お伽噺
心花 -1
「バイバイ・・・浮気しちゃダメだよ」
馴染みの店を出たところで、いつに変わらぬ言葉で見送りを受けたオレは、いつもと同じコンビニに入り冷凍ケースの前に立つ。
美味い酒を飲んでの帰り道、アイスバーをかじりながら空に浮かぶ月を見て歩くのが気に入っている。
最近のお気に入りアイスを探していると、近付いた女子店員が、
「いつものは品切れです。夕方、見た時にはもうなかったんです」
いつだったか美味い酒を飲んだ帰りに必ず立ち寄る店内は他にも客がいる時間帯なのに、その日は、たまたまレジ付近には女子店員しかいなくて、
「飲み屋さんからの帰りでしょう??この甘いアイスが良いんですか??」
「酒を飲んでいる最中は楽しいんだけど、一人歩いて帰る時間は、むなしく感じることもあるんですよ・・・そんな時は、この甘いアイスが寂しさを癒してくれる」
そんな会話をしたこともあって、最近は差し障りのない範囲で挨拶以外の言葉も交わすようになっている。
他のレジが空いていても彼女がいるレジに並ぶこともある。
ガリガリ君を手にしてレジの前に立つと、
「今日から700円以上で、クジを1回引けますよ」
「う~ん、それじゃ、このビッグフランクを5本ください」
「えっ、アッ、ごめんなさい・・・余計なことを言っちゃいました・・・いいですか??・・・それでは、クジを1回引いてください」
「じゃぁ・・・これでいいや」
「開けますね・・・当たり、キャラメルが当たりました。取ってきます」
新手の押し売りに掛かっちゃったな・・・と、思いながらも不快な感じはなく、棚に向かう女子店員の後姿を追う。
「これです。キャラメル・サレ・・・美味しいですよ。私は好きです、これが・・・」
じゃ、プレゼントするよ、と言っても受け取らないし、次の客が近付いてきたので店を出る。
ガリガリ君をかじりながら、空を見上げると真ん丸な月が優しく微笑みかけてくる。
月に住むと言うウサギを探しながら、ゆっくり歩いていると靴音が近付いてくる。
コツコツコツッ・・・ハイヒールらしい靴音が大きくなるにつれて、グリーンノートの香りが鼻孔をくすぐる。
コツッコツッ・・・近付いてくる女性が不快に感じないように、そっと横を見ると、茶目っ気を感じさせるクルクル動く瞳がオレを見つめている。
好い香りですね・・・なんとも間抜けた言葉が口をつく。
「良かった・・・お気に入りのエルメスの香水なの。私には、そのアイスが魅力的なんだけど・・・」
「かじる??・・・良いよ、どうぞ」
「ガリッ・・・うぅ~ン、冷たくて美味しい・・・その袋は何が入ってるの??」
「これっ??・・・フランクフルトソーセージだよ」
「それを、待っている人がいるの??」
「いないよ。700円以上買えばクジを引けるって言うから買っただけだから」
「食べたいな・・・お腹が空いちゃった」
「この先の公園のベンチに行こうか・・・あっ、大丈夫。何もしないよ。ソーセージを食べるだけだから」
酒屋の前の自動販売機で紅茶を買って言葉を交わすこともなく無言で公園を目指す。
吐く息に混じるアルコールの匂いと、お気に入りだと言う香水の香りに、女が仕事で頑張った昼間の疲れを感じて心が穏やかになってくる。
チラッと女の表情を盗み見ても、初対面のオレを警戒することなく、なにやら楽しげに歩いている。
昼間は母親に連れられた幼児やボール遊びに興じる男児でにぎやかな公園も、夜の帳が下りてガーデンライトの明かりに照らされるこの時刻は、人っ子一人見ることもなく不気味にさえ感じる。
公園の入り口が見える奥まで進み、ベンチに並んで座る。
プシュッ・・・プシュッ・・・女はコーラを、オレは紅茶のプルトップ缶を、音を立てて開ける。
「どうぞ・・・」
「ありがとう、変な女だと思ってる??」
正面を向いたまま、ソーセージを一口食べた女が問いかける。
「初対面の男がかじってるガリガリ君を食べる女子はいないだろうな・・・そう考えると、確かに変わってるね」
「仕事で失敗しちゃったの・・・愚痴を言いたいんだけど、知り合いには弱みを見せたくないし・・・つまんない意地みたいなもんだけどね。普段、男になんか負けないって突っ張っているから、愚痴もこぼせないの・・・」
「そうか、いくら美しい人でも名前も知らない人に慰めや励ましの言葉を掛けるような事は出来ないけど愚痴を聞くだけなら出来るよ。欝々とした気分で内向するより、発散した方が良い時もあるだろうからね」
「美しい人・・・お世辞って好きじゃない」
「・・・何があったのか知らないけど、自分の美しさを知っているのに拗ねたような事を言う人は好きじゃないな」
「ごめんなさい・・・愚痴を聞いてくれる??相槌も助言も必要ない、あなたの言う通り吐き出したいの、すべてはそれから」
今日の仕事の失敗、これまで仕事の成果を正当に評価されなかった事、友人や昔の恋人との関係など吐き出せずにため込んでいた不満をぶちまけた女はオレの顔を覗き込む。
「どう、嫌な女でしょう??・・・助言は必要ないけど感想を聞かせてくれる??」
「あなたが頑張ってるのはよく分かったよ。ほんの少しだけ息抜き出来ると良いね」
「そう思うんだけど、正当な評価をされない悔しさで次もまた頑張っちゃう・・・クククッ、悪循環ね。冷静に考えてみると、私に対する他人の評価は正当なものかもしれない」
「間違えてないよ、きっと・・・オレはそう思う」
「どうして??私の事を何も知らないのに」
「詳しくは知らない。でも、美人だって事は知ってる。それだけで十分だろう」
「ウフフッ、私を口説いてる??」
「口説いたりしないよ。美しい人が弱ってる時になんとかしようなんて、さもしいことは考えないよ」
首を傾げてオレの言葉の意味を忖度していた女は破顔一笑してオレを見つめる。
「落ち込んでなければ口説くの??・・・提案があるんだけど、金曜日の同じ時刻、この場所で口説いてくれない??」
「チャンスを与えてくれるんだ。たとえ雨っぷりでも口説きに来るよ」
「ありがとう・・・久しぶりに本心から笑えた。金曜日を楽しみにしてるね」
「バイバイ・・・浮気しちゃダメだよ」
馴染みの店を出たところで、いつに変わらぬ言葉で見送りを受けたオレは、いつもと同じコンビニに入り冷凍ケースの前に立つ。
美味い酒を飲んでの帰り道、アイスバーをかじりながら空に浮かぶ月を見て歩くのが気に入っている。
最近のお気に入りアイスを探していると、近付いた女子店員が、
「いつものは品切れです。夕方、見た時にはもうなかったんです」
いつだったか美味い酒を飲んだ帰りに必ず立ち寄る店内は他にも客がいる時間帯なのに、その日は、たまたまレジ付近には女子店員しかいなくて、
「飲み屋さんからの帰りでしょう??この甘いアイスが良いんですか??」
「酒を飲んでいる最中は楽しいんだけど、一人歩いて帰る時間は、むなしく感じることもあるんですよ・・・そんな時は、この甘いアイスが寂しさを癒してくれる」
そんな会話をしたこともあって、最近は差し障りのない範囲で挨拶以外の言葉も交わすようになっている。
他のレジが空いていても彼女がいるレジに並ぶこともある。
ガリガリ君を手にしてレジの前に立つと、
「今日から700円以上で、クジを1回引けますよ」
「う~ん、それじゃ、このビッグフランクを5本ください」
「えっ、アッ、ごめんなさい・・・余計なことを言っちゃいました・・・いいですか??・・・それでは、クジを1回引いてください」
「じゃぁ・・・これでいいや」
「開けますね・・・当たり、キャラメルが当たりました。取ってきます」
新手の押し売りに掛かっちゃったな・・・と、思いながらも不快な感じはなく、棚に向かう女子店員の後姿を追う。
「これです。キャラメル・サレ・・・美味しいですよ。私は好きです、これが・・・」
じゃ、プレゼントするよ、と言っても受け取らないし、次の客が近付いてきたので店を出る。
ガリガリ君をかじりながら、空を見上げると真ん丸な月が優しく微笑みかけてくる。
月に住むと言うウサギを探しながら、ゆっくり歩いていると靴音が近付いてくる。
コツコツコツッ・・・ハイヒールらしい靴音が大きくなるにつれて、グリーンノートの香りが鼻孔をくすぐる。
コツッコツッ・・・近付いてくる女性が不快に感じないように、そっと横を見ると、茶目っ気を感じさせるクルクル動く瞳がオレを見つめている。
好い香りですね・・・なんとも間抜けた言葉が口をつく。
「良かった・・・お気に入りのエルメスの香水なの。私には、そのアイスが魅力的なんだけど・・・」
「かじる??・・・良いよ、どうぞ」
「ガリッ・・・うぅ~ン、冷たくて美味しい・・・その袋は何が入ってるの??」
「これっ??・・・フランクフルトソーセージだよ」
「それを、待っている人がいるの??」
「いないよ。700円以上買えばクジを引けるって言うから買っただけだから」
「食べたいな・・・お腹が空いちゃった」
「この先の公園のベンチに行こうか・・・あっ、大丈夫。何もしないよ。ソーセージを食べるだけだから」
酒屋の前の自動販売機で紅茶を買って言葉を交わすこともなく無言で公園を目指す。
吐く息に混じるアルコールの匂いと、お気に入りだと言う香水の香りに、女が仕事で頑張った昼間の疲れを感じて心が穏やかになってくる。
チラッと女の表情を盗み見ても、初対面のオレを警戒することなく、なにやら楽しげに歩いている。
昼間は母親に連れられた幼児やボール遊びに興じる男児でにぎやかな公園も、夜の帳が下りてガーデンライトの明かりに照らされるこの時刻は、人っ子一人見ることもなく不気味にさえ感じる。
公園の入り口が見える奥まで進み、ベンチに並んで座る。
プシュッ・・・プシュッ・・・女はコーラを、オレは紅茶のプルトップ缶を、音を立てて開ける。
「どうぞ・・・」
「ありがとう、変な女だと思ってる??」
正面を向いたまま、ソーセージを一口食べた女が問いかける。
「初対面の男がかじってるガリガリ君を食べる女子はいないだろうな・・・そう考えると、確かに変わってるね」
「仕事で失敗しちゃったの・・・愚痴を言いたいんだけど、知り合いには弱みを見せたくないし・・・つまんない意地みたいなもんだけどね。普段、男になんか負けないって突っ張っているから、愚痴もこぼせないの・・・」
「そうか、いくら美しい人でも名前も知らない人に慰めや励ましの言葉を掛けるような事は出来ないけど愚痴を聞くだけなら出来るよ。欝々とした気分で内向するより、発散した方が良い時もあるだろうからね」
「美しい人・・・お世辞って好きじゃない」
「・・・何があったのか知らないけど、自分の美しさを知っているのに拗ねたような事を言う人は好きじゃないな」
「ごめんなさい・・・愚痴を聞いてくれる??相槌も助言も必要ない、あなたの言う通り吐き出したいの、すべてはそれから」
今日の仕事の失敗、これまで仕事の成果を正当に評価されなかった事、友人や昔の恋人との関係など吐き出せずにため込んでいた不満をぶちまけた女はオレの顔を覗き込む。
「どう、嫌な女でしょう??・・・助言は必要ないけど感想を聞かせてくれる??」
「あなたが頑張ってるのはよく分かったよ。ほんの少しだけ息抜き出来ると良いね」
「そう思うんだけど、正当な評価をされない悔しさで次もまた頑張っちゃう・・・クククッ、悪循環ね。冷静に考えてみると、私に対する他人の評価は正当なものかもしれない」
「間違えてないよ、きっと・・・オレはそう思う」
「どうして??私の事を何も知らないのに」
「詳しくは知らない。でも、美人だって事は知ってる。それだけで十分だろう」
「ウフフッ、私を口説いてる??」
「口説いたりしないよ。美しい人が弱ってる時になんとかしようなんて、さもしいことは考えないよ」
首を傾げてオレの言葉の意味を忖度していた女は破顔一笑してオレを見つめる。
「落ち込んでなければ口説くの??・・・提案があるんだけど、金曜日の同じ時刻、この場所で口説いてくれない??」
「チャンスを与えてくれるんだ。たとえ雨っぷりでも口説きに来るよ」
「ありがとう・・・久しぶりに本心から笑えた。金曜日を楽しみにしてるね」