかったの??私は声を掛けてくれるのを待っていたんだよ……待ちくたびれて、はしたない真似をすることになったんだから……」
「ごめん、自信家じゃないから断られた時のショックを考えると声を掛けることが出来なかった」
「ほんとう??……それより周囲の人たちの視線が気にならない??私は堪えられない、あなたは??」
吐く息が耳の周囲にかかり、男の緊張を煽るほど顔を近付けた女性が男に囁く。
男が視線を巡らすと、散歩途中にミネラルウォーターを回し飲みし、膝を跨いで座り親し気に話す様子に周囲の人たちは好奇の視線を向けている。
ブルっと震えを帯びた男は、
「ウッ、クゥッ~……」と、女性の頬を緩ませるような声を漏らす。
「ウフフッ、可愛い……あなたのことが前から気になっていたの。あなたは??」
「フゥッ~、貴女に初めてお会いしたのは引っ越した翌日の帰宅時、改札を出たところで前を歩く女性に心惹かれた。後をつけるという意識はなかったけど、同じマンションだったので何か因縁のようなモノを感じた。三か月前のことです」
「私も自信家じゃないけど、信じることにする。さっさと誘えばよかったのに、待っていたんだよ……ねぇ、あなたの手の動きは嫌じゃけど気になる」
「えっ、ごめん。変な気持ちじゃないと言ったら信じてくれるかな??」
「腰やお尻を撫でているけど、がっかりした??見かけよりもムチムチしているなと思ったでしょう??」
太腿を跨いだ女性の背中に左手を添え、腰に回した右手の感触に酔う男は知らず知らずのうちに腰や尻を撫でていたことを指摘されて苦笑いを浮かべる。
「そんなことは思わないよ……駅であなたを見かけたときは容姿と雰囲気に一目惚れしたけど、今は腰や尻のムッチリ感に惚れ直しました。昼食に付き合ってもらえますか??」
「こんな格好だから洒落たお店は無理だろうけど、お誘いにお礼を言います」
「オレ、いや、私の部屋ではダメですか??一人じゃ食べきれないほどのビーフシチューを作ってあるんです」
「いいわよ。食事の後、あなたの部屋に誘ってくれなければ私の部屋に連れ込もうと思っていたの……急に体調が悪くなったから送ってほしいとかなんとかね、ウフフッ。私って悪い女なの、知っていた??」
「嘘を吐かれても嫌いになるどころか可愛いなぁと思える人がいる。悪い人だと承知で好きになることもある……貴女に惚れていると確信しました」
「ウフフッ、私があなたに惚れているかどうかは今日という日が終わるまでに応えるって約束します。それでいいでしょう??」
「十数時間ももらったのか、十数時間しかないのか……善は急げ、さっそく私の部屋に行こうよ」
「いいわよ……それと、オレでいいよ。もう一つ、あなたじゃ他人のように感じるから名前で呼びたい。私は理沙」
「私…オレは雅之。理沙、行くよ」
「うん……なんか照れちゃうな。そうだ、パンはある??」
温かい微風に誘われるように目的もなく住み慣れた街の小川沿いに整備された遊歩道を散策する男は若葉の匂いを胸いっぱいに吸い込んで春を満喫し、清流のせせらぎが気持ちの奥に澱のように溜まった邪念を流してくれるような気がして清々しい気持ちになる。
東屋は散策途中に休憩する人たちで席はなく男はわずかに通り過ぎた場所の切り株に腰を下ろしてミネラルウォーターで喉を潤し、歩いてきた方向に視線を向ける。
アイボリーのビッグスェットに黒いスキニーパンツを合わせ、スニーカーを履いた女性が歩いてくる。
腰の位置が高く膝下を伸ばして颯爽と歩く姿に見惚れる男は女性の意を想像することもなく頬を緩め、目の前を通り過ぎても視線を逸らすことなく後姿を追う。
突然、立ち止まった女性は振り返ってきっと男を見つめ、踵を返すと切り株に腰を下ろしたままの男の前に立つ。
「ごめん、何度かお見掛けしただけの女性を見つめるのは礼を失していました。ごめんなさい」
「えっ、そんなことを言われるとお願いできなくなっちゃいます。私こそ、ごめんなさい」
「……私にお願いとは、なんでしょうか??」
不安を表すことはなく、笑みを浮かべたままの男は興味津々といった表情で女性を見上げる。
緑陰に差し込む一条の木漏れ日が女性の頬を照らし、通りすがりに会釈を交わすたびに、魅力的な人だなぁと思ったことを改めて意識する。
「フフフッ、何度か会釈を交わしたことがあったけど、そんなに見つめられると恥ずかしくなっちゃう」
「ごめんなさい。近くで見ると魅力が倍増です」
「ウフフッ……それでは思い切って言っちゃいます。厚かましいお願いですが、お水をお裾分けして頂けませんか??」
「えっ…ハハハッ、新しいのを持っていないので口をつけた残り物でよろしければ、どうぞ……」
男が差し出したミネラルウォーターを受け取った女性は男が飲んでいたことを意に介する様子もなく、ゴクゴクと喉を鳴らして渇きを癒す。
「フゥッ~、美味しい……」
「喉の渇きを癒しただろうけど、もしも疲れているなら跨いでもいいよ……勘違いしないでよ。座って休憩したいんじゃないかと思っただけだよ」
膝を揃えた男は満面の笑みで両手を開いて女性を迎える準備をする。
「その前に、一つ質問に答えてもらえる??」
「いいよ、何でも聞いてよ。真面目に答えます」
「あのマンション住まいだから結婚していないのは想像できるけど、付き合っている女性はいないの??」
「いないよ。私の膝を椅子代わりに使ってくれる人を待っていた」
「クククッ、それでは安心して疲れたから膝を貸してもらうことにする」
「どうぞ……」
周囲を気にする様子もなく太腿を跨いだ女性は嫣然と微笑み男の首に手を回す。
「貴女とは、通りがかりに会釈をする程度の付き合いだったけど、これで進展すると思ってもいいのかなぁ??」
「それを望むなら、これまで何度も会ったのにどうして誘ってくれなかったの??私は声を掛けてくれるのを待っていたんだよ……待ちくたびれて、はしたない真似をすることになったんだから……」
「ごめん、自信家じゃないから断られた時のショックを考えると声を掛けることが出来なかった」
「ほんとう??……それより周囲の人たちの視線が気にならない??私は堪えられない、あなたは??」
吐く息が耳の周囲にかかり、男の緊張を煽るほど顔を近付けた女性が男に囁く。
男が視線を巡らすと、散歩途中にミネラルウォーターを回し飲みし、膝を跨いで座り親し気に話す様子に周囲の人たちは好奇の視線を向けている。
ブルっと震えを帯びた男は、
「ウッ、クゥッ~……」と、女性の頬を緩ませるような声を漏らす。
「ウフフッ、可愛い……あなたのことが前から気になっていたの。あなたは??」
「フゥッ~、貴女に初めてお会いしたのは引っ越した翌日の帰宅時、改札を出たところで前を歩く女性に心惹かれた。後をつけるという意識はなかったけど、同じマンションだったので何か因縁のようなモノを感じた。三か月前のことです」
「私も自信家じゃないけど、信じることにする。さっさと誘えばよかったのに、待っていたんだよ……ねぇ、あなたの手の動きは嫌じゃけど気になる」
「えっ、ごめん。変な気持ちじゃないと言ったら信じてくれるかな??」
「腰やお尻を撫でているけど、がっかりした??見かけよりもムチムチしているなと思ったでしょう??」
太腿を跨いだ女性の背中に左手を添え、腰に回した右手の感触に酔う男は知らず知らずのうちに腰や尻を撫でていたことを指摘されて苦笑いを浮かべる。
「そんなことは思わないよ……駅であなたを見かけたときは容姿と雰囲気に一目惚れしたけど、今は腰や尻のムッチリ感に惚れ直しました。昼食に付き合ってもらえますか??」
「こんな格好だから洒落たお店は無理だろうけど、お誘いにお礼を言います」
「オレ、いや、私の部屋ではダメですか??一人じゃ食べきれないほどのビーフシチューを作ってあるんです」
「いいわよ。食事の後、あなたの部屋に誘ってくれなければ私の部屋に連れ込もうと思っていたの……急に体調が悪くなったから送ってほしいとかなんとかね、ウフフッ。私って悪い女なの、知っていた??」
「嘘を吐かれても嫌いになるどころか可愛いなぁと思える人がいる。悪い人だと承知で好きになることもある……貴女に惚れていると確信しました」
「ウフフッ、私があなたに惚れているかどうかは今日という日が終わるまでに応えるって約束します。それでいいでしょう??」
「十数時間ももらったのか、十数時間しかないのか……善は急げ、さっそく私の部屋に行こうよ」
「いいわよ……それと、オレでいいよ。もう一つ、あなたじゃ他人のように感じるから名前で呼びたい。私は理沙」
「私…オレは雅之。理沙、行くよ」
「うん……なんか照れちゃうな。そうだ、パンはある??」