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イルミネーション (桜子)

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駅を出た男は時刻を確かめて待ち合わせ場所に急ぐ。
寒さと風のせいで肩をすぼめて前屈みになったり両手を擦ったりする人が多い中、男は背筋と膝下を伸ばして颯爽と歩く。
寒くないはずがないし頬をくすぐり遠ざかる寒風に背中を丸めたくなるけれど、久しぶりに会う人に格好好い姿を見せたいと思う気持ちが勝る。

目的地の手前でスキニーデニムにショートダウンを着けてスタイルの良さを際立たせる女性がイルミネーションを見つめる姿に足を止める。
すぐそばで同じようにイルミネーションを見るカップルの男性と同じくらいの身長があり、よく見ると腰から太腿に続くラインがパンと張り出して鑑賞に堪えるだけではなく抱き心地もよさそうだと手が伸びそうになる。
後姿しか見えないのをいいことに不躾な態度をとることも厭わず、震い付きたくなる気持ちを抑えて後姿を矯めつ眇めつ見ていると近くにいる待ち合わせらしい男性も涎を流さんばかりに見つめている。

「どうしたの、失礼よ……あの人にもだけど、待ち合わせする私に失礼でしょう。行くよ」
スキニーデニムが強調する尻や腰と手入れの行き届いた黒髪に見惚れていた男性が遅れてきた女性に肩を叩かれ、口を尖らせる抗議に言い訳をする。
「ゴメン、勘違いしないでくれよ。僕はイルミネーションを見ていたんだよ。さぁ、行こうか。何を食べる??」
男性は気恥ずかしさを取り繕うように男に軽く会釈して女性の手を掴んで歩き出す。
デートの待ち合わせ中に他の女性に気を惹かれるような態度をとっちゃだめだろうと二人の後姿を見ていると、くだんの女性が時計を確認して突然振り返り笑みを浮かべる。

後姿だけではなく……いや、正面から見ると後ろ姿以上に抱きしめたくなるほどの好い女だと思わずにいられない。
「時計を確かめたらどうなの、約束の時刻になったよ。それとも後姿を見るだけで満足しちゃったの」
「クククッ、桜子のように見えるけど待ち合わせ場所は此処じゃないから、オレの見間違いかなと思って後姿を見ていた、確認のためにね……後姿も小粋だけどタートルネックも似合っているよ」
「えっ、なんだ、そうなの??私と気付かずに後姿をみて好い女だなって一目惚れしそうになっているのかと思った。私だと分っていたんだ??」
その言葉には他人と自分を見間違えるはずがないという自負と自信に溢れている。

「クククッ、可愛いな……動いちゃダメ」
「えっ、恥ずかしい。人がいっぱいいるから後でね」
男が髪に手を伸ばすとこんなところでキスをするのかと勘違いしたような言葉を吐き、髪に付いた紙きれを摘まんで顔の前でヒラヒラさせると勘違いを恥じてばつが悪そうにはにかんで顔を赤らめる。
「可愛いよ。桜子よりも好い女は此処にはいない」
額にチュッと唇を合わせると、
「ほら、やっぱりキスした……どうせするなら、子供だましみたいなのは、イヤ」
場所も弁えず魅惑的な表情を浮かべる桜子に男の欲情を止める術はない。
桜子を抱きよせて唇を重ね、舌を差し入れて髪を撫でる。
「アンッ、いやっ……嫌じゃないけど此処じゃ恥ずかしいから後で……
今日は泊まってくでしょう??」
「その積りだよ」
「じゃぁ、時間はたっぷりあるね。歩きたい……」

青色に彩られた幻想的な通りを歩くと桜子は男の腕を掴んで身体を寄せ、漂う香りに魅せられてその横顔を見る男はドクドクと身体中を血が駆け巡るのを感じる。
「イルミネーションの青がきれい、ウフフッ……」
「どうした??思い出し笑いをしただろう??」
「フフフッ、分かる??この間、同伴で此処へ行こうって誘われたの。イルミネーションを見ながら歩いてフレンチレストランはどうだって」
「良かったからオレにおすそ分けってことか……何とも言いようがないな」
「勘違いしないで、誘ってくれた人とは食事だけ……今日が初めて。誘われ時、あなたの顔が浮かんだの。そんな素晴らしい場所ならあなたと歩きたいって……迷惑だった??」
「そのお客様にお礼を言いたいね。桜子と素晴らしいデートをするきっかけを作ってくれてありがとうって」

エリア全体がキラキラ輝き宝石をちりばめたようなクリスマスツリーの前では興奮のあまり自然とつないだ手が痛くなるほど力が入る。
ひときわ豪華なバカラクリスタル製のシャンデリアを見ると思わず、ホォッ~、すごい、とため息が漏れる。
高さが数メートルもあり両手を広げたよりも遥かに大きなシャンデリアの存在感は圧倒的で周囲の煌びやかな光たちが添え物にしか見えなくなる。
バカラシャンデリアに照らされた広場で飲むバカラグラスに満たされたシャンパンの味は格別でワインに詳しくない男も満足で頬が緩む。
シャンデリアの輝きといたるところで宝石を散りばめた様な灯りで視覚を刺激され、イルミネーションを見る人々の歓声で聴覚を、手をつないで寄り添う桜子が触角を満足させてくれる。
漂う香りに導かれて近付くとウェスティンホテル東京の料理長が手掛けるフードトラックがあり嗅覚が味覚を呼び寄せてくれる。

「今日のディナーはフレンチにしようと思っていたけど、この格好だしここで食べなきゃ後悔することになるよね」
スキニーデニムとショートダウンを指さしてタートルネックセーターを摘まんだ桜子は悪戯っぽく微笑む。
ビーフカレーを食べてホットチョコレートを飲み終えると桜子は満足の笑みを浮かべ、動かないでと告げて指を伸ばし男の口元に付いたホットチョコを拭い取ってペロリと舐める。
「ありがとう」
「ウフフッ、どういたしまして……ホットチョコもいいけどカクテルを飲みたいな」
「あのホテルのバーはどうだろう??」
「ウェスティンはダメ。ドレスコードがあるからジーンズじゃ入れてくれない。うちの近くのバーじゃダメ??」
「いいよ。オレの知らない桜子が見えるかもしれないな」
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ちっち

Author:ちっち
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