年下の男の子
エピローグ -1
仕事中は気もそぞろで集中しようと思えば思うほど森との待ち合わせが気になり、仲の好い同僚に今日はおかしいよ、身体の調子が悪いんじゃないのと言われる始末だった。
午後になると時間の経過が気になり何度も時計を見るので調子が悪いなら早退した方が良いよとも言われた。
大きな過ちもなく仕事を終えても時刻を気にしながらグズグズと社内に残り、約束の時刻に間に合うギリギリでようやく退社した。
約束の場所が近付くにつれて動悸が激しくなり、本来の自分ではなくなっていくのが意識される。
待ち合わせ近くの駐車場に車を入れて店に向かうとドクドクと心臓が早鐘を打ち、息をするのも苦しくなる。
森の顔が浮かんで歩くのを逡巡する。
立ち止まって宙を睨み、目を閉じると笑顔の夫が週末の濃厚なセックスを約束してくれたのを思い出して自然と笑みがこぼれる。
「悪い事をするわけじゃない。息を切らせてまで忘れたバッグを届けてくれたお礼をするだけ」
誰に聞かせるわけでもなく自分自身に言い聞かせ、時刻を確かめて待ち合わせの店を目指す。
カランコロン……軽やかなドアベルの音が響き、奥の窓際席で森が手を振り屈託のない笑顔で迎えてくれる。
「遅くなってごめんなさい」
「いいえ、5分前だから遅くありません。僕が早すぎただけですから……えぇ~っと、ごめんなさい、お名前を聞いてもよろしいですか??」
「あっ、ごめんなさい……どうしよう、アヤでいい??苗字は勘弁してくれる??」
「はい、分かりました。アヤさんですか……〽いつか君と訪れた……彩さん、好い名前です」
「その歌を知っているの??」
「僕の母が大好きで他の歌もよく口ずさんでいたので自然と好きになりました。多分、ほとんど歌えますよ」
「そうなんだ、お母さんの好きな曲なんだ……私も若くないってことだね」
「そんな事はないです。彩さんの年齢は知らないけど十分に若いし魅力的です……あっ、ごめんなさい」
「ウフフッ、魅力的って言ってくれたから、許してあげる……私は昔から大ファンでファンクラブは勿論、ライブもよく行くわよ」
「そうなんですか。僕も母と何度か行きました。もしかすると同じ時間、空間を共有したかもしれないですね……どうですか、カラオケに行きませんか??行きましょうよ。一曲、いえ、二曲だけでもいいですから、おねがいします」
「そうね、二曲なら30分を少し過ぎるだけで帰ることが出来そうね。いいわよ」
「二曲じゃなく、二十曲っていえばよかった」
森の呟きを無視した彩は会計票を手に取り、
「お礼だから私に支払わせて」と言いながら席を立つ。
行きつけだというカラオケ店で会員カードを出した森は彩を振り返り、
「30分じゃなきゃダメですか??……やった、1時間でお願いします」
彩を振り返り30分でなきゃダメかと問うと指を一本立ててニコッと微笑む。
ビールとから揚げ、車通勤の彩はアップルジュースをオーダーした後は歌うわけでもなく、話すわけでもなくぎこちなく時間が経過し、互いの顔を見ることもできないほど緊張する。
そんな状態でも、年の離れた姉弟気分でいる彩は森を警戒することがない。
何かを吹っ切るかのように森は届いたビールを一気に飲み、受話器を取って再びビールを注文する。
アップルジュースを一口飲んだ彩は気まずい雰囲気を払拭しようとして森が口ずさんだ歌をセットして歌い始めると、森は届いたばかりのビールをまたしても一気に飲み干してしまう。
「さすがです彩さん。淑やかで美しく歌も上手、惚れ直しちゃうよ……今度は一緒に歌おうよ、デュエットでいいでしょう??」
ビールのせいで饒舌になった森は馴れ馴れしく際どい科白を口にして彩の隣に移動したタイミングでシャララの演奏が始まる。
歌い始めた森は彩の腰を抱いて身体を揺すり、頬を寄せて手に力を込める。
スポーツ好きで体力に自信があると言っても男の力に敵うはずもなく、身体を密着させたままでマイクを口の前に突き出されると好きな曲なので歌い始めてしまう。
ビールのせいなのか、それとも抱き寄せても抗わない彩に許されたと思ったのか、ついに頬にキスをする。
「やめて、森君はそんな人じゃないでしょう??信じていたのに……」
「ごめんなさい。ご主人がいるって知っていたし、名前も住まいも何も知らなかったけど彩さんが好きだったんです。忘れたバッグをお渡しした時に喜んでくれたので、つい我を忘れて厚かましいお願いをしてしまいました……その上、ビールを飲んだ勢いで……本当にごめんなさい」
カラオケの流れる部屋で彩の顔を見ることもできずに俯いたまま恐縮し、詫びの言葉を繰り返す森が可哀そうになり、テーブルについた手を取り、
「分かったから……分かったから、もういいよ。バイト中の森君は誰が相手でも真摯に接客しているのを知っているから私は忘れる、ねっ、顔を上げて、いつもの笑顔を見せて」
曲が終わり、静かになった部屋をまたしても気まずい空気が覆う。
「ウッウッ……ごめんなさい。大好きで憧れていた彩さんにご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。僕はあの店のアルバイトを辞めます、許してください……ほんとうに、ごめんなさい」
顔を上げようともせず、今にも泣きだしそうな森を目の当たりにして途方にくれる彩は、どうしていいか分からず掴んだ手を擦り始める。
怒られてもしょうがないし、店員を呼ばれても止むを得ないと思うのに優しく接してくれる彩に接して申し訳なさが募り、一層顔を上げることが出来なくなる。
異性として意識したことはないものの明るく快活な接客に好感を抱いていた彩は、ついに禁断の言葉を口にする。
「森君、顔を上げて……森君のような好青年に好きだって言われて嫌がる女はいないよ。私もそう、でもね、私には夫がいるの……最後まではムリだけど、ガッカリしないって約束してくれるなら、ほんの少しだけ……一度だけ、今日だけって約束してくれる??」
「本当ですか、約束します。大好きな彩さんの言うことなら何だって聞きます……一度だけ、今日だけ、少しだけ僕の望みを叶えてくれるんですね??」
コクンと頷いた彩は室内に防犯カメラのない事を確かめて通勤着を脱ぎ、女の隠し処を上下の下着だけで守る姿になってしまう。
仕事中は気もそぞろで集中しようと思えば思うほど森との待ち合わせが気になり、仲の好い同僚に今日はおかしいよ、身体の調子が悪いんじゃないのと言われる始末だった。
午後になると時間の経過が気になり何度も時計を見るので調子が悪いなら早退した方が良いよとも言われた。
大きな過ちもなく仕事を終えても時刻を気にしながらグズグズと社内に残り、約束の時刻に間に合うギリギリでようやく退社した。
約束の場所が近付くにつれて動悸が激しくなり、本来の自分ではなくなっていくのが意識される。
待ち合わせ近くの駐車場に車を入れて店に向かうとドクドクと心臓が早鐘を打ち、息をするのも苦しくなる。
森の顔が浮かんで歩くのを逡巡する。
立ち止まって宙を睨み、目を閉じると笑顔の夫が週末の濃厚なセックスを約束してくれたのを思い出して自然と笑みがこぼれる。
「悪い事をするわけじゃない。息を切らせてまで忘れたバッグを届けてくれたお礼をするだけ」
誰に聞かせるわけでもなく自分自身に言い聞かせ、時刻を確かめて待ち合わせの店を目指す。
カランコロン……軽やかなドアベルの音が響き、奥の窓際席で森が手を振り屈託のない笑顔で迎えてくれる。
「遅くなってごめんなさい」
「いいえ、5分前だから遅くありません。僕が早すぎただけですから……えぇ~っと、ごめんなさい、お名前を聞いてもよろしいですか??」
「あっ、ごめんなさい……どうしよう、アヤでいい??苗字は勘弁してくれる??」
「はい、分かりました。アヤさんですか……〽いつか君と訪れた……彩さん、好い名前です」
「その歌を知っているの??」
「僕の母が大好きで他の歌もよく口ずさんでいたので自然と好きになりました。多分、ほとんど歌えますよ」
「そうなんだ、お母さんの好きな曲なんだ……私も若くないってことだね」
「そんな事はないです。彩さんの年齢は知らないけど十分に若いし魅力的です……あっ、ごめんなさい」
「ウフフッ、魅力的って言ってくれたから、許してあげる……私は昔から大ファンでファンクラブは勿論、ライブもよく行くわよ」
「そうなんですか。僕も母と何度か行きました。もしかすると同じ時間、空間を共有したかもしれないですね……どうですか、カラオケに行きませんか??行きましょうよ。一曲、いえ、二曲だけでもいいですから、おねがいします」
「そうね、二曲なら30分を少し過ぎるだけで帰ることが出来そうね。いいわよ」
「二曲じゃなく、二十曲っていえばよかった」
森の呟きを無視した彩は会計票を手に取り、
「お礼だから私に支払わせて」と言いながら席を立つ。
行きつけだというカラオケ店で会員カードを出した森は彩を振り返り、
「30分じゃなきゃダメですか??……やった、1時間でお願いします」
彩を振り返り30分でなきゃダメかと問うと指を一本立ててニコッと微笑む。
ビールとから揚げ、車通勤の彩はアップルジュースをオーダーした後は歌うわけでもなく、話すわけでもなくぎこちなく時間が経過し、互いの顔を見ることもできないほど緊張する。
そんな状態でも、年の離れた姉弟気分でいる彩は森を警戒することがない。
何かを吹っ切るかのように森は届いたビールを一気に飲み、受話器を取って再びビールを注文する。
アップルジュースを一口飲んだ彩は気まずい雰囲気を払拭しようとして森が口ずさんだ歌をセットして歌い始めると、森は届いたばかりのビールをまたしても一気に飲み干してしまう。
「さすがです彩さん。淑やかで美しく歌も上手、惚れ直しちゃうよ……今度は一緒に歌おうよ、デュエットでいいでしょう??」
ビールのせいで饒舌になった森は馴れ馴れしく際どい科白を口にして彩の隣に移動したタイミングでシャララの演奏が始まる。
歌い始めた森は彩の腰を抱いて身体を揺すり、頬を寄せて手に力を込める。
スポーツ好きで体力に自信があると言っても男の力に敵うはずもなく、身体を密着させたままでマイクを口の前に突き出されると好きな曲なので歌い始めてしまう。
ビールのせいなのか、それとも抱き寄せても抗わない彩に許されたと思ったのか、ついに頬にキスをする。
「やめて、森君はそんな人じゃないでしょう??信じていたのに……」
「ごめんなさい。ご主人がいるって知っていたし、名前も住まいも何も知らなかったけど彩さんが好きだったんです。忘れたバッグをお渡しした時に喜んでくれたので、つい我を忘れて厚かましいお願いをしてしまいました……その上、ビールを飲んだ勢いで……本当にごめんなさい」
カラオケの流れる部屋で彩の顔を見ることもできずに俯いたまま恐縮し、詫びの言葉を繰り返す森が可哀そうになり、テーブルについた手を取り、
「分かったから……分かったから、もういいよ。バイト中の森君は誰が相手でも真摯に接客しているのを知っているから私は忘れる、ねっ、顔を上げて、いつもの笑顔を見せて」
曲が終わり、静かになった部屋をまたしても気まずい空気が覆う。
「ウッウッ……ごめんなさい。大好きで憧れていた彩さんにご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。僕はあの店のアルバイトを辞めます、許してください……ほんとうに、ごめんなさい」
顔を上げようともせず、今にも泣きだしそうな森を目の当たりにして途方にくれる彩は、どうしていいか分からず掴んだ手を擦り始める。
怒られてもしょうがないし、店員を呼ばれても止むを得ないと思うのに優しく接してくれる彩に接して申し訳なさが募り、一層顔を上げることが出来なくなる。
異性として意識したことはないものの明るく快活な接客に好感を抱いていた彩は、ついに禁断の言葉を口にする。
「森君、顔を上げて……森君のような好青年に好きだって言われて嫌がる女はいないよ。私もそう、でもね、私には夫がいるの……最後まではムリだけど、ガッカリしないって約束してくれるなら、ほんの少しだけ……一度だけ、今日だけって約束してくれる??」
「本当ですか、約束します。大好きな彩さんの言うことなら何だって聞きます……一度だけ、今日だけ、少しだけ僕の望みを叶えてくれるんですね??」
コクンと頷いた彩は室内に防犯カメラのない事を確かめて通勤着を脱ぎ、女の隠し処を上下の下着だけで守る姿になってしまう。