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彩―隠し事 436

変転-14

「おはよう、今日も早いわね」
「私だけじゃないよ。愛美と吉田君もこの時刻に社内の根回しで打ち合わせの最中」
「すごいね、じゃぁ、愛美と吉田さんが戻ってから話すことにする。その前に……課長、担当役員に報告することがあるので同席して頂けませんか??」
「分かった、丁度、打ち合わせをしたいと連絡があった処だよ。対外的にプロジェクトをどう発表するか、マスコミ対策など懸案事項の打ち合わせだよ」
「そのことについて進捗状況を報告したいと思います。課長には歩きながら説明します」
「えっ、内容は分からないけど、昨日、そんな準備をしていたのか??」
「優子、本当なの??いい加減なことを言う優子じゃないから、昨日そんなことを…驚いた」

担当役員に報告するために向かいながら、荒垣由惟との打ち合わせ内容の概略を説明する。
「深沢さんの科白を借りるけど、驚いたなぁ。これまでの労苦に報いるために昨日は出社を猶予した積りだったけど、想像もできない成果を持ってきてくれた。報告すると喜ぶと思うよ」

「鍬田さんには驚かされることばかりだよ。これで、立ち上げからマスコミを含む対外戦略も大筋で決まった……我々は素材メーカーだから川下に進出と言っても派手に広告を打つことはこれまでのお客様に不安感を惹起させるかもしれない。今の報告は好いよ、私もそんな方法を取ればいいなと思っていたけど、鍬田さんとメンバーへの信頼が増すばかりだ。これからも頼むよ……私はこれから別件で出掛けなきゃいけないので、これでメンバーを慰労してあげてください。遠慮することはない、私からのささやかな感謝の気持ちだよ」
「鍬田さん、頂きなさい……」
「はい、ありがとうございます。メンバーへの信頼のお言葉と共に頂戴いたします」

午前中は課長や栞、手の空いた愛美や吉田に、健志の名前は出さずに社外の友人の紹介で荒垣と会い、テレビや雑誌、ネットでも紹介してもらうことを確約したと報告し、荒垣さんについては、追い追いに紹介すると伝える。
昼食は慰労のために預かったお金でメンバー全員で愛美が行きたいと言っていたイタリアンの店で摂る。

「間違えていたらゴメンね。健志さんの紹介じゃない??」
「そう、栞の言う通りだよ。夫とは絶えて久しいエッチも満足させてもらって、仕事でもお世話になっている。クククッ、今じゃ、いなくてはならない人だよ」
「ご主人は出張中なんでしょう??」
「うん、今日、一時、帰ってくるんだって。出張が長引くんじゃないかな……まぁ,嫌じゃないけどね、ウフフッ、私って悪い女かなぁ……」
「クククッ、出来る女は清濁併せ持つ度量が必要だよ。優子は私たちと会社にとって必要なリーダー」

昼食を摂りながら、それぞれの分担の経過を説明し予想以上の進捗状況にメンバー同士の信頼を厚くする。

退社時刻を迎えた優子は出張中の夫を迎えるための夕食の買い物と花を買い帰路に就く。
夕食の準備を終え、時計を見た優子は花を活けてテーブルの中央に置き、この花越しに私を見ると惚れ直すかなぁなどと、健志のことを忘れて幸せな気持ちになる。

夫の話しは予想もしていない意外な内容で優子は返事をすることもできない。
思いの丈を優子にぶつけた夫は一枚の書類をテーブルに残して部屋を出る。
夫の言葉は耳に入らず、真意は何も伝わらない。

翌日は気丈に振る舞う優子の様子に違和感を覚える者はいなかったが、
「優子、お昼は一緒に摂ろうか……話しを聞くよ」
栞だけはただならぬ気配を感じ、親友らしい振る舞いで二人になろうと誘ってくれる。

昨夜のあらましを聞いた栞は、
「どうするの??」
と、自分の意見を交えず優子に話しかける。
「離婚届を置いてかれちゃ修復不能。相手は妊娠しているというし、署名捺印で彼との想い出は記憶の中に……しょうがないね」
「慰めにはならないと思うけど、健志さんの処に行く??」
「それは出来ない。そうしたい気持ちはあるけど、人妻ということで私に付加価値が有ったかもしれないしね、あぁ~あ、どうしていいか分からない」
「健志さんはそんな人じゃないでしょう??人妻の付加価値なんて言ったら彼は怒ると思うよ」
「多分ね……健志には、夫は浮氣をしているけど嫌いになるどころか、今でも愛しているって言ったんだよ。そんな健志の胸に飛び込めると思う??たとえそうするにしても時間が必要」

昨日一日だけで健志の元に戻ると待っていてくれると思っていても、優子から彩に戻るには気持ちの整理をする時間が必要だと自分に言い聞かせた優子は今まで以上に仕事に没頭する。

夫が残していった離婚届に署名して元の位置に置いておいたが、帰宅すると無くなっており夫の部屋だったドアを開けると荷物はすでに運び出されており気持ち好いほど小ざっぱりして思わず笑ってしまう。
「ハハハッ……あっけないもんだなぁ」
二人で沖縄に行ったことや温泉旅行、嫌なことは蘇ることがなく楽しかった想い出だけが走馬灯のように駆け巡る。

優子様、私の不条理な行いの尻拭いをあなたに押し付けたようで申し訳なく思っています。
昨日、話した通りに財産分与代わりに、この部屋はローンが残っていますがあなたに残していきます。処理はお任せします。このまま住むも売却するも自由にしてください。
これからの優子様が私との生活よりも幸多からんことをお祈りいたします。
わがままを許してくれた事と、これまでの幸せな生活に感謝します。
ありがとうございました。

置手紙と残された鍵を見ても一滴の涙も出ない自分を訝しく思う。
昨夜、突然、離婚を切り出された時は言葉を失い、なんの反論も反駁も出来なかったが、一日たった今は冷静で居られることに違和感さえ覚える。
スマホを手にした優子は、フゥッ~と息を吐いて彩に戻り健志を呼び出す。
「ねぇ、迎えに来てくれる。今、自宅にいるの。住所は………待っているよ」
健志の返事も聞かずに切ってしまい、全てを失ってしまうことになるかもしれないけど、私には仕事があると強がりを口にする。

「ごめん、道が混んでいて遅くなった。今、マンションのエントランスにいる」
「遅いから振られちゃったのかと思っちゃった。上がってくる??」
「いや止めとく。二人の愛の巣を見たいなどという下種な趣味はねぇよ」
「分かった、下りていくから待っていて」

健志を見た彩は人目も憚らずに胸に飛び込み、両眼に涙を溢れさせる。
「愛していると言って…おねがい」
「彩、愛しているよ。何が有ったか知らないけど彩のことはオレが守る」
帰宅時刻でもあり、好奇に満ちた視線を受けても健志は気にすることもなく彩の背中を擦り、健志に抱きしめられて強がっていた自分を解放して涙にくれ彩は徐々に平静を取り戻す。
「あのね……」
「何も言わなくもいい。オレの部屋に戻るよ」
「うん……」

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ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

アッチイのは嫌
さむいのも嫌
雨ふりはもっと嫌・・・ワガママワンコです

夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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