彩―隠し事 7
欲望
エレベーターに乗りバーのある最上階のボタンを押すと同時に、失礼と一言、挨拶して男が乗り込んでくる。
「あっ・・・」、「ごめんなさい、お邪魔だったですか」、「いえ、そんな事はありません」
秘密クラブで縛られた彩の心を犯すが如くに凝視した男に違いない。
間違えるはずがない。ステージから見た顔、ベッドで思い出した顔。間違いない。
この人は気付いているかしらと不安と期待でドクドクと全身の血が逆巻き、頬が朱に染まるのを意識する。
行き先階ボタンを押そうと手を伸ばしかけた男は、目的のボタンが押されているのを確かめて所在無げに手をブラブラさせて優子を見つめる。
「逃げようのないこの空間で失礼だと思うのですが、時間がそんなに残されていないので聞いてください・・・バーにお付き合いいただけませんか??」
「えっ・・・あの」、シュッ~、ガタン・・・エレベーターは目的フロアに着いてドアが開く。
「どなたかと待ち合わせですか??」
「いいえ、ご一緒させていただけますか??」
「ありがとうございます。ここから見る夜景は独りじゃ寂しいですからね」
秘密クラブで縛られていた女が目の前にいるのに気付いた様子がなく、優子はがっかりすると同時に安堵する。
並んで歩く男の横顔はスッキリと整い、秘密クラブで見た男だと確信する。
表情に出さないようにと思いながらも動悸が激しくなるのを避けることが出来ず、無意識のうちに握りしめた手はじっとりと汗ばむ。
「今日はカウンターじゃなく窓際の席にしてください」と男は常連客然として声をかけ、眩いばかりに宝石を散りばめたような夜景が見える席に案内される。
「よく来るんですか??」
「独り住まいの無聊を慰めるのに酒を飲みたいときはここに来ます。近いからって理由ですがね」
「お近くにお住まいなんですか、羨ましい・・・この素晴らしい夜景は独りじゃつまらないですか??」
「そういうわけじゃないのですが、独りの時はカウンターです。夜景はカップルのためにあると思っているので・・・今日は、ありがとうございます。久しぶりに夜景を堪能できます」
同年代と思える男性の振舞や言葉遣いに不自然さはなく、秘密クラブで見た女だと気付いている気配は全く感じられない。
「自己紹介が遅れました。私は健志、健康の健に志と書いてタケシと読みます」
「私は彩。彩りのアヤです」、本名ではなく、クラブに登録した名を名乗る。
「彩さんですか。名は体を表す、雰囲気にぴったりのお名前です。スーツが良く似合って凛として嫋やか、彩さんのような女性と同席させてくれた神様に感謝します」
夜景を楽しみカクテルを味わいながらの時間は会話も弾んで、下着を穿いていないどころか、久しぶりのスカート姿という事も忘れるほど心地良い。
ラストオーダーの時刻だと告げられて、このまま別れるのが寂しいという思いが沸き上がる。
彩が最後のスプモーニを飲み干したタイミングで健志が、
「ご自宅は近くですか??・・・他意はありません、こんな時間ですから帰りの足をどうするのか気になったものですから」
「主人は出張で留守なので、このホテルに部屋を取ろうかなぁ・・・」
健志の問いに答えると言うでもなく、思いついたことをつい口にした。
「ご主人に断らなくてもよろしいのですか??」
「いいの・・・出張だと言っているけど、本当は不倫相手と旅行でもしてるんでしょう・・・」
カクテルが与えてくれた少しの酔いと健志に好意を抱き始めた優子は言わずもがなの言葉を口にする。
優子の言葉に一瞬反応しかけた健志だったが、
「楽しい時間でしたが営業時間を終えたようです。出ましょうか」と言う健志の言葉に、一押しされれば何処へでもついていくのにと軽い失望を感じつつ、頷いて席を立つ。
今日は課長と言い、健志と言い紳士然とした男ばかりでつまらない、優子ではなく彩は奔放な女なのにと叫びたくなる。
シュゥ~・・・エレベーターのドアが閉まり下降が始まると優子の前で背を向けて立っていた健志が振り返り、
「店を替えますか、それとも私の家で飲み直しますか??」
「えっ、それ以外の選択は・・・例えばタクシーで帰宅するとか・・・」
「どうしてもと仰るならお引止めすることはできませんね。そのときは諦めます」
トンッ、シュゥ~・・・返事をする間もなくエレベーターのドアが開き、気持ちをエレベーター内に残したまま彩はエレベーターホールに立つ。
「タクシー乗り場までお送りします」
「・・・タクシーに一緒に乗ってくださいますか??」
「ウフフッ、結構ですよ。私が運転手さんに告げる住所は一つしか知らないのですが、よろしいですね・・・」
健志に促されて乗ったタクシーは、それほど遠くない高台に建つマンションに着き、ドキドキする鼓動に胸を締め付けられるような気持ちで後に続く。
どうぞ・・・ドアを開けた健志は一歩退き、彩を自室に招き入れようとする。
「えっ、えぇ・・・はい」一歩踏み出せば健志の部屋に入るという最後の一歩を躊躇する。
・・・・・急かすでもなく、イライラするでもなく泰然と立つ健志の表情に安心して部屋に入ると、カーテンを開け放った窓にはホテルのバーで見た宝石箱をひっくり返したような景色ではなく、たくさんの人たちの生活の証である家々の灯りが見えて心が落ち着く。
「ホテルで見た景色も華やかでいいけど、私はこの景色が好きだな・・・それより、お腹が空いてないですか??」
「少し・・・」
肉の塊を取り出してテーブルに置き、彩に向かって、
「肉を常温に戻す間、スパークリングワインにしますか、それともお風呂がいいですか??」
「えっ・・・いいえ、このまま待ちます」
お泊りセットを用意していないどころか、ショーツを着けていない事を思い出して愕然とする。
このまま帰ろうか、それでは失礼になるだろうか。
スカートを脱ぐことはできない。ガーターベルトに留めたストッキングとノーパン姿、浅ましく男をあさっている女と思われないだろうか・・・易々と男の部屋についてくるんじゃなかったと悔やむ気持ちになる。
エレベーターに乗りバーのある最上階のボタンを押すと同時に、失礼と一言、挨拶して男が乗り込んでくる。
「あっ・・・」、「ごめんなさい、お邪魔だったですか」、「いえ、そんな事はありません」
秘密クラブで縛られた彩の心を犯すが如くに凝視した男に違いない。
間違えるはずがない。ステージから見た顔、ベッドで思い出した顔。間違いない。
この人は気付いているかしらと不安と期待でドクドクと全身の血が逆巻き、頬が朱に染まるのを意識する。
行き先階ボタンを押そうと手を伸ばしかけた男は、目的のボタンが押されているのを確かめて所在無げに手をブラブラさせて優子を見つめる。
「逃げようのないこの空間で失礼だと思うのですが、時間がそんなに残されていないので聞いてください・・・バーにお付き合いいただけませんか??」
「えっ・・・あの」、シュッ~、ガタン・・・エレベーターは目的フロアに着いてドアが開く。
「どなたかと待ち合わせですか??」
「いいえ、ご一緒させていただけますか??」
「ありがとうございます。ここから見る夜景は独りじゃ寂しいですからね」
秘密クラブで縛られていた女が目の前にいるのに気付いた様子がなく、優子はがっかりすると同時に安堵する。
並んで歩く男の横顔はスッキリと整い、秘密クラブで見た男だと確信する。
表情に出さないようにと思いながらも動悸が激しくなるのを避けることが出来ず、無意識のうちに握りしめた手はじっとりと汗ばむ。
「今日はカウンターじゃなく窓際の席にしてください」と男は常連客然として声をかけ、眩いばかりに宝石を散りばめたような夜景が見える席に案内される。
「よく来るんですか??」
「独り住まいの無聊を慰めるのに酒を飲みたいときはここに来ます。近いからって理由ですがね」
「お近くにお住まいなんですか、羨ましい・・・この素晴らしい夜景は独りじゃつまらないですか??」
「そういうわけじゃないのですが、独りの時はカウンターです。夜景はカップルのためにあると思っているので・・・今日は、ありがとうございます。久しぶりに夜景を堪能できます」
同年代と思える男性の振舞や言葉遣いに不自然さはなく、秘密クラブで見た女だと気付いている気配は全く感じられない。
「自己紹介が遅れました。私は健志、健康の健に志と書いてタケシと読みます」
「私は彩。彩りのアヤです」、本名ではなく、クラブに登録した名を名乗る。
「彩さんですか。名は体を表す、雰囲気にぴったりのお名前です。スーツが良く似合って凛として嫋やか、彩さんのような女性と同席させてくれた神様に感謝します」
夜景を楽しみカクテルを味わいながらの時間は会話も弾んで、下着を穿いていないどころか、久しぶりのスカート姿という事も忘れるほど心地良い。
ラストオーダーの時刻だと告げられて、このまま別れるのが寂しいという思いが沸き上がる。
彩が最後のスプモーニを飲み干したタイミングで健志が、
「ご自宅は近くですか??・・・他意はありません、こんな時間ですから帰りの足をどうするのか気になったものですから」
「主人は出張で留守なので、このホテルに部屋を取ろうかなぁ・・・」
健志の問いに答えると言うでもなく、思いついたことをつい口にした。
「ご主人に断らなくてもよろしいのですか??」
「いいの・・・出張だと言っているけど、本当は不倫相手と旅行でもしてるんでしょう・・・」
カクテルが与えてくれた少しの酔いと健志に好意を抱き始めた優子は言わずもがなの言葉を口にする。
優子の言葉に一瞬反応しかけた健志だったが、
「楽しい時間でしたが営業時間を終えたようです。出ましょうか」と言う健志の言葉に、一押しされれば何処へでもついていくのにと軽い失望を感じつつ、頷いて席を立つ。
今日は課長と言い、健志と言い紳士然とした男ばかりでつまらない、優子ではなく彩は奔放な女なのにと叫びたくなる。
シュゥ~・・・エレベーターのドアが閉まり下降が始まると優子の前で背を向けて立っていた健志が振り返り、
「店を替えますか、それとも私の家で飲み直しますか??」
「えっ、それ以外の選択は・・・例えばタクシーで帰宅するとか・・・」
「どうしてもと仰るならお引止めすることはできませんね。そのときは諦めます」
トンッ、シュゥ~・・・返事をする間もなくエレベーターのドアが開き、気持ちをエレベーター内に残したまま彩はエレベーターホールに立つ。
「タクシー乗り場までお送りします」
「・・・タクシーに一緒に乗ってくださいますか??」
「ウフフッ、結構ですよ。私が運転手さんに告げる住所は一つしか知らないのですが、よろしいですね・・・」
健志に促されて乗ったタクシーは、それほど遠くない高台に建つマンションに着き、ドキドキする鼓動に胸を締め付けられるような気持ちで後に続く。
どうぞ・・・ドアを開けた健志は一歩退き、彩を自室に招き入れようとする。
「えっ、えぇ・・・はい」一歩踏み出せば健志の部屋に入るという最後の一歩を躊躇する。
・・・・・急かすでもなく、イライラするでもなく泰然と立つ健志の表情に安心して部屋に入ると、カーテンを開け放った窓にはホテルのバーで見た宝石箱をひっくり返したような景色ではなく、たくさんの人たちの生活の証である家々の灯りが見えて心が落ち着く。
「ホテルで見た景色も華やかでいいけど、私はこの景色が好きだな・・・それより、お腹が空いてないですか??」
「少し・・・」
肉の塊を取り出してテーブルに置き、彩に向かって、
「肉を常温に戻す間、スパークリングワインにしますか、それともお風呂がいいですか??」
「えっ・・・いいえ、このまま待ちます」
お泊りセットを用意していないどころか、ショーツを着けていない事を思い出して愕然とする。
このまま帰ろうか、それでは失礼になるだろうか。
スカートを脱ぐことはできない。ガーターベルトに留めたストッキングとノーパン姿、浅ましく男をあさっている女と思われないだろうか・・・易々と男の部屋についてくるんじゃなかったと悔やむ気持ちになる。