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M 囚われて

囚われて-1

窓一つない部屋。
ブ~ン・・・エアコンの音だけがする部屋の隅に詩織は一人蹲っている。
窓がない部屋には時計もなく、昼間であることの見当はつくが時刻は分からない。
立ち上がった詩織はドアノブを掴んで右に回しても左に回しても、これまでと同じようにびくともしない。
ドンドン音を立てて叩いても手が痛くなるだけで助けに来る人はいない。
ドアに寄りかかって何度も確かめた部屋を見る。天井からは手枷のついた鎖が下がり、正面の壁には手枷、足枷の付いた十字架がある。足載せ台の付いた椅子は背もたれの角度を変えるのであろうハンドルが付き、その椅子を見ていると素っ裸にされて拘束された自分の姿を想像して自然と身体が震えてくる。
顔を背けて目を瞑り、妄想を頭から追い払った詩織は部屋の隅に置かれたテーブルに目をやる。
テーブルに置かれたミネラルウォーターが目に入る。
朝食を終えた後は何も口にしていないので喉の渇きを覚えるものの、何も囲う物がなく剥き出しのトイレを見ると飲むのを躊躇する。
逃げることも出来ず、過ぎていく時間に身を任せるだけとなった詩織は、溜息さえも出ずに表情が虚ろになってくる。

テーブルのそばに置かれた飾り気のない白いベッドに座って、昨日の夕方からの出来事を想い出す。

今日からの三連休に旅行しようと計画を練っていた恋人と些細なことで喧嘩して売り言葉に買い言葉、ついには修復不可能になる言葉を互いに口にして別れる事になったのは一週前の土曜日の事。
学生時代からの付き合いの彼とは、卒業後の二年間も順調に愛を育んでいただけに心の支えを失ったようで、未だにぽっかり空いた隙間を埋める術がない。
昨日は、仕事を終えた後で連休の予定を楽しそうに話す同僚たちに早々と別れを告げて本屋に立ち寄り、今となっては些細な言葉の行き違いで別れることになった恋人との関係に人生の無常を感じスタンダールの恋愛論を買った。

楽しそうに計画を話す友人たちを思い出し、予定のない自分を精一杯の贅沢で慰めようと思い近くにあるホテルに向かった。
ホテルのロビーで何を食べようかと考えて立ち止まった詩織に男がぶつかった。
前のめりにつんのめった詩織に男は、
「あっ、ごめんなさい・・・大丈夫ですか??」
「私の方こそ、すみません。何を食べようか考えて立ち止まってしまいました。本当に申し訳ございませんでした」
「お一人ですか??私も一人で寂しいなって思っていたんですよ。ご一緒しませんか??」
仕事帰りらしい男は詩織より一回り位年上に思えるが、ネイビースーツに明るいブルーシャツを合わせてグレーの小紋柄ネクタイでまとめて若々しく見える。
ベルトもオーソドックスな黒で靴はストレートチップと安心感を与えてくれる。
「よろしいですか、お言葉に甘えても??」
声を出さずとも嬉しさを隠そうともせずに笑顔になった男に、ますます心を惹かれる。
「ありがとう・・・嫌いな食べ物がありますか、例えば肉、魚とか??味付けとか・・・」
「好き嫌いはありません。このホテルは友人の結婚式で来たことがあるだけなので、何を食べようか考えていたんです」
「結婚式ですか、連休前に一人じゃ寂しいですね・・・今日だけは恋人に代わって私にエスコートさせてください・・・そうだなぁ、目の前で焼いてくれる鉄板焼きなんかどうですか??」
「いいですね・・・涎が出てきそうですし、お腹がクゥ~クゥ~泣いてます。それと、私には恋人はいません。別れたばかりです・・・」

挨拶を兼ねて自己紹介を交えながらシャンパンで前菜を頂き、ロブスターのサラダに始まって焼きガニとテンダーロインを白ワインと共に美味しく食べ終わる頃には旧知の仲のように親しくなっていた。
恋人と別れた寂しさを紛らせてくれる男の軽妙洒脱な話と、ワインで高揚したこともあって久しぶりに楽しい時間を過ごし、男の肩を叩いて笑うこともあった。
楽しい食事時間は終わり、別れがたい思いでいたところ、男がバーに誘ってくれたので夜景を見ながらカクテルを飲んだ。
バーでも楽しい時間は足早に過ぎていき、気が付いた時は終電に間に合わない時刻になっていた。
男は、私のせいで申し訳ない、タクシー代を出させてくださいと言うので、酔いのせいにして男にしな垂れかかり、歩くのも面倒になっちゃった、ここに泊まりたいと口にした。
男は、私の家はすぐ近くだから泊まっていきませんか??決して、エッチな事はしませんからと言うので、男の住むこの家に案内されたのが25時過ぎだった。
この家で男は一人住まいのようだが、掃除も行き届き清潔感が漂っている。
風呂に案内されてシャワーを浴び、女性用の衣服はないのでこれで我慢してくださいと言う、柔軟剤の香りが残るジャージを付けて男とは別室で寝た。
いつ、忍び込んでくるのかとドキドキしながら待っていたが、そのような気配もなく、いつの間にか男に抱かれる夢を見ながら眠っていた。

そして朝になり、楽しくて飲み過ぎたアルコールのせいもあって男に声をかけられるまで眠るという失態を演じてしまった。
用を足して、案内されたテーブルに近付くと、食欲をそそるフレンチトーストの甘い香りが優しく迎えてくれた。
男の事が気になり、せっかくの美味しい食事もジュースと紅茶で流し込むように食べる始末だった。
詩織は思う。自分は美人だと思うし性格も悪くないはず、色気もそれなりにある方だと思う。その詩織を前にして女を意識することなく振る舞う男は、女性に興味がないのかと思ったりもしたが、そうではないようだ。
テレビコマーシャルに興味を示す場面があり、出演している女性は詩織が似ていると言われたことのある女優だった。

食事が終わると、男は家の中を案内するよと言って先に立ち、地下にあるこの部屋に連れてこられた。
「ここで待っていてください。貴女の衣服を買ってきます」
言葉を挟む暇もなく、男は詩織を残して部屋を出た。
ガシャン、ガチャガチャ・・・鉄の扉が閉まり、鍵穴に鍵を入れて錠を掛ける音が耳に残っている。

熟睡する詩織に手を出さず、あくまで紳士的に振る舞った男の真意が解らない。
この部屋に設えられたSM器具が気にかかる。
何よりも不思議なのは、この部屋の器具を見ているだけで息が荒くなる自分の心の内。
身体の芯からくる疼きを止めることが出来ない。
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Author:ちっち
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夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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